588.俺はどうすればいいんだろう
鏡を見てるみたいだった。
同じように振りかぶって、でも途中で速度や軌道が変わるパンチ。
洗煉された力業。
それがこんなに厄介とは思わなかった。
“臥龍”は基本、尻尾や胴、口からの遠距離攻撃からスタートする。
中距離での撃ち合いの密度で、俺に勝てる道理はない。
だから近距離に持ち込む。
だがスカートアーマーと、左手のジャブを軸とし、隙が出来次第右腕が杭打たれる近接戦闘スタイルは、やってることの単調さからは想像がつかないほど、多くの択を迫ってくる。
何故なら、いつ、どこが爆発して、破片を飛ばしたり、攻撃の軌道を変化させるか分からないから。
そう、俺がいつもやってることだ。
瞬間的“には”速い。
その「瞬間」を、幾つも繋げてくる。
噴火の反動で加減速を織り交ぜるラッシュ。
揺さぶりも含めたスピード勝負を、半永続的に仕掛けてくる。
俺と奴の一番の差は、「防御力」、それか「生命力」である。
俺が脳を焼き切る勢いで、魔力によって損傷を応急的に治している一方、奴は普通の代謝みたいな顔で、その岩肌を修復していく。
一回殴られた程度じゃ、表面が凹む程度。
深く入ったら、爆発による反撃の契機になる。
それを越えて更に体内に攻撃が当たっても、ガスを含んだ高熱の体液にとって、あまり大きな差し障りはない。
D型を倒した時が、どれだけ幸運だったか、それを理解する。
俺が拾っていたのが、救世教会の“浄化”能力を足されていた高額魔具でなければ、弱体化してたからといって体内を燃やした程度では死ななかっただろう。
このタフネスに勝つには、全身の再生が間に合わないくらいの速度で破壊して回り、体液を吹き飛ばし、どこかでコアを露出させて、それを砕くこと。
それだけ。
ふざけてんのかと、そう言いたい。
装甲が破壊され内臓を破られることが自動的に反撃になる奴相手に、素手で殴り続けるなんて、自分の体が持つわけがない。
俺の身体能力強化は、かなりのものだという自負はある。
だが敵はillで、天災級のスケールを操る。
正面からぶつかり合ったら勝てないから、今まで他の強者の力を借りたり、あの手この手と搦め手を考えて戦ってきたのだ。
特にこいつの場合、熱がどうしようもない。
タンパク質は60℃くらいで変性して、細胞が死ぬ。
“提婆”相手でも露呈していたが、ただ熱せられるだけでも危篤に陥るのだ。
魔力で変性を抑えるったって限度があり、溶岩を掛けられて無事なわけがない。ある意味では銃に撃たれるよりマズい。
こいつと俺とで拳同士を打ち合わせたら、俺の方が砕ける。
そこを技量で出し抜き、相手の拳だけ砕いたら、そこから火山がコンニチハして、俺が砕かれる。
しかも本能的なものなのか、こいつにもそれなりの技量が備わっていて、自分だけ無傷で攻撃を当てること自体がほぼ無理。
どうしろと。
総合的には“醉象”の方が明らかに強いのだが、打開の方策が見えない度合いで言うと、今の方が状況が悪い。
殴る、蹴る、曲げる、絞める、刺す、斬る、焼く、爆破する。
それくらいしかない俺は、ゲームで言えば物理特化タイプで、こいつは魔法で倒さないといけない敵キャラで。
RPGの種類によっては、回復アイテムも使ってゴリ押せるのかもしれないが、自己再生能力の速さも持続も、俺では勝てない来たものだ。
さっきから何度、そいつの血炎を流させてやったか。
それをやればやるほど、不利になっていっている気しかしない。
〈刃が立たず、衝撃を沁み込ませない防御……!〉
左手を前にした構えで、
〈どんな抵抗も押し返す、膂力と火力……!〉
だが膝がガクガクと折れかかり、
〈爆発をものともしない、血潮と五臓六腑……!〉
体全体が右へ斜めって、倒れかかっている俺に、
〈お前の小手先をへし折るには、それで十分…ッ!〉
そいつは一段高いところから告げる。
「ハー……ッ!ハー……ッ!」
チクショウが。
最近いっつも、息するだけで地獄な環境にぶち込まれて、それで不利になってる気がする。
こっちが適切な濃度の酸素がないと、生きてられないからって、足下見やがって……!
「ひゅ、ぅぅぅううう……ッ!」
オーバーハンドで、頭の上から殴り下ろすような、“心拍同期勁拳”。
脱力を使う以上、重力に乗せた加速で相手に叩きつけるしかなく、上から下の軌道が確定しているので読みやすい。
だが彼女は、それを避けも流しもせず、顔面で受け止めた。
陶器のように甲皮が砕け、溶鉄色の噴炎が覗く。
その体内に、魔力爆破を入れてやる。
けれど、全身をピクリとも動かさない。
〈いつまでもペチペチと、へっぴり腰の誤魔化しばかり……!〉
右腕が来る。
何段階か動きを変化させたそれの途上に、なんとか脚を挟んで直撃を避ける。
体を回し、衝撃を逃そうとするも、メキメキと嫌な音が響き、骨は割れ、肉は散った。
〈ワタクシに勝とうとしなさい…!どうして覚悟を決めない…!?〉
「さっきからなに…!言ってんだよ…!」
俺は、お前を…!
〈あなたの言葉も、拳も!いささかも響いてきませんの!〉
「ここまで!」、
左の親指が、突き刺すように胸を示す。
〈迷うのは勝手だけれど、戦いにそれを持ち込むな!〉
「うる、せえ…!」
〈そんなもので、立派な器であるつもりなら、ちゃんちゃらおかしい!〉
「うるせえ、んだよ…!」
なんで、
なんでいつものリズムを取れない?
いつも通りに息を吸えない?吐けない?
〈ワタクシと戦え!ワタクシに殺意を燃やせ!ワタクシを見ろ!〉
「今、やってんだよおおおおッッッ!!」
魔力噴射!
足先をドリルスピン!
上げられたプレートの表面を研ぎ磨く!
そこからの噴火の反動で押し返され、素早く刺さった左手でまた飛ばされる。
「なんなんだよお前!?そんなに、そんなに俺が弱いって言うなら、なんでお前、そんなナメプしてんだよ!」
さっきからお前の方こそ、腰が全然入ってないだろうが!
「俺を殺したいように見えねえんだよ!」
〈今のあなたを殺しても、何の証明にもならない!〉
「証明!?なんのだよ!?」
〈ワタクシが!お姉様の今際に相応しいと!そう胸を張れない!〉
カンナはただ、意地悪くニヤつきながら、見ているだけだ。
ちょっと前に買った、300円以上するお高めのアイスをスプーンで掬っていて、俺達の戦いとシャーベットの味と、どっちを楽しんでいるのかすら分からない。
〈お前に!日魅在進に勝たなければ!ワタクシはお姉様と共に死ねない!お前を超えたと、お姉様に認めさせる!その為に戦っているのに!なんだこれは!?なんの侮辱だ!!〉
「ざけんなよ…!迷惑当たり屋女が…!楽しいイベントに乱入して、人様の友人を天秤に乗せて…!ここまできて、意味分かんねえこと言ってんじゃねえよ…!」
〈分かりませんの!?ワタクシはあの日から、お前と殺し合ったあの時から、敗北感でいっぱいだったと言うのに!?〉
「はあ…!?」
殺し合った?
“暴風”の時の、共闘の話じゃなくて?
分からない。
分からないことだらけだ、ずっと。
〈お前はワタクシに為し得ないを為した!だから選ばれた!ワタクシはあの時のお前を超えなければならない!そうじゃないと、お姉様に導かれようと、その寵愛までは奪えない!〉
どこまでも、こっちに理解させようとしてない、勝手な言い分だった。
でも何故か、痛さが、悲しさのようなものが、切々《せつせつ》と伝わってくる気がした。
〈今のお前を殺しても、ガッカリされるだけ!冷められてしまうだけ!ワタクシに御心が向きはしない!〉
分からない。
分からないんだ。
分かってないんだ。
分かってない筈なのに…!
俺は、
俺は、なんで…!
お前を……!
〈ワタクシと“勝負”をしろ!勝ち逃げをするな!〉
魔力爆破。
飛翔し、中空で身を捻る。
弓に番えた矢のように、右半身を大きく引いて——
〈ワタクシを想うなら、お前の全てを出せ…!日魅在進!〉
——想う…?
拳が止まる。
そんなこと、あるのだろうか?
そんな結論が、正しいのだろうか?
獄熱の砕流に、
掃き飛ばされる。
そんなのって、
じゃあ、どうすればいいんだよ?




