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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十一章:ゴングを鳴らせ!ガチンコバトルだ!

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596.普通じゃないし、特別でもない

 訅和の居心地の悪さは、放課後になっても取れなかった。


 「ありがとう」、彼に言われた言葉が胸につかえて、たまらなく叫び出したくなる。


 彼は彼女のことを、友人として信頼し、尊敬までしている。

 彼が素直過ぎるくらいの竹割り男だから、それが疑念の挟みようがないほどよく分かる。


 あの一件の後も、彼は何ら変わらず彼女に接してくれている。

 見下していないどころか、対等以上と見做みなしているのだ。

 その事実が、より敗北感を深めてしまう。


 この話の登場人物の中で、心が狭いのは彼女だけだ。

 あの二人ばかり先に行き、不貞腐れた童女がヤダヤダと、起き上がれなくなった虫みたいにジタバタして、平手一発でなだめられた。


 彼女が下級モンスター達に決死の勝負を挑んでいる間、あの二人はダンジョンのような場所に閉じ込められ、D、W、A、Z型を討伐していた。


 遠くなっていく。

 追い着けなくなっていく。


 そしてそれが、才能なんかとは別に、自分の手による蓄積の差だと、それが完璧に分かって、辛くなる。

 考えなり、努力なり、覚悟なり、足りていなかった。


 社会的評価の高い集団の一員で、一番好きな人の隣で、もっと欲しがると苦しくなるから、それ以上は別に良いかと、足るを知ってるフリをして逃げて………


 彼女は、誰よりも貪欲だった。

 自分の強さ、能力を研ぎ澄ますような、ありふれた苦痛すら、許容できなかったのだ。


 その帰結として、「これだけは」という最低限の望みが、おびやかされている。

 

 謙虚や質素は、美徳かもしれない。

 でもそれらは、怠惰の言い訳になりやすい。


 「今日が良いならそれでいい」とは、「明日のことで悩みたくない」と同じことになる。


 計算したり、稼ぎ直したりが面倒だから、お金をケチって使わないようにするというのが、必ずしも良い事とはならないのと同じ。


 彼女は「今が満たされているから」と、現状と成長を停滞させた。

 流れる時間の中で、その場に留まるとは、動く歩道の横で突っ立っているのに似て、相対的に後退するのと一緒。


 彼は違った。

 彼は、あれだけの物を持っていて、成功して、今も満足していない。


 その強欲は、時に身を滅ぼす。

 だけどそのリスクに踏み出さない者は、そもそも勝負すらさせて貰えない。


 何より彼は、「理想的な世界が一番良い」ということを、忘れていない。


 半端に現実に気触かぶれた人間は、「最善」のラインを徐々に後ろへ妥協していく。

 戦いなんて起こらない方がいいし、全員が幸せで、誰も死なないのが一番良い。


 だけど現実は、その世界設計に合致するようにデザインされていない。

 あちらを立てればこちらが立たず、引っ込めたところでかどが立つ。


 だから、「戦いが起こっても周囲を守れるのが一番良い」となり、「できるだけ多くが幸せな方を選択するのが良い」となり、「外側や少数を切り捨てて行こう」となり、いつしか「自分が満足してるからこのままでいい」となる。


 現実的に無理な理想を望むことは、「それはどう頑張ってもできないんだ」という絶望が、「いつか絶対にやって来る」と覚悟することと同義で、疲れるし、やりたくない。

 時間と共にみんな、出来ないことを望まなくなる。


 彼は、

 まだ16歳だから、これからどうなるかは遠く未知数だが、

 今のところ、理想を夢見れる側の人間だ。


 自分が幸せで、周りが幸せで、社会が幸せで、国が幸せで、世界が幸せで、誰も死なない、何も滅びない、そんな矛盾だらけの絵図が、「叶えばいいな」と本気で思っている。


 一方で、現実を知らないわけでもない。

 けがらわしい世相せそうを、ままならない事柄の数々を、特に漏魔症にかかった後からはずっと、その目で見てきた筈である。


 彼の幸せは、誰かの幸せと相克そうこくする。

 その程度のことを、気付いていないわけがない。


 だけど彼は、自己も他者も幸せになることを、願っている。

 そして「それはできない」という事実に鼻先からぶつかられて、そのたびに傷つきながら、自分の手で「厭なこと」をやり遂げる。


 彼は理想だけずっと高い位置にあり、自分がどれだけの力を手にしても、どうにもならないと理解しながら、その進歩を止めようとしない。

 

 永遠に不満足なまま、達成不可能な目標を追い続ける。

 並の精神力ではない。


 そして、そこまで多くを求める男だったから、

 これまでの危機を切り抜けてきた。


 彼らが閉じ込められたダンジョンは、彼がZ型を討伐したことで滅びた。

 「まずまずの強さ」で止まっていたら、あの試合に出ていた12人は、全員死んでいた。


 訅和は、詠訵をうしなっていた。

 

 彼女が外野で良い人のフリをしている間、本当は何よりも優先したい真の望みを叶えてくれたのは、他ならぬ恋敵だったのだ。


「あーー!も~~~~~~っ!」


 訓練用の強化ゴム人形を背中から投げ落とすボディスラム!

 

「もおおおおおおお!!」


 引っ繰り返したそれの背後から取り付き、体を後方にらせて叩きつけるスープレックス!


「ほん、のるばあーーーーっ!!」


 また裏返し、背中に乗って、エビ反りにするキャメルクラッチ!

 

「ふぃ~~~………っ」


 前腕で額の汗をぬぐいながら、立ち上がる。


 成人男性の体重まで再現されたその現代的木人(もくじん)は、修復できる用務員がいるということで、「幾らでも破壊していい」という寛大な御言葉おことばと共に貸し出される。


 ストレスが溜まると、こうやって放課後に訓練がてら発散するのが、彼女のお決まりの行動パターンであった。


 同じアリーナ内の、隣のコートからドン引きした目を向けられているが、どうせ間にシールドが張られているから、迷惑は一切かけていない。

ならばちょっとやそっとの怯えなど、彼女の知ったことではなかった。

 

 そうやって打ったり刺したり踏んだり絞めたりしていると、


「………お邪魔だったかしら」


 いつの間にやら入ってきたらしいトロワが、困り眉で立っていた。


「わっと!トロちゃん先輩、どうしてここに!」

「いえ……。あなたが今日、自主練をしてるらしいって聞いて、同じ教室の先輩として、激励をしに………」


 なんと、彼女がそんなにも気配りのできる性格だったとは、訅和には思いもよらなかった。


「ついでに、一発格付けでも、と思っていたのだけれど」


 どうやら威厳が欲しかっただけのようである。

 一瞬見直しかけたことを軽く後悔した訅和であった。


「言っておくけど、偉ぶりにきたわけじゃないわよ」

「ハイハイワカッテマスヨー」

「聞きなさいよ」


 露骨に流そうとし過ぎである。

 

「あなたの体術、特に相手の痛みを重視するやり方は、レイピアの突き主体な私の剣術と共通するところがあるでしょう?」

「確かに、そうですねぃ」

「だから、吸収してやろうと思ったの。名案でしょう?」

 

 納得の理由、のように聞こえる。

 だが、動機の筋が通っていても、行動がよく分からない。


「それなら、昼間にトクシで会う時に、一緒に聞いてくれればいいですじゃんか」

百聞ひゃくぶんの時間を、この身を以ての体験にいた方が、効率が良いじゃない。私の“時”は純金より貴重なのよ?」


 「痛い方が早く覚える」、それを受ける側の口から言う人間は、あまり多くないだろう。


「トロちゃん先輩は、すごいですねぃ」

「当然じゃない」

「いやそういう意味じゃなくて」

「なんで発言者本人が否定するのよ!?」


 強いとか、向上心があるとか、それもそうなのだが、


「なんか、“並”なのに、“普通”じゃない自分に、胸を張ってる感じ、ですかねぃ」


 彼女が感じた驚嘆は、それだ。

 自分が外れた人間であると受け入れながら、自分が足りていないことを知っていて、少しでも良くなろうと前進している。


 普通でないから、特別なのだと、そう信じ込んでいた訅和とは、決定的に違う。


「そんなことは、ないわよ」


 俯きがちだった彼女は、トロワが謙遜するという驚天動地に、ガバリと音を立てて顔を上げてしまった。


「な、なによ」

「い、いやあ……」


 そこはもっと、「そうでしょうそうでしょう!」と、積極的に自慢しに来るところだと思っていたのだ。


「私だって、普通というか、常識というか、『こうあるべき』って規範に逆らうのは、怖かったわよ」


 「怖い」、

 その口から出ると、夢にも思っていなかった一語。


「私はずっと、言い訳してたの。自分が普通で、自分だけが正常で、そういう意味で並外れた人間で、だから他から外れているのは、自分以外が間違ってるからだって、そう言い張ってたの」


 訅和は普通に擬態しながら、普通じゃないという暗い優越感で、自尊心を満たしていた。

 トロワは普通の軸を自分に置いて、そこから外れたものを軽蔑することで、除外される不安を拒絶していた。


「でも実際は、私が偏屈だった、ってだけ。世の中に幾らでも居る、頭が硬くて口喧くちやかましい人間の一人。だから、偏屈な人間として生きることを選んだのよ」

 

 彼女がそれを悟ったのは、

 そういう生き方を選んだのは、


「あ…あなたの、お蔭、でも、あるのよ……?」


 ふいと目を逸らしながらの言葉に、訅和は愕然とする。


「わ、わたし……?」

「世の中の欺瞞の全てを分かった気になって、自分だけ賢いつもりだった私に、重いパンチを入れてくれやがったの、忘れたのかしら?」


 去年の、誘拐騒動があった直後、教室での話し合いを言っているのだろう。


「あ、あれはどっちかって言うと、ノリっち先輩が……」

「まあ、腹立たしいけれど、あの男に良いように正論をぶつけられたのも事実ね。ただ、あなたも共犯だから。と言うか、あなたの一発が一番効いたから」

「そ、そんなぁ~……」


 自分の至らなさへの不安や危機感を、万能感という一時いちじしのぎで麻痺させていたトロワにとって、逃げ場のない状態で、「現実見れてないですよね?」と指摘されたのは、何より重い一撃だった。


 それによって、これまで押し込めていた数々の痛みが、一気に噴出したからである。


「だから私、その時のこと根に持っているし、……コホン……感謝、してあげなくもない、と、思ってる……ような……」

「急に歯切れ最悪っ!?」


 かつてのトロワに、何故か無性に腹が立っていたのは、きっと同族嫌悪だったのだろうと、訅和はやっと分かった。

 だから、彼女に言ったことは、八つ当たりみたいなもので、感謝される筋合いではない。


 それでもついつい、彼女ほどの人間に謝意を示されると、少しいい気分になってしまうのは、誰かさんのことを笑えないくらい、単純な構造の頭である。


 なんだかこうして見てみると、似た者ばかりの教室だ。

 集めたパンチャ・シャンの慧眼けいがん、ということかもしれないが。


「で?」

「………はい?」

「だから、模擬戦よ。やるの?やらないの?」

「立ち会いをお願いできる相手に、心当たりとかは?」

「私が連絡すれば1分で駆け付ける後輩ならいるわね」


 彼女にそこまでの人望がある理由が分からない、と、これまでは思っていただろうが、今の訅和には、それがなんとなく分かる気がした。


「よくできた後輩ちゃんですねぃ。大事にしないとダメですよ~?」

「そうね。特に私の場合、決して性格が良い方ではないって、最近分かってきたものね」


 こうしてその日は、二人で和やかに切磋琢磨して——


「え?今更?」

「は?」


 とはならず、恐るべき大人げなさで、片方が徹底的に切り刻まれたのは、言うまでもないことである。

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