599.もう自分相手すら、「いいひと」のフリができない
「トボけるのか」
「………」
「聞こえてるか?良い綿棒貸してやるから、耳掃除するか?」
「ごめん、それは……」
「ああ、安心しろ、未使用だ。礼は要らない」
綿棒がたくさん入った袋を差し出されるも、首を振って辞退。
そして相手の肩越しに、ミヨちゃんが今にも出て行こうとしているから、そっちを見てもう一度、「来なくていい」と頭の動きで制止する。
これは、分散も緩和も無しで、俺が正面から聞かなきゃいけない話だ。
「ニュース、見たか?」
「………」
「大手メディアは流石に学園の話題中心だが、ネットニュースだと、まるでお前が主役だよ」
「『イリーガルに愛される男』、だとさ」、
皮肉な通り名過ぎて、不謹慎と思っていても笑いそうになった。
正しくは、「イリーガルが隙あらばぶち殺そうと狙っている男」、である。
「6月末の、襲撃時、榴弾らしき攻撃の目標となっていたのは、お前の部屋だったんだろ?」
「………」
表情を変えないように、それだけを意識する。
央華の攻撃の目的、それは機密だから言えない。
だけど俺みたいな奴の、口先の嘘が通じるようにも見えない。
「朳和利。知ってるだろ?枢衍先生のところの生徒で、将来を嘱望されてた」
頷く。
知らないわけがない。
あの時、俺の命を救ってくれた、恩人の一人。
「気のいい奴だった。いつも明るく笑ってて、」
「だけど」、
そこに居る十数人の顔色が、一様に曇る。
「この国とか、大切な家族とか、そういうものの為になりたいって、自分に厳しい奴だったんだよ」
少なくとも、この人達全員に好意を抱かせるような、そういう男だったんだろう。
直面しているのは、俺が踏み潰した命の名前と、その歴史。
「モンスターとか、テロリストとか、他の国の兵隊とかを殺すのも、そいつらに殺されるのも、覚悟してたんだ」
そうなんだろう。
寮生を助ける為に、最速で命を懸けた一人なのだから、彼はどこまでも本気だったのだ。
「それが、そんな奴が、」
集団の中心的人物、代表で話している男子が、俺を睨む。
「守った相手に背中から刺されたなんて、ノンデリジョークの中でも最悪だ」
本当に、笑えない。
何も言えないし、言ってはいけない。
「あいつを巻き込んで、殺しときながら、知らないフリして、それで今度は、校内大会か?」
人間の犠牲者は出なかった。
だが、人が死ななかったからそれでいい、とはならない。
そうとも、正論だ。
「あれで、何十人も死ぬところだった。それどころか、他国の要人が死亡すれば、そこから国家間の関係が崩れて、より大きな不和や摩擦に繋がっていたかもしれない…!」
長い目で見れば、戦争すら、あったかもしれない。
誇張ではなく、その瀬戸際だった。
「それでよくもいけしゃあしゃあと、まだこの学園の厄介になれたもんだ」
全部に頷けば、彼らの気は、晴れてくれるだろうか。
そんなことはないだろう。
死んだ人は、もうどこにも存在しない。
失われたのは、戻ってこないのだ。
俺が出来ることは、なんだろうか。
言葉であれ行動であれ、彼らが望む返答をしたいと、そう思っている。
思っているが、出来はしない。
俺の今の任務は、“いつも通り”にカンナを閉じ込めること。
私利私欲の為に俺から言い出したことだけど、あの島での戦い以降、カンナを安定状態から動かしたくないって意見が強まったらしく、今では「やれ」と言われる側だ。
そして当然、そのことを誰かに、ミヨちゃんやニークト先輩相手でも、教えてはいけない。
ここでこの人達に、「ごめんなさい、俺が悪かった」、そう言うのが、潔い好青年のあり方だと思う。
「何を言われても、僕が言う事は一つだよ」
だけど、これは仕事だ。
俺に与えられた職務で、使命だ。
「心当たりがない。そんなこと言われても、どうしようもない」
軽蔑される、最低人間。
それが、特作の日魅在進に課せられた役柄。
「お前…!どこまで腐ってやがる…!」
胸倉を掴まれる。
目を逸らさず、彼を見る。
その拳が握られているところを、観察する。
振り上げられたそれに、突き刺されるとしても、逃げてはいけない。
避けられない衝撃が迫り、自分の骨がひん曲がるまで。
その恐怖を和らげてはいけない。
痛みを鎮めてはならない。
これから俺に生じるマイナス、その全てを隅々まで受け取る。
自分が楽になりたいからって、与えられた役割を投げ出して、彼らに分かりやすく謝意を見せる。
そんなものは、誠実さでもなんでもない。
赦されようと思うな。
罪人のまま、終わらない罰を受けろ。
グーに握られた手が、俺の鼻を潰そうとして、
横から掴まれた。
「……!披嘴先輩……!」
赤みがかった銅色の髪に、立体感のある優しげな顔。
披嘴幎。
明胤に属するインフルエンサーの一人。
「君達、これは何の真似だい?」
「先輩、何で止めるんですか!?」
それが分からないのは、俺もそうだ。
この人は、どっちかって言うと、俺を嫌ってた側だったのに。
「いいかい?彼の戦力評価は今や、押しも押されぬ明胤最高峰だ」
「そ…れは…!」
「彼は、明胤に属する、強いディーパーだ。その意味は?」
「………国の、重要な、『実力』です……!」
「その通り」、
先輩は、他の面々にも目を向ける。
「一方で、彼は漏魔症候群の罹患者でもある。その意味は?」
「……低濃度魔素環境下では、一般的な人間と、変わらない……」
「正解だ。つまり今の彼は、ディーパーがちょっと力を籠めて殴れば、コテンと命を落としてしまうんだ」
ギリギリと音が出るほど、強く押さえ込まれていた腕から、力が抜けていくのを感じる。
「君達は、国に益を齎す財産を、この場で散らしてやろうと言うのかな?」
「先輩、でも、コイツのせいで……!」
「それは言い掛かりというものだな」
背後からの声に振り向くと、殊文君や良観先輩を始めとした、新開部員達が来ていた。
「み、みんな……?」
「先輩方が言っているのは、点と点を根拠なき線で結ぶだけの詭弁、詐術に過ぎない。
『友人が死んだ』、『自分は何もできない』、『せめて元凶だけでもこの手に掛けたい』、『そうだ、手の届くところにいるアイツを元凶にしてしまおう』、そういう理論の倒立、結論ありきのこじつけが起こっている」
ズバズバと切り込む殊文君に、声を荒げようとした彼らは、睨みが新開部員とぶつかり合い、直前で食いしばって止まってしまう。
「一般市民と同じだけの耐久力の人間相手に、根拠薄弱の言い掛かりをつけて、遂には暴力で憂さ晴らし。君達は明胤の品位に、どこまで泥を塗りたくれるのか、チャレンジしているのかな?」
「う……!」
勢いで向かって来そうだった人達も、披嘴先輩の指摘で立ち往生する。
「ハーイ、なにしてんの~?ザコどもー?」
そこを見計らったように、というか恐らく成り行きを見守った上で、最適なタイミングを見て介入したのは、プロトちゃんだ。
「模擬戦でもないトコで、多人数でモメごとぉ?ボーリョクザター?カンベンしてよねー?こーれだからドーブツみたいに、カッとなると我慢できないヤツらってさ~ぁ!」
「何ボケっとしてんの?散って欲しいって言ってんですけど~ぉ?」、
そこが決定打だった。
先輩が手を放したら、それぞれ俺を視線で刺しながら、三々五々散っていく。
「日魅在先輩、大丈夫だったか?」
「あ、ああ……」
「間に合って良かった」
「あ……、ありがとう、ね……。その、みんなも……」
新開部員達が、「良いってことよ、分かってるって」、という顔で笑い掛けてくれる。
でも、正しかったのは、俺じゃなく、あの人達の方だった。
俺はこの信頼を、裏切っている。
「…っ!せ、先輩も、ありがとうございました…!」
「僕は、明胤学園の看板、その価値を守っただけだ」
去りかけていた披嘴先輩が、「何のつもりか分からないけれどね、」一度こっちを振り向いて、
「的の外れた処罰を受けて、贖罪のつもりになってるんじゃあない」
そう責めてきたのに対して、
俺はまともな反応すら見せられない。
「僕は言ったからね?君のやり方は………、いや、」
「言い方が違ったね」、
指を差して念を押すような流れを切って、たった一言に集約する。
「『だから言ったのに』」
徹頭徹尾、ぐうの音も出ない。
俺は軽率で、自分勝手で、半端に弱く、半端に強くて、
そんな奴が好きにした結果が、今ありありと表れている。
そしてもっと救えないのが、
それをやめようなんて、まるで思ってないところだ。




