600.絶対聞いてないやつが一人混ざってるけど…?
「以前食べた時から、不思議だったんだ」
包みから半分顔を出したハンバーガーを齧りながら、ディーズは左右に視線を振る。
「同じチェーンなのに、うちの国とは味が全然違う」
だったらなんだ、と言い返されるだけの話かもしれないが、彼なりに場を和ませようとしたが故のチョイスである。
ネオンの星海を見下ろす、廃ビルの屋上。
LEDランプを中心に、彼ら7名が優雅なディナータイムと洒落込んでいる。
血の臭いと言うより、火薬臭いという意味で、「アブない香り」を纏った連中に囲まれた彼は、その状況に無言を貫くことに耐えられなかったのだ。
そいつらが人語を話してくれている間は、隣に居るのがライオンやグリズリーと違って、取り敢えず約束が通じる相手だと、少しの気休めを感じられる。
だが彼は魔法を持たず、ここに集った連中の共通の興味なんて、初対面で見抜けるわけもないので、「食」という外しようのない話題を、苦し紛れに掴み取ったのだ。
「二ツ星とか三ツ星とか、そういうレストランが国ごとにどれだけあるか、見比べてみると面白いヨ?」
「丹本がいかに、食にうるさいか、分かろうってもんだから」、
それを気遣ったのか、それとも故郷の自慢をしたかったからか、遠照がナゲットチキンでソースを掬い、口の中に入れてから犬歯で衣を破り、舌で肉の身と調味ペーストを絡める。
「くだらないな。本当にくだらんことだ」
ロベはコンビニエンスストアに並ぶような、握り飯や真空パック入り鶏肉総菜を掻き込む。
「また味気ない食べ方してるネエ。これで貴族の系譜なんて、びっくりだよ」
「ふん、高貴も華やかさも所詮は虚飾だ。無くても変わらない」
ロベは隣に立つスタッグを見上げ、「そういう意味では、お前の機能美はそれなりに気に入っている」と、さして好意的にも見えない顔で言い、フルフェイスヘルメットは社交辞令として、『お褒めに預かりまして』、と胸に手を当てて礼をする。
「使えればいい。機能していればいい。食えればいい。食べ物一つとっても、優先順位がおかしいヤツばかりだ」
「そうは思わないか?」、
後ろに向いた視線の先で膝立ちになっているナイニィは、積み上げられたカロリーを一心不乱に消費しながら、咀嚼中など構わず相槌を打つ。
『うんうん、シクシィ……次は勝とうね……』
「……ご賛同いただいたようで何よりだ」
ロベは彼女から視線を外し、一同が持っているファストフードのパッケージ、食欲を煽る色をしたそれらに目を落とす。
「『食にうるさい』と言うなら、気にすべきは味より先に、『安定供給が可能かどうか』、『この先も食えるかどうか』、だろう」
美味しい、マズい、以前に、食えないのでは問題外。
「だが、味が落ちることにはやたらと厳しい消費者どもは、国内の農産物を安く買い叩き、水産物を食い尽くす勢いで乱獲し、家畜の飼料も含めた作物の自給問題を認識すらしない。余計なことばかりに神経質で、前提については無神経を極めている」
快楽の増大の為に、必要なものを売り渡す。
酒の為に米櫃を投げ売る、ジン横丁めいた死の世界。
「自分がそれを、この先も当たり前のように食う為に、何が必要か、何を支え、維持し、何を省いていかなきゃならないのか、それを考えようともしない。そんなことしなくても、食べ続けられると、本気で思いこんでいる。この国の食べ物はどれもこれも、平和ボケの象徴みたいな味がしやがる」
「そうだろ?」、振り向いてナイニィに問いを投げ、『そうだよ……私達、無敵なんだから……』、予想通り、繋がらぬ答えが返ってきたのを聞いてから、「理解が得られて嬉しい限りだ」、ペットボトルの水で味覚を洗い流す。
「貴族と同じ、虚栄だ。いや、『選ばれた者』として思い上がる貴族よりも、『それが当たり前』と思い上がる一般民衆の方が、明らかに害悪だ」
そして彼は、その「思い上がり」に辛酸を舐めさせられ、こんなところにまで流れ着いてしまった。
「ダンジョンの中の戦争を見世物にした、悪趣味な経済圏にも言えることだ。この国には、無くていい、無い方がいいものが多過ぎる」
「そうかなあ……?」
フライドポテトを束で鷲掴みにして、一度に咀嚼するヴァーク。
「僕は結構、『無駄』が好きだよ?」
彼女は建物の端に腰掛け、不夜の空を楽しげに俯瞰する。
「無駄なのに、か?」
「だって、カワイイじゃあないか。手慰みに作った砂の城、ゴテゴテぶくぶくの脂肪とかと同じで、smartもsharpも失ったゴミの山」
娯楽、余暇、余計な付け足し、蛇足、冒涜、
そういったもの。
「それがたかぁく積み上がってるほど、ガラガラと蹴り崩してやるのが——」
——さいっこうに、キモチいいんじゃないか
肉の段が幾つも重なったバーガーを、横から豪快にかぶり取る。
「『自分は安全』、『このまま寿命を逃げ切れる』、そう思ってるみんなの肩を、後ろからガシィッ!って掴んで、地獄まできっちり心中してあげるのは、胸がすくほど、楽しい遊びだよ」
「だろう?ナイニィ?」、
片手を床に着いて仰け反り、頭を逆様にして同意を求める。
『うん、シクシィ……!キモチいいよ……!』
「だよね?君はそう言ってくれると思ってたよ」
何故か通じ合っている、ように見える二人を尻目に、遠照は隅で押し黙る一人へ、バーガーを差し出す手振りで追加が必要かを訊ね、スパルタクスは煙草を咥えて火を点けることで、「否」の意思表示を返す。
余った数個を持て余した遠照は自分のポテトの残りを見てから、隣のディーズに全て押しつけ、信じられないものを見る目つきで睨まれるのを知らないフリで躱し、ドリンクの残りをズルズル吸い上げる。
「享楽的な、“実”を伴わない思想だな」
「そうでもないさ。僕は本物を重んじてるよ」
反感、と言えるほど、ロベの声に熱は無かった。
他人からの賛否に動く余地など、彼の心にはもう無いのだろう。
ヴァークが語るのも止めようとせず、だから彼女は一人で続ける。
「法や道徳なんて、弱いヤツが死にたくないから勝手に言ってるだけ。弱いヤツの絶対的な味方さ。頭まで弱いヤツになると、自分を守る“法”って傘に小便を引っ掛けて、意気揚々と踏み外した途端に、ボコボコのブチころLynchに遭うけどね?」
けれどこの場の彼らは、そうじゃない。
雨に濡れるのを承知で、傘を折ろうとする真の愚者達。
「The Fools!ホン、モノ、だ。そんな君達なら、偽りの良い子ちゃんを根絶やしにして、全ての人間が『生きる』ことと向き合う、そんな時代を作れるかもしれない」
死にたくないなら、殺せ。
その当たり前から逃げられない、それを忘れることができない、それと戦う者しか残れない世界。
彼女が見たいのは、それである。
「本物の表現とか作品って、全力を尽くした先でしか見れないんだ」
人の本当の姿は、完全な能力は、あらゆる逃げ道を塞いで、100%の力と残虐性を発揮しなければ生きられない、そういった条件を課された場合にのみ、顕れる。
「誰一人、サボらせない。みんながみんな、自分事として、頭も体も満身を振り絞って、その先にしか、本物は無い」
そうして、嘘の塊の中から、「本当」が花開く。
彼女はそれが好きなのだ。
夢の中の住民達が、一斉に真実に目覚める時。
自分達はこれまで、沢山殺してきた。
そしてこれからも、沢山殺さなければならない。
それが厭なら、死ぬしかない。
それらと直面し、全てをその為に費やすしかなくなった時。
そこで広がる景色を、彼女は見たい。
それは、命の素晴らしさだ。
どれだけ寝ぼけた奴らでも、「本当のこと」に気付く力を、その身の奥に宿している。
万物に遍く神が内在する、その証明。
なんという美しさ。
「出来るだけ多くのassholeに火をつけることが、真理に近い形のartを生む近道なんだ。人工的じゃない、純度の高い本物を拝むには、だから君達みたいなのを使うのが、一番良い」
そういうわけで、彼女は彼らが大好きなのだ。
「芸術は爆発さ。誰かが言ってたらしいけどね」
怠けた愚民の群れが、快も不快も跳び越えて、「本物」と向き合う瞬間。
その希望的な光景こそ、惨禍が導く生命賛歌こそ、
彼女が望む全てである。戦争がこの世に在る意味である。
「無駄で、愚かで、どうしようもない彼らだって、その時が来れば、分かってくれる。それを実感させてくれるから、壊れる前の嘘は好きさ」
「生きる」という言葉の、真の意味。
それは万人が平等に持つものだと、彼女は心から信じている。
「さあみんな、命の100%を、引き出そうじゃないか」
風に乗せて包み紙を飛ばし、彼女は立ち上がる。
「人のすることのなかで、最も真に近くて、価値のある行為。みんなでそれをする時だ」
「戦争」。
彼女はそう唱えた。
戦争をするのだ。
それが最高の、哲学的実践になると。
その間にディーズはこっそり、バーガーをナイニィの“餌の山”に放り込んだ。




