598.えぇーっ!?そ、そんなこと…!?
「「それと、もう一つ」」
そこで彼らが語った情報は、進を大いに狼狽させた。
「なにを……、急になんてこと言うんですか!?そんなことあるわけ……」
「それが、あるかもしれないんだよねえ、困ったことに」
信じられないものを見るような顔で、口を半開きながら五十嵐へと振り向く。
ほとんど接点が無いと思っていたが、考えていた以上に近付かれていたのかもしれない。
「クミちゃん。例のものを」
「はいなのです」
事前に打ち合わせ済みである、一度は言ってみたかったお決まりのセリフ。
それを聞いた傍付きの従者は、忠実に彼の望み通りに動く。
大判のタブレットにある写真を表示し、進に見せたのだ。
「これは……?」
「“燈柄拿焼冶”。聞いたことは?」
「いえ……でも、この顔………」
「顔」。
それはある人間の、潜行免許発行の為に撮影された、バストアップ写真である。
鋭い目つきに、縦に長いが頑丈そうな顔。
髪は赤色の中年。
「そうだ……、この人……!」
そして、進はそれが誰か思い出した。
「“火鬼”……!」
矢張りか。
五十嵐達は、当たって欲しくない予想がまた一つ的中したと、ほぼ確信を得た。
「ほんの、10秒ちょっとくらいしか、見てないような気がしますけど……、でも、きっとこいつです…!“火鬼”の人間態は、確かこんな顔をしてました…!」
「「少なくとも、現在彼はどこにも居ない、行方不明であることは事実です」」
それはそうだろう。
ダンジョンの深層で、死んでいたのだから。
「え?でも、あのダンジョンに入ったんだったら、記録が残ってる筈ですよね?」
そう。
丁都の、それも都市部のダンジョン。
いくら浅級とは言え、受付の出入り記録は徹底されている。
入った人数と出た人数が違う、そういった事態をすぐにでも察知する為であり、もしそれが起こったら、すぐに潜行課へと連絡が行く。
だがあの日、
配信上でイリーガル事象発生が確認され、同じダンジョン内のディーパー全員に避難を推奨する連絡が行き、死人が出ないかピリピリしていた時、
いつまで経っても、燈柄拿が出てこないことが、何故か問題にならなかった。
「こちらで調査したところ、その日、彼の入窟記録は確認できませんでした」
睦月が補足する。
「一方で、それと矛盾する事実もあります。
ある配信者が、“くれぷすきゅ~る”チャンネル運営者と偶然を装って遭遇することを画策し、同日、同じダンジョンに潜っていました。その配信アーカイブに、僅かですが彼が映り込んでいたのです」
「じゃあ、やっぱり……あれ?」
進の指が、違和感に触れた。
そんな、偶然残った記録をわざわざ見に行かなくとも、もっと早く確実に手に入る証拠がある。
「それって、普通にガバカメの記録見るんじゃダメだったんですか?」
丹本の潜行者は、ダンジョン内活動の撮影が義務付けられている。
映像は必ず、管理会社に提出される筈だ。
「そこなんだよね」
「え……まさか」
「はい、提出された映像に、彼の姿はありませんでした」
「恐らく、改竄されています」、
それは、大問題である。
個人情報保護の約束の上で、管理会社に渡されるそれに、何者かが触れて、手を加えたことになるからだ。
「やれるとしたら、企業の内部か、それとも公的な身分を持つ者か、です」
「例えば、き、救助隊だったら、その権限も、持たされるのです……」
自分達illモンスターが、人間に化けられる知性存在だと、世間に露見する。
その恐れがあったから、怪しまれそうな部分を書き換え、無かったことにした。
そうも考えられる。
そして、それが出来る条件が揃った者、その中に、前々から救世教会が目を付けていた、ある一人も属している。
「君のプライベートスマホの番号が、“きゃぷちゃら~ず”に漏れてたってのも、ちょっと気になりゅからね~。可能性として、低くはないんだよにぇ」
「「くれぐれも、ご注意ください」」
半信半疑、と言うより、全く考えていなかった話をされて、明確な反論ができずにいる進を見ながら、五十嵐は内心でもう一つの懸念をまさぐる。
AS計画、それを深く知るとされ、約1年間ずっと、調査対象になっていた情報源。
それが強奪された。
奴の能力は、彼らが考えている以上に、万能だった。
あれは、どこまで連動した事態なのか?
悪い事が、重なっただけなのか?
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時は遡り、7月19日。
校内大会開始とほぼ同時刻。
特作が利用している地下施設、その一室に職員が入ってくる。
打ちっぱなしのコンクリートが、無表情に見下げる中、アパートの広めな部屋一つ分くらいの空間の中心に、拘束された青年が椅子に座らされている。
彼には、左手首から先が無かった。
ガスマスクを被った二人の職員のうち、一人は隅の台の上で道具を並べ始め、もう一人は青年の前に屈み込んで、その目隠しを外す。
四角い顔に向かって、恒例の文句を並べ、今日の仕事に取り掛かろうとしたその時、
背後から繊維の束のようなもので首を絞められた。
「…!カ……!」
「先に謝っておくよ。ごめんネ。キミが悪いんじゃない」
相棒に助けを求めようとした彼は、食虫植物に似た形に変形した机が、赤く汚れた塊を食っている場面を見た。
ガクリと全身から命を失った職員を、丁寧に床へと下ろして寝かせる。
これでブラフは見破られた。
カードを切るにはここだと決め、もうこのプレイングをナシにはできない。
「適切な対策さえあれば、侵入を検知できる」、それが偽りだと知られた。
「世界中のほとんどの場所に、気付かれずに到達できる」と、彼らにも伝わることだろう。
——本格参戦、ってわけだネ
影が滲み出すように現れた、黒づくめの一人。
“最悪最底”、零負遠照。
「ヤ、初めまして、だネ」
遠照は中腰ほどの高さへと頭を下ろし、青年と目線を合わせる。
「キミ、結構、切れ者なんだってネ?」
「それに、ガッツもある」、
彼を捕える枷を撫でながら、掘り出し物の骨董を見つけたように、満足そうな目を細める。
「キミに、手伝って欲しいことがあるんだ」
さもなければ、ここに置いていく。
顔にそう書かれていた。
彼が探しているのは、ビジネスパートナーであり、奴隷なのだろう。
「安心してヨ。でぇぇぇっ、かいことだヨ。時代を動かすほど、ネ」
青年の瞳が揺れる。
時を超える偉業、
それに、興味を示している。
魅力に誘われている。
「世界を変えるんだ。一緒にやろうヨ、ディーズ」
猿轡を解かれた口から、
思った通りの返答が出てきた。




