589.一緒に踊ってくれるか?
凄い勢いで、窓の外が流れていく。
席に座りながら、それをヌボー、と目に映す。
電車、いや、座席の向きと、車両の内装からして、新幹線だ。
どこ行きだったっけ?
車内の表示を確認しようと振り返った。
通路を挟んで向こう、反対側の窓際に、女が座っていた。
駅弁を前に、面頬で半分隠れていても分かるほど、緊張した面持ちをぶら下げている。
どうやら、糸を引っ張って暖まるギミックに、興味津々らしい。
分かる。
俺もあれ、家族旅行で初めてやった時はびっくりした。
箸を左右に豪快に割ってから、見てて不安になる不器用さで、肉を一つ挟んで持ち上げる。
いつかのカフェと同じように、マスク部分が下に開く。
便利なもんだと、しげしげ眺める。
一口入れて、縦瞳孔の目を瞠り、次に米に、コロッケに、ポテトサラダに、と、三角食べの形になってるのは、行儀が良いからってよりは、あっちこっちに目移りした結果、奇跡的にそうなっただけだろう。
俺はそれを、窓辺に肘をついて、飽きもせず見続ける。
弁当はあと2つあり、それを開くたびに目の色が変わり、それを見てると自然と笑みがこぼれる。
ずっと、そのままが良いと思った。
このまま弁当の中身が、いつまでも無くならなければいい、って。
だけど、おかずもご飯も、いつかは尽きる。
新幹線は、そのうち目的地に着く。
俺も彼女も、その席にずっと座ってはいられない。
でも、行き先は一緒だ。
だから安心してたんだ。
こいつはずっと、隣に居るって。
彼女は駅弁を平らげた。
満足そうに腹を何度か叩き、そのまま秒でウトウトし始めた。
俺は、
俺はこいつと、一緒に居たかったのか?
同じ場所を目指して、罵り合って、殴り合って——
——殴り合う?
気付いたら、彼女がこちらを向いていた。
「あれは、ワタクシにとって、最良の日」
“臥龍”。
違う。その物語の名前は、
「“爬い廃”……」
「あなたは、違いましたの?」
勝手な事を言うなよ。
あの時俺は、転げ落ちるみたいに、散々な目に遭ってたんだ。
って言うか、物理的に落ちたし。
でも、あれがきっかけだった。
あの日があったから、今の俺がある。
多くの幸運に恵まれた。
沢山の奇跡があった。
同じ事をやれと言っても、出来ない自信がある。
あの日のあれは、“質”の話をするなら、
撮れ高の話を、
どれだけ見られたか、楽しませたかを語るなら——
「最高だったな」
「そうでしょう?」
過ぎたから言える話だけど、
二度と御免だけど、
それでも言う。
あれは、痛快だった。
「無名配信者、それも漏魔症を見に、10万人だからな」
「それだけの衆目の前で、意思が朧気とは言え、してやられましたの」
「馬鹿正直に撃ってくれるんだもんな、真上に」
「次は負けませんの。と言うか、ワタクシはそもそも負けておりませんの」
あいつが来たから、色々と引っ繰り返されたんだっけな。
「あの時と、同じか」
「あの時の、続きですの」
そうか、俺達は、
あの時の続きを、しようとしているのか。
「10万人も、100万人も、関係ないか」
「ええ。それら全てがあろうとなかろうと、もっと重要な一事がありますの」
あいつが、何やら気まぐれを起こして、
最弱を最強にするって、育成なんて面倒事を始めた。
そんな事をする理由は、一つしかない。
「面白かった」からだ。
「そうだ」
俺達が、面白がらせたんだ。
「そうだった」
ある意味で、始まった日。
俺と、こいつと、その小突き合い、初っ端も初っ端。
あいつはそこに、何か可能性を見た。
面白さを感じた。
そのショーに、続いて欲しいと思ったのだ。
たぶんダンジョンの歴史上、一番のイレギュラーなあいつを、
俺達で、心躍らせた。
あいつがなんで、俺とこいつを戦わせたがったのか、
そう言われた時、こいつが何を張り切っていたのか、
やっと分かった。
あの日の完結編、因縁の総決算になるから。
あいつが育てた娯楽が、どれだけのものになったか、
その山場の一つになるからだ。
そして、
俺も、
こいつも、
そうだ、
「同じ場所を目指している」。
同じだったんだ。
やっと分かった。
「ぐ……ッ!」
立ち上がる。
「ふぅー……!」
そいつを見る。
正面から、真っ直ぐ。
〈!………〉
時が止まった。
須臾の間、呼吸すら挟まず、二つの命が向かい合った。
「俺も、勝手なこと言うけどさ」
謝罪の意も籠めて、話す。
「俺はきっと、お前に親近感を抱いてたんだ」
待たせて悪かった。
忘れてすまなかった。
答えが出た、と。
「お前は同じところを目指す同志で、一緒に歩いてるのが、実は心地よかった」
互いの間抜けさを知って、一つになって強敵に立ち向かって、同じ相手に狂わされて、振り回されて、
何より、あの日の“伝説”の、共演者だったから。
「だからずっと歩きっぱなしで、腐れ縁のままでいたいって、そう思ってたんだ」
カンナ預かりとなった、あの戦い。
それがいつまでも完結しない、そんな理想の中で、ウトウト眠りこけてた。
〈チョロい男ですのね〉
嘆息混じりの返事。
〈ホント、バカみたい〉
その頭部に、嬉しげな表情を見てしまうのは、都合の良い頭のせいか。
「返す言葉もない。本当に、その通り」
でも、決心がついた。
「俺は、お前と戦うよ」
あの戦いが終わって、こいつと一緒にヒーコラ歩いてる日常を、絆を手放すことになっても、
一人になっても、それでも俺は、やりたいことがある。
欲しいものがある。
その為に、
「俺はこれから、お前を殺すよ」
ここで、決着にする。
それが一番「面白くなる」なら、
俺はそれを何より求める。
俺の戦いは、最後まで俺の為だけのもの。
その俺が言っている。
こいつと、これを見ている彼女。
どちらにとっても、最良でありたい。
その欲望の為に、俺は戦う。
「なあ、“爬い廃”」
合掌し、反攻の準備を始める。
「最高の、」
俺も、そいつも、一瞬だけ“彼女”を見た。
「最高の一騎討ちにしよう」
〈今更ですの〉
相手も、半身で構えた。
(((あれ、ようやっと本編開始ですか)))
カンナが伸びをして、それから少し身を乗り出す。
「ああ。悪い、待たせた」
〈まったく。相方が情けないと苦労しますの〉
「ごめんって」
「それでは」、
火山の貴婦人は、こほんと咳払いを一つ。
〈カミザ・ススムゥッ!!〉
朗々と口上を読み上げる。
〈拳を焼き飛ばし、爆発を纏い、細胞を滅し尽くすこの私をッ!
打てば打つだけ響いて返す、この“臥龍”をッ!
お前は超えれるかッ!
お前に克てるのかッ!〉
さてどうだか。
もう賭けしか残ってない。
思いつくのは、最後の悪足搔きくらい。
それでどうなるか、
そんなことできるか、
分からない。
分からないから、こう言う。
「やって見せる!」
〈それでこそ、男の子ですの!〉
あの日と同じだ。
勝って、細い糸を掴み取る。
それしか俺には残されていない
なら、カッコ良く飛び掛かってやる。
それで健闘空しく死すとも、
この場の全員、最後まで笑顔だ!
俺は意気揚々と、
体内魔法陣を解除した!




