595.事件が終わって一安心の時間
「って感じで、やってみたら思ったより良い感じに………あれ?みんな?」
連休明けの火曜日、22日。
第15号棟の第一教室で、俺がどうやって敵を倒したのか、相手との会話とかは省いてみんなに解説していたら、なんか変な空気になった。
お、おかしいな……?
一度、先生達とか、五十嵐さんとかにも報告して、その時も微妙な顔をされたから、分かりにくかったかと思って、説明をもっと洗練させた上で話したんだけど………?
「ご、ごめん、どのへんが分からなかった……?」
「最初から何一つイミワカンナイッス」
「僕の灰色の脳細胞が理解を拒絶します」
「っつかバカじゃね?前からだけど、バチクソのバカじゃね?」
「ひくわー……」
「パネェ……!!」
「シャン先生が頭抱えてた理由がやぁっと分かったねぃ」
「自分が教えたことが元で、こんな暴挙に出られたのだから、ああもなる」
え゛っ、シャン先生、そんなに困ってたの……!?
何か知らないが、とんでもなく申し訳ない事をしてしまった。
「スースームーくーん?」
「ひぃっ!?はいっ!?」
「自分の体を大切にって、私、あれだけ言ったよねえ…!?」
「そ、そうしないと、勝てなかったから…!」
ミヨちゃんに凄まじい勢いで怒られてしまった。
この前の決闘の時と、あの島での無茶行動の時と、最近は連続でやらかしている気がする。
いや、聞いてくれ。
俺だって本意じゃないんだ。トラブルがやたら俺のこと好きなだけなんだ。
「あ、そう言えば、医療棟に入院中、乗研先輩からも連絡来たんだよね」
「あら、あの男、なんて?」
「普通でしたよ?『くたばってねえならそれでいい』、って言ってました」
「これは相当心配してたねぃ」
「ドチャクソ焦ってたっぽくてウケる」
「潜実大での訓練中に心労からぶっ倒れてなければいいがな」
そ、そうかなあ……?
確かに身を案じてくれてたっぽいけど、乗研先輩はドライでクールなところあるから、そんなに分かりやすく狼狽えたりはしなかったんじゃないかな?
「ってかどっちかって言うと、みんなが無事か気が気じゃなかったですよ。ダンジョンモンスターの大群の中心に、いきなり放り込まれたんですから」
「あんただけは言ーなっつーの」
「お前に心配されるほど落ちぶれてないぞ無法チビ!」
「余裕だったわよ」
ほんとかー?マジで言ってるかー?
「あと、訅和さん達も」
「えっ、わたしぃ?」
彼女と後輩君の二人は、八志教室の控えメンバーと一緒に、観戦席から他の生徒を逃がす手助けをしていたらしい。
俺が呼び込んだような騒動だし、そういう罪も覚悟してカンナを抱え込んでるわけだが、今回のことで人死にが無かったことは、素直に喜ばしい。
学園の先生方の貢献が大前提として、みんなの勇気あってこその結果。
俺みたいな自己中と違い、立派な人達だ。
「3人とも、ありがとうね」
「っっっさーーーーーっす!あざざっした!!!」
「うるさっ!?発声時には意識して力を抜くことを、英明な僕からお勧めさせてもらうよ。それと、先輩から礼を言われるのも変でしょう。先輩も僕達と共に戦った側ですよ」
来栖君と二瓶君は照れ臭そうにしていたが、
「ああー、うん、まあ、うむ……」
訅和さんだけは、なんでか気まずそうに見えた。
ただ「そう見えた」ってだけで、気のせいかもしれないけど。
「ところでニークト先輩」
「なんだ?」
「実際どうやって勝ったんです?」
ずっと報告する側だったせいで、みんなの方がどうやってあれを切り抜けたのか、実はまだ具体的に聞けていなかったりする。
どんな活躍があったのか、結構気になっているのに、知る機会が全然無く、軽く飢えているのだ。
「そりっ!聞いてよカミっちー……!」
「うおっ!?」
と、急に机を叩いて身を乗り出す狩狼さん。
どしたどした……!?
「マジバチコン激エモだったー……!」
「えっ、そんなすごいことになってたの!?」
「これで伝わるのもよく考えたらおかしいよね」
「言語とは何か考えさせられますね。この僕の広大なイマジネーションに宇宙が広がります」
確かに流れで理解できるようになってるけど、そもそもおかしい気がしないでもない。
が、今はそんなことどうでもいい!
俺はまた、重大イベントを見逃したんじゃないか!?
「えっえっえっ、それって、なにっ、ゲキアツイベントが……!?」
「鬼エグ…!ろくピがニク先に」「ちょいちょいちょおい!?ムー子!?何言う気!?」
やっぱそこ二人か!
「そう言えばおニク先輩、D型の突撃から六ちゃんだけ回収して守ってましたよね?」
「それがどうしたのかしら?人形をほぼ失って、あの中で一番弱い状態だったから、優先的に安全確保しただけじゃなくて?」
「そうだ。あのまま放っておけば戦死する確率が高かった。戦術的な意味でも、Kが欠けるというのは重大問題だからな」
「そ、そうっ!そゆことだしっ!」
くっ……!ニークト先輩にとっては本当に「そういう事」らしい!
確かに正しい判断だけど、今話してるのはそうじゃない!
「お前達もこいつを見習って、少しは全体を見る目を養え」
「うっ…!そ、そうだしっ!」
そしてそうやってサラッと褒めるー。
そういうところだぞ!この鈍感系!
(((減点をお報せいたします)))
(ナンデ!?)
(2億点くらい持ってっちゃっていいよ)
(ミヨちゃん!?)
「実際にこいつは俺の考えに合わせ、あの場で最適な動きを取り続けていた。最後まで全体を統御していたのはこいつで、A型とD型のコンビに一挙の打撃を入れるやり方もこいつの発想だ」
「A型とD型のコンビ」!?!!!?
サラッとヤバ過ぎる構成と戦ってない!?
「なんでみんな生きてんの!?」
「なんでだろうね……。でも確かに、六ちゃんがいなきゃ全滅してたかも」
「お蔭で全員が助かった。お前の閃きはいつもパーティーを救ってくれる」
「う……うひゃう………」
わあお、追撃が入った。
尊いね。
「ヘビ化してんじゃーん……!」
「ムー子……!黙って……っ!」
なんか新しい単語が出て来た。
ヘビ……?
………あっ、「カエル化」の逆で「惚れ直した」ってこと!?
そこは「王子様化」じゃないんだ!?どうでもいいけど。
「まーまー、バンジージャンプなんで細かいことはオッケーッス!」
「もしかして“万事解決”?」
「それッス!」
「みんな死なっで、…っんと、よかっです……!」
八守君と来栖君が総括した通り、「誰も死ななかった」。
今回の件は、それで「万事解決」なのだ。
なのだが——
「……ススム君?」
「うん?」
「大丈夫?」
「えっ、何が?」
とと、気を抜くと顔が物を言い始めやがる。
辛気臭い感じは、今は出したくない。
「俺は平気だよ。みんなのおかげで」
「………そう?」
万事解決、
それでいい。
そういうことにしておこう。
モンスターを倒して、ハッピーエンド。
世間のそういうお話を、否定する意味なんてない。
あの戦いは、「めでたしめでたし」で終わりでいいんだ。
でも、
俺だけは、
俺だけは、あいつのことを覚えていよう。
あいつという物語が、この世に確かに存在していたことを、
確かに一つ、命を落としたことを、
今日、俺が殺したことを、
ずっと、忘れないでいよう。
みんなの談笑の輪に混じりながら、
密かにそれを、胸に決めた。




