597.複雑怪奇なりぃ………
「ニハハハハハ!やっ、おっひさ~~!カルミナ・ルームゥ!」
「うぇっ!?」
「なぁ~にぃかなぁ~?そのかおはぁ~??ニッハハハハ!」
配信活動を再開し、夏休みも始まって、さあバリバリやっていくぞ!となったところで、またしても甲都にお呼ばれしてしまった。
というわけでまた面白い話が聞けるかと思って、ノコノコやって来た俺を待っていたのは、ウォーターブルーの長髪だった。
「酒カ……、リーゼロッテさ……、えっと、皇女殿下……?」
「ニハッハハッ!いいよいいよぅ~!リーゼロッテでさぁ!」
「り、リーゼロッテさん……」
今にも飛び掛かって来そうな彼女を前に、腰を落としてジリジリと後退する。
この人、スキンシップが激しいからニガテ………。
(((あなたはそもそも女性に触れられること自体が)))(おっけー!俺が悪かったからそのへんで!)
っていうかこの人、飛行機内で会った時はあんなに大人しかったのに、どういう劇的変化?人格入れ替わった?
………もしかして、ただ酔ってるだけ?
「「リーゼロッテ。そのあたりで」」
「あ……、う~い。分かってりゅってガヴリール」
俺の頭に浮かんだ世にも恐るべき想像を散らすように、別の声が横から割り込んだ。
救世教の白装束を着た二人組が、外側の手同士を組み合わせて、指で一つの輪を作っている。
………一歩間違えると、ラブラブで記念写真撮ってるカップルみたいな体勢だ。
内側の手で互いを抱き寄せ合っているところとか、特に。
「って今、ガヴリールって言いました!?」
「「こうしてお会いするのはお初でしたね。ススム・カミザ」」
「あっ、ドモ……ヨロシクデス……」
コメツキバッタに変化する勢いでペコペコしてしまった。
「向こうにはその文化がなかったハズ」、というところまで頭が回るのが少しでも遅れれば、「ははーっ!」と土下座までしていたことだろう。
だって救世教会の最上層に属するチャンピオンだよ?仕方ないじゃんこちとら小市民なんだから。
「「そう畏まらず。我々は代弁者でしかありません」」
「そ~そ~、もっとハグとかしちゃっちぇ~」
「「あなたはもっと畏まりなさい」」
「はいは~い」
こ、こんなカジュアルな感じで会える人達じゃないと思うんだけど……、これ、なんで呼び出されたの?
「やあ日魅在君。よく来てくれたね」
「い、五十嵐さん!これって一体……!?」
ここで五十嵐さんに助けを求めてるあたり、俺は随分と毒されてしまった。
その人、少なくとも名目上は、丹本潜行界のトップだって言うのに。
この場の全員が初見だった場合、俺は卒倒してただろう。
免疫の大事さがよく分かる。
「彼らと、機密レベルの高い情報を共有したかったんだけどね。そうしたら君にも関係ある話だから、同席して欲しいって、彼らから要請があったんだ」
「お、俺に……?」
え?なに?カンナのこと?ちょっとした実験とかなら協力できるけど、あげないよ?
「あー、まあ“ニャイトライダー”の話も関係あるけど、別にもらっちゃおう、ってわけじゃないからにぇ~?」
「な、何も言ってませんけど?」
(((あなたは本当に、もう………)))
待って!ごめんって!気を抜いてたの謝るから!諦めないで!
俺の顔が分かりやす過ぎる問題をなんとか横に持って行き、それぞれが思い思いの場所に座った。
ガヴリールさんも座布団で良いのかな?ってか二人で密着して並んで、四つの座布団で作った正方形に乗ってるの、シュールだな……。
「「さて、先日エイルビオンの永級第8号、非公式名称“爬い廃”が閉窟しました。これにより陽州から永級ダンジョンが一掃されたことになります」」
やっぱり、俺が倒したillは、入れ替わるんじゃなくてダンジョンごと消えるらしい。カンナの影響だろうと思う一方、じゃあなんでカンナ本人が殺した時はそうならないんだ?という疑問が出てくる。
まあこれは謎でもなんでもなく、俺に殺させないと面白くないからって、加減してた可能性が高いんだけど。
「「それに伴い、これより益々の混乱が予想されます」」
「えっと、ごめんなさい………」
「「いえ、あなたは身を守ったに過ぎません。我々は責問に参ったわけではないのです」」
逆に、俺とそれなりにいい関係を保つべく、呼んだのだと言う。
まだ話が見えてこない。
「「プロジェクトASについて、お耳に入れたことは?」」
「アルファ……えーと、この前、五十嵐さんから……」
なんでも、去年の夏休みとか、今年に入ってからの世界大会とかで、俺が狙われまくっていたのは、詳細が分からない計画のせいであるらしい。
「当然、君達はその言葉の意味を知っているよね?」
「ま~にぇ~」
「えっ!?マジですか!?」
うおおおお!救世教の偉い人ともなるとムチャクチャな情報強者だな!
「それを教えてくれるってことですか!?」
「「いいえ。そこまでは出来かねます」」
「あららっ?」
え、そういう流れじゃなかったの?今の。
「教えてあげたいにょはあ、やまやまなんだけどにぇ~」
「まあ、君達の立場では難しいだろうね」
「そう、なんですか?」
「「本計画はクリスティアが主導となり、陽聖諸国、救世主教会、及び央華といった、現代列強の籍を持つ者の中でも、一部の人間のみが知るものです」」
そしてそれを外部に漏らすことは、他の国との関係を冷え込ませる、どころか一発で急速沸騰からの爆散に繋がってしまう、らしい。
国際社会で主要な位置を務める強国同士の連帯の中で、マッチ棒を擦るようなことはしたくないのだと言う。
まあ要するに、「みんなにはナイショだよー?」という約束で集まったのに、それを破ってしまったことがバレたら、教会やキリルが他の国から、「なにしてくれてんだテメエ!」と落とし前を付けさせられることになる、という話だ。
「それだと、ここでこうして話すのも、危ないんじゃあ……?」
「まあにぇ~。だからこりぇ、だいさーびす、ってやつだからあ。すごく感謝しなさい」
「ど、どうも……?でもなんで?」
結構な「危ない橋」である気がするんだけど。
「「一つには、我々が漏魔症罹患者救済へと舵を切ったことです」」
「漏魔症……?なんでここでその話が……あっ」
え、俺が狙われてたのって、カンナがどうとかじゃなくってそっち!?
「実は、ナイトライジャー、なんて曖昧なものより、ろーましょーとしてのきみが、ジャマに思われてたわけぇ」
ってことは——
「『アルファ・シエラ』って、漏魔症に関係することなんですか!?」
「けぇっこう、主要な位置を、しめてるんだよ~?」
しかも口振りからして、良さげな関わり方はしてないのだろう。
漏魔症の可能性を認識した教会が、乗り気じゃなくなってるんだから。
「「付け加えるなら、あなたの利害とも正面から衝突するような内容です」」
「まあ、実際殺されそうになってるわけだし、そこはなんとなく分かります」
「「あなたは現在、丹本国の所属となっていると、各国諜報機関にはそういった通達が回されています。そしてこの国は、ダンジョンの発生件数が多いこともあって、世界2位の漏魔症大国です」」
「アルファ・シエラ」を推し進めると、どの角度から見ても、丹本と大々的に敵対することになる。
「「漏魔症の能力開発、ダンジョン関連事業利用、その可能性が持ち上がったこと、そして丹本国が、“可惜夜”保有国としての実効力を示したことで、状況が変わりつつあります」」
「ちょっと前までは、僕達相手にレイドすることは、さしたるリスクじゃなかったわけだ」
今は、「あそことやり合うの、無傷じゃ無理じゃない?」、という空気が強くなってる、ってことか。
「「加えて、聖国による裏切り、という疑惑が濃厚になっています」」
「裏切り?クリスティアが?」
裏切ったのはどっちかって言うと、勝手に先走った央華じゃなくて?
「「彼らがill勢力と通じている、その公算が高くなったのです」」
「えっ!?イリーガルと!?……あ、でも確かに、あいつらクリスティアで高級車乗り回してた!」
「え?」
「「はい?」」
「あ」
「おーい、日魅在君?」
(((駆け引きの時間をテキパキ省略、ですか。見事な時短術です)))
やっぱ俺土下座した方がいいかな?
「まあいいや、どうせある程度は察されてたことだと思うし」
「スンマセン………」
「えっとぉ、勢力が二ちゅ、あったと思うんだけどぉ、どっちぃ?」
「“リーパーズ”って呼ばれてる方です。“靏玉”とかがいる方。確かにあいつなら、あの“靏玉”なら、クリスティアを丸め込んで同盟を結ぶとかやってても、おかしくないです」
人間社会に隠れてるとは思ってたけど、デカい国とズブズブ状態にまで食い込んでたとはね。
でも思えば、クリスティアの監視に囲まれたスタジアムの中にフツーに侵入して、“提婆”の通話直後のピンポイントタイミングで俺達の前に現れて、サラッと誰にも見られず連れ出せてたわけだけど、クリスティアと“靏玉”がグルなら、おかしいところは無くなるわけで………
………あれ?
「でもそう言えば、“靏玉”は………」
「「はい。永級の状態から推し量るのであれば、既に討滅済みでしょう」」
メガの奴も、リーパーズがバラバラだって言ってたっけ。
「「モンスターと通じるという不届きな行い、見過ごすわけにはいきません。現在クリスティアは、水面下で立場を危うくしつつあるのです」」
「自分のトコについてた勢力がやられちったんだとしたらぁ、よけーに焦ってるよにぇ~」
教会は今回の襲撃を、クリスティアの暴走かもしれないと考えていた。
だから、次があるかもしれないと、警告に来たのだ。
「近いうちに、またなあんか、やらかすかもしれないにょ~?」
「「我々は現在、どちらの敵でも、味方でもありません。クリスティアもそれを悟ったのか、最新の動静を我々から隠匿し始めています。本日はそれを示す為に、こうして罷り越した次第です」」
「何かあっても、クリスティアのヤローのやらかしですよ?」、っということである。
彼らは止めたくても止められない。
「止めたい」と明言もしない。
「ごめんにぇ?私としては、ホントはぜぇんぶ教えたいんだけどねぇ?」
「大人ってのは、面倒なんだよ。色々と」
「そ、そうみたいですね………」
ここでの正しい反応は何なのか分からなくなった。
「ふざけやがって」と怒ればいいのか、「言ってくれて助かる」と歓迎すればいいのか。
今それなりに、国際社会が安定状態っぽく見えているのは、こういう「どっちを勝たせてもいけない綱引き」みたいなのを、世界のあちこちでなんとか調整している人達が居るからだろう。
そう思うと、全然「安定」してるように思えなくなった。
いつ、どこで、どんな爆発が起こるか、誰にも分からない。
実際にこの前、俺の敵リストの中に、隣の国が唐突に参戦して、颯爽と退散していったのだし。
「「それと、もう一つ」」




