592.見せ場だ!張り切るぞ!
その数割を珪素で置き換えられたとしても、
日魅在進は、人間である。
心臓によって押される血液で、肺で取り込んだ酸素を全身に伝える。
それが彼の基本的な生命維持。
そして魔力の生産という面においては、魔素という物質を取り込むにしても、「魔素」と呼ばれた穴の向こうでエネルギーを起こすにしても、やはり人間としての、動物としての基礎的活動を軸としている。
呼吸、
呼吸だ。
それがどうしてもネック。
足を引っ張る。
根っからの珪素生命である“臥龍”と違い、溶岩と火山性ガスばかりの環境での、生命維持という経験が浅い。
それでも、相当な魔力出力を誇る現在の彼なら、生きるだけなら可能なのだ。
生きるだけなら。
問題は、
今は一瞬の隙、一指の無駄も惜しまれるような、極限の打ち合いの最中、というところにある。
酸素で回せなくなった体内システムを、魔力で間に合わせるとして、心臓を無理矢理動かし、それで起こった血液流も利用して全身に配るとしても、
どうしても、ロスになる。
本来それは、横隔膜と肺によって、ただ吸って吐くという習慣を続けるだけで、満たせていたエネルギー。
全身至るところに、本来そこになかった物質を埋め込んで、拒絶反応が出ないよう精密制御し、遅れ過ぎないよう反応を加速させている現在、不随意運動という名の自動運転が止まり、やらなくて良かった筈の処理が増えるのは、敗着への行進そのもの。
何せ、普通の身体機能全般を、1から100までマニュアルでやることになるのだ。
補助、強化の手間とは、比べものとしての余地すらない。
ガスが充満し、酸素が薄く、気温が高い環境。
“爬い廃”の中、“臥龍”のすぐ傍とは、日魅在進という命を虐め抜く。
剰え、である。
今の彼は、全霊探知の先へと至っている。
五芒星魔法陣の助けがあろうと、維持だけでも困難。
そして戦闘の興奮状態の中で、アドレナリンが疲労を忘れさせようと過剰分泌、体力の限界についての自覚症状すら奪ってしまう。
死神が、音もなく忍び寄っている。
殴っては壊れ、壊れては直し、
その応酬の果てにあるものは、“臥龍”の粘り勝ち!
〈持久力で、ワタクシが負ける筈が!〉
〈ぴ、ぃぃぃいいいいいい……っ!〉
〈筈が……!これは……渦……!?〉
“臥龍”が見たのは、いつか共に見た漏斗雲。
空中に散布された塵が、相手のカクカクした歯列の内に吸い込まれていく光景!
それは口腔内に入る前に払われているように見え、恐らく必要な成分以外は全て漉されている!
〈ひょ、おおおぉぉぉぉぉぉ……っ!〉
急激に吐かれる肺内の空気、その最後に魔力爆発!
気体が周囲に散らされ、混ぜられ、作られた負圧に急速吸引される!
溺死対策の為に習得し、“北狄”との戦いで披露したフィルタリング技術、
その効率を上げ、気体や元素の選別にまで踏み込んだ、アップグレードバージョン!
更に吸気は魔力噴射のエネルギーを受けて熱せられており、反応をより容易にしている。
肺と血管の酸素のやり取りがより高速化されるということ!
呼吸は、今!
逆に、強化された!
〈だが!制限時間が数秒伸びた程度!〉
このままでは勝てな〈グヴぁッ!?〉
連撃。
これまでで最速の攻撃が来た。
ここに来て、更なる成長?
何が起こった?
〈!!〉
彼女は熱エネルギーとして見ているが、
色の変化として語るなら、
進の体表が、赤みがかっている!
〈熱……!?どこからそんなに、急に……!〉
言ってから、それが愚問だったことに気付く。
さっきから、そいつは熱を贈られまくっていた。
〈お前の地熱を、利用させて貰った……!〉
他ならぬ彼女が、彼の中までマグマをドバドバ注いだのだ!
それで体全体を熱し、体内エネルギーを上昇させ、反応を加速させた!
〈オオオオオオオオ、ガアアアアアアアアア!!〉
一息もつかせぬ連撃!
左右を織り交ぜた連続コンビネーションパンチ!
彼女の攻撃も防御も、受ける事をある程度許容できるようになった彼は、相手の腕とプレートを削り、その身を捥ぎ掘っていく!
甲皮の面積が減っていき、全身が寝ぼけた溶鉄色の垂れ流しになっていく!
〈まだあああああああ!!〉
縫い留められていた後ろ脚の下が爆発隆起!
熱と圧力と体液、それらを操って地面を変形させる!
足を裂かせながら身を引き、会心の右拳突を外回しで撃ち込む!
だが進は先んじており、自らの肌を焼かれる超近接、いやもはや密着!
背後を通過する腕の爆発を受けながらも崩れ切らない!
そこを狙った左フックを、後ろに重心をズラしながら回避、と併行して放つ右フック!
彼を殴ろうと前に出てきた頭部に命中!
攻防一体の後退り拳骨!
噴火!
激発!
反応装甲が間に合っていない前面をぐちゃぐちゃに蕩かし砕く!
尻尾の突き刺し!
左横に半歩避けながら腕を回して掴み、敵を引っ張り寄せようとする!
だがスカートプレートがそれに巻き付けられており、直前で開いてから彼にがっちり食い込み拘束!
進は内から両腕高圧魔力噴射と共に押し曲げて、開く!
尻尾二撃目!今度は腹部が開いている!
放射状に配置された噴火加速で推進したそれは進の尻尾ケーブルが絡み合うことで止められそうになる!
高圧の火山噴出!
赤き溶断!
“臥龍”の尻尾は先端を相手のそれに絡み付け、突撃と噴火で珪素の甲殻もカーボン繊維も絞め壊して捻じり斬る!
ケーブルの残片が飛び散り、その腹から背に赤縁の黒が貫通!
尻尾突き三段目!
フットワークを、今度は一方的に喪失!
著しく巨大な右腕が引かれ、守りの上から砕き散らすべく解き放たれる!
その時彼らの間に、一つの物体が、尻尾の破片が落ちてきた。
砕けて上に飛んだ後、加工されて正三角形になったそれが。
千切られる直前、既に内部へ魔力は通してある。
その真ん中を魔力弾が抜け、彼女の胸を叩く。
爆轟波解放、
HEAT弾型だ。
進は腹の傷を拡張されるに構わずそのまま間合いへ。
右手ドリルで穿突。
ひらりと回り落ちていた原始魔法陣を潜らせて、さきほどの痕に二度目の強掘!
〈“爆轟真徹”……!〉
魔力爆破と高圧噴射で火山からの衝撃の全てを相手側に返し、
ガス発泡による爆発を爆風で封じ込め、
腹部付近で籠らせて、
回転刃付きの右腕を真一文字に払った。
そこから上が、
軽く離れて宙へと跳んだ。
ぴ、ぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいぃぃぃぃぃ………——




