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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十二章:取り返しのつかないもの

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603.追い込み漁みたいに、じわじわ周到に

「チッ」


 彼の心情説明は、その一音で充分である。


 が、一応誤解のないように、より詳細に掘り下げると、彼は「ムカついて」いる。


「チッ、チッ、チッ………」


 せっかちでこだわりが強い彼は、仕事は無駄なくパッパと済ませたいタチである。

 遅れが出るとそれなりにカチンと来るし、完璧な計画を崩されたらも我慢ならなくなる。


 スケジュールが絶対であり、万が一それを乱された時には、その原因となったヤツをぶん殴ることが、高確率で許容される。

 だから彼は、要人警護などという、難儀な職に就いている。


「チッチッチッチッチッ……」

 

 短気は損気の言葉通り、職業選択の幅は随分狭くなってしまっていたが、彼には不満も後悔もなかった。

 今回もまた、ちゃんとスッキリ出来るケースだからだ。


「“頞儞羅摩尼羅辰風《ティックタック、チクタク、アジック》”!」

 

 両人差し指を、直角に交差させ、十字を作って完全詠唱。

 自身を含め触れたものを加速させる能力が発動。

 

 敵が弾の再装填に手間取っている間に防弾(かばん)を広げて飛び出し、押し退けられる空気すら加速させることで高速移動!

 

「ついてこれてねえか」


 動体視力のレベルを見れば、そこまでの使い手ではないと分かる。

 弾丸を見て避けることができなくとも、そもそも銃口を向けられなければ当てられない!


「チッチッチッ………、スッキリさせろ」

 

 黒スーツが駆け、帯状の残像を残しながらも襲撃者の側面を取る。

 横から手刀で一人の首を貫き、その手を振り抜くことで撒かれる血液や肉片、骨を加速させ、隣のもう一人の皮膚にブツブツと刺さり込ませる。


「トーシローが……」


 車列からの反撃に掛かりきりになっている彼らは、加速しながら各個撃破する彼を認識できてすらいない。


 それでも念を入れて、背後に回り込みながら、更に一人、二人、三人と、落ちていた破片を加速投擲したり、肉弾をはなったりすることで、そのけいついを貫いていく。


 敵が彼に反応する様子はない。

 どころか、身体強化が適用されていないようにすら見える。

 

 ディーパーの中でも下位、ランクで言えば1~4に収まる落ちこぼれ。


 どころか、より不可解。


 彼らはまるで——


——魔力が…?


 そこまで考えたあたりで、討った敵の数が充分な水準に達した。


 総数は多いが、全員を殺す必要はない。一方向だけ、逃げ道を開けていればいい。

 

 彼の仕事の究極は、敵の殲滅ではなく護衛対象の生存なのだ。


「チャチャッと、無駄なく、完璧に」


 後はワゴンの壁をどう退かすかだが、いつでも動かせるように、キーが刺さりっぱなしになっていた為、悩みは一瞬で解消した。


「いいな、いいテンポだ、無駄が無い」


 包囲網に無人地帯という穴を設けた彼は、運転席に乗り込み鍵を回し、


 フロントガラスが割れる。


 アクセルを踏んだまま、腕から力が落ちて、ハンドルを切れない。


「そ……!」


 胸から瞬時におびただしい流血。


「狙撃…っ!」


 頭が吹き飛ぶ。


 SP用のシールドジェネレーターが、一発目で貫通され、たった二手にてで命を獲られた。


 加速能力。

 事前に手に入れた名簿通り。

 

 どれだけ速くとも、重い車を動かさなくてはならないのなら、それを押すか、運転するかの一瞬、大きな隙を晒すしかなくなる。

 

 前線の兵で練度の低さを見せておいて、油断して不用意な行動を取ったら、観測手スポッターが即座に報告、長距離遠隔攻撃の餌食である。


「ほ、ほんとにあの一瞬で?怖いくらいの正確性だね……」


 少し離れたビルの非常階段の途中。

 自分の考えた作戦が完全にまった形だが、単眼鏡を覗くディーズはチラリとも笑わない。


 対物ライフルの横に突き出すボルトを引いてはいきょうする、“コッキング”と呼ばれる動作を隣で行っている男、スパルタクスの技能ありきの結果だと知っているからだ。


「さて、そろそろ他のみんなが……」

 

 彼が言っている間に、SPの車両一つが爆発炎上した。


「うあー、だ、大丈夫かな?やり過ぎてないといいんだけど………」


 ヴァークとスタッグから提供された銃器は、確かに凄まじい威力だ。

 護衛専門のディーパーが強化した、要人用車両。

 魔学構造も持つだろうそれに、確かなダメージを与えている。


 爆発したと言う事は、ガソリンタンクに穴が開き、かなりの酸素と触れ合ったということ。

 強固に守られている筈の、その部位にまで破壊が及んでいるのだ。

 

 先程のSPにしたって、一撃ヒットで致命的な負傷になるなど、思ってもみなかったことだろう。


 試作段階とは言え、流石はの国の虎の子。

 今も、魔法で防御しつつ動こうとした数人を、無慈悲に赤黒い蜂の巣に変えていた。


 とても良い。

 高品質なディーパーですら、呆気あっけなく殺せている。

 が、全て殺されては困る。


 どうしても、逃げて貰わなくてはいけない奴が居る。


「こちらディーズ。ロベ、火力調節をお願い。もうちょい“トロ”にして」

『了解だ、言って聞かせる』


 そこから十数秒後、一台がバックで曲がりながら90°横を向き、反対方向へと逃走していく。


「スパルタクス、ナンバーは見た?」


 親指が上がった左手が答えだ。

 彼らのお目当ての車両が、思った通りの行動を取ってくれる。


「ディーズからみんなへ。第一段階成功。ワールド・ウォーはどう?次の手順に移行できそう?」

『楽しいことになってるよ!我慢できないcherry(童貞クン)が始めちゃったんだ!』

「あー……、了解。僕達が行くから、そっちはもう離れていいよ」


 ディーズ達がそうやって河岸かしを変えている間、三枝は車内で前傾姿勢を維持しながら考える。


 丹本国内に、あそこまでの銃火器武装戦力を用意できる相手。

 それならどうして演説中のような、狙いやすいタイミングを見計らわなかったのか?


 これではまるで、「逃げてください」と言っているようなものだ。

 そして、敵がそう言ってくる理由に、一つだけ心当たりがある。

 銃の入手経路まで含めて、腑に落ちる説明がつく答え。


「二階堂、一番近い緊急護送先は?」

「こっ、ここからですと——」


 その場所を聞いて、


「なるほど……」


 彼は相手のすじを理解した。


「名案、名案だな」


 赤く汚れたあぶらわだちがアスファルトに刻印され、そこにぽつりと滴下てきかされるてんるい


 空が、徐々にはいにじんでいく。


 雲行きが、怪しげになってきた。

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