586.手近にある最強の鈍器
〈“臥龍”…!『地に足を着けて進むべし』、ネ!〉
「ジャンプや滞空は控えた方が良いだろうなっ!」
「それで魔法のパワーがあがってるわけねん!」
シエラの海水の壁。
その表面にプロトが電流路を縦横に渡す。
敵の砲撃に対し、電磁力のフィールドで反撥させ、それを破れるほどの威力なら、水の層で受け止める。
油圧の例からも分かる通り、水は逃げ場がない場合、そして加えられた力が大きくなるほど、強力な圧を発揮する。
静かに止まった水面は、ぶつかる相手が速いほど、瞬間的に逃げ場を失って、強い圧を返すようになる。
アクション映画で水中に入ることで、弾丸から逃れるシーンは、決してフィクションの誇張とも言えない。
岩石竜達の遠距離攻撃は止められる。
対応として、熱で気化して穴を開ける手を試みてきたが、水蒸気爆発の威力と相殺され、矢張り鉄壁。
それで数十秒持たせて、狩狼やプロトに遠隔での反撃をさせつつ、その間に作戦会議だ。
「どうすんダ?ヘヴィーな相手だぞ?今のは質量的な意味ダ!」
〈ワガハイが行って殴り飛ばすのはどうだ!〉
「今までよく生き残ったと褒めてやりたくなるところだなお前!」
頭を動かさずとも自然と皮肉を生む口をそのままに、ニークトは嗅覚をフル動員しながら敵の位置を大雑把に把握。
「ムー子!そっから4時方向のヤッといたげて!あとトロセンそろそろ勝つから次の準備!プロ子は左のF型!」
「おけー…!」
「今だけ聞ーたげる!」
だがどうやらその必要はあまりないと分かり、リソースを思考に偏重させる。
「ヨミチ!ヤツはあの中央の塔の中だ!お前のあの能力、この位置関係ならどうだ?」
「!はい!だいぶ最高出力が出せます!」
「よし!ならそれでA型を——」
「それなんだけどっ!」
遠距離組の指揮を執って、誰よりも忙しなかった六本木。
何故か彼女が、アイディアを練り終わっていた。
「硬さで殴れば割かし時短いけるくねっ!?」
正気じゃないアイディア。
だがやるしかない。
「ひゅ、ぅぅぅううう…ッ!」
魔力で無理矢理活性化した肺の運動で呼吸を爆発させ、それで更なる魔力を生む。
「ひゅ、おおおぉぉぉ…ッ!」
“臥龍”が尻尾を振り回し、それが爆発して疣の散弾を連射。
魔力弾を連発し相殺しながら一踏!
地盤を貫通する一歩で詰め寄り、プレートの攻撃を反時計回りで避けながら右腕を引く!
〈そこで軽い方の腕から行くっ、その軟弱!〉
“臥龍”の左半身、その前面が爆発!
右の肘の後ろから噴火!
高速旋回!も兼ねた右フック!
〈許されませんのっ!〉
「来るわよんっ!」
W型の指示だろう。
敵も学習した!
電磁バリアを破り水面にぶつけ、液体が波打って充分な圧力を発揮できなくしてから、最も貫通力の高いD型の主砲とA型の溶岩流!
辺泥が逆位相の波をぶつけて水面を静止状態に近くし、それでも突き抜けた分はベージュと水色の魔法盾がなんとか止める!
「突っ込むぞオオオオオオ!」
ニークトの号令を合図に海水面バリアも含めて陣形そのまま全隊突撃!
ニークト、虎次郎、テニスン、辺泥&雲日根といった硬い人間を集めた前衛!
その後ろに六本木と狩狼、シエラ!
最後尾には黒装束に着替えた詠訵とプロト!
囚われの進とW型を擂り潰しているトロワを除いた10名での総勢侵攻!
雑魚掃討もそこそこに本丸へ、A型へ直進!
〈〈ゴゴゴオオオオオオオアアアアアアアアアアア!!〉〉
並んだ2体の巨大岩石竜が全身の装甲を爆破掃射!
溶岩はもはや波打ち際を作っている!
電磁バリアも海水層も破られ、防御系魔法も突破され、前衛達がその身で受ける!
雲日根が獲得した体内水分操作能力で、虎次郎を除き治癒が可能!
そこにイヌ人形の治療も加わる!
だが近付くほどに、弾幕も熱も威力減衰が無くなっていく!
背後からもまた、赤と黒の弾道が土砂降る!
ジリジリと焼かれながら漸進する様は、焼石に勝負を仕掛けるカタツムリが如く!
D型の肩に乗ったW型は勝利を確信!
とどめの命令を叫ぼうと口を開け、〈クォ〉喉を剣が貫通!
「目が無くても、視野狭窄は起こるものなのね?」
狩狼の眷属に掴まったトロワが、慣性を利用して飛び刺してきた!
完全に不意を突かれ、自衛に掛かり切りになるW型!
援護しようと近寄った者やD型の尾は、竜胆色を足された狩狼の眷属が追い返す!
その時A型は、自らの足下に強烈な違和感を覚えていた!
それは彼女が、今まで全く無縁だった初体験!
浮遊感!
〈浮いて…!〉
“臥龍”の真下、地中からの魔力爆破!
先程の踏み込み、その時にドリルスピンする尖った魔力を進行させ、撃ちまくった後に敵に当てずに空中に留めていた魔力群をその後から続かせる!
全霊探知状態なら、そのくらいの形状の融通は利く!
「ローカルから引き剥がす!」
詠訵の、明胤生達の狙いはそれだ!
彼女のリボンをA型の下にありったけ仕込み、そこから斥力解放!
彼女から見て進への最短距離を遮る位置を取ったそいつには、彼女の魔法が高出力で作用する!
A型は知らな過ぎる体感に数瞬だけ混乱!
その時に魔力を一瞬で使い切る勢いで無理矢理距離を詰めた生徒達のうち、虎次郎が自らの右腕を縮め、左腕を伸ばし、巨大で偏ったシーソーへと変形!
〈ワガハイはテコでも動かんが!そっちはどうだ!?デブトカゲェぃ!〉
辺泥が地面を波打たせて弾みをつける!
梃子の力点を可能な限り多くのメンバーが押し込む!
「“魔法変身半神狼王”ィッ!!」
ニークトに至っては完全詠唱だ!
飛び出す、
飛び出そうとしている!
だが上部から噴火して持ち堪えようとするA型!
山をほじくり返そうなどという不遜な人間達に罰を!
そう下を向いた頭が、
「“月は欠け蝶は舞う”!!」
ライトイエローの電流路で囲まれる!
トンネルのようなそれに、巨大電流が発生!
「GOT!」
横からスイングされたプレートを魔力噴射と爆破で鋭く上下することで回避!
上体を下ろして振り抜かれた右の巨腕を躱す!
そこから榴片と溶岩と衝撃波が来るのを、反応装甲と噴射・流動防御で耐え、それでも肉を黒焦がされながら掴み取る!
いいや!ガッシリと止めるんじゃない!
敵の攻撃の勢いを損なわずに自分の動きを押し付ける!
「ナメないでよね!」
プロトの電流は、対生物ならほとんど必ず通じるという強みがあった。
だが今回の敵は、熱に強過ぎるのか、それとも全身が絶縁体なのか、彼女にとって初めての、電流そのもので殺せない相手。
だからバリアを張ったり、投げた円斧を操って斬りつけるような、間接利用を強いられた。
それがどうした。
彼女の雷は強い。
その自信に揺るぎは無い。
完全詠唱の際に自分の高速移動に使っていた、磁界や電磁力。
感電が効かなくとも、それからは逃れられない。
敵の首にも一部を巻いて、巨大な電流動を作って、
“その方向”へ加速させる。
足の裏にぶつかる振幅が再度のピークを打ち上げ、
そこに竜胆色の飛刃による突きの連打。
A型の重心がとうとう前のめりに。
軸がズレ、放り出され、
その影が、D型を覆う。
「お前が幾ら硬くてもおおおお!」
俺が使える、
誰でも使える硬質兵器がある!
直径約13000キロ、質量約60垓トンの鉄の塊!
地球!
まあこのダンジョン内を地球って言っていいのかは分からないけど、重要なのは巨大な岩石でできた奴らが乗っても簡単に崩れないくらい硬いものが、そこにデンと置いてあるってところだ!
お前より確実に、大地の方が強い!
地面で殴れば、大抵の奴の防御力に勝てる!
何より、足が地から離れることが肝要!
〈〈〈〈「「「「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」」」」」」〉〉〉〉
巨体が綺麗な弧を描く!
鉄槌徹突!!
粉塵烈波が爆速で広がり薙ぐ!
六本木のアイディアは、片方をもう一方にぶつけるハンマーにしてやることだった!
ローカルの関係上、投げられる方がダメージが大きくなるため、そちらをA型にするべき、という優先順位は存在する。
だが、片方を倒す間もう片方をどうするか、などという雑事に悩まされなくていい!
一石二鳥!
一網打尽!
これが一番早くて強い!
〈ガぁ、ルゥアアアアアアア!!〉
爪を竜胆色に染めたニークトの連撃!
〈SSS!!〉
辺泥が竜胆色を纏った雲日根を高圧噴射!
D型にぶつけられピクピクと死にかけの虫めいて裏返っていたA型の腹に突入し、斬り荒らす!
内側から爆裂!
A型討伐!
「ゲキアツー…!」
「ナイス!D型を——」
次なる動きを指定しようとした六本木の現在地点に着弾!
飛ばされてきた弾丸は、トロワだ!
「トロセン!?まっず!」
パンダ人形の身代わり能力で一命は取り留めたが、幾つかの人形が使用不能に!
そしてここで聞くべきは、トロワが何に後れを取ったのか。
「備えなさい!来るわよ!」
殺到する蛇顎!
D型の尾だ!
更に数歩、ダンジョンを揺さぶるように力強く、
その巨大亀は走り込む!
4本の前脚で、
地盤を卓袱台のように返して一帯を掃壊!!
速い!
巨体には不釣り合いとしか言えない、早回しのように不自然な高速挙動!
地面ごとローカルから引き千切られ、今世紀最大のアトラクションに乗せられながら、
何人かの頭には、「ワニガメは狩りの際に俊敏な動きを見せる」、そういった話が甦る。
「な、んだって……!?」
“臥龍”は立った。
それも平然と、よろめきも見せず、
投げられた直後に追撃を入れられながらムックリと、
スカートの埃を払うような動作まで。
攻撃を全て受けてやった上で、
何も起こっていないかのように起き上がった。
〈小細工は、それで終わりですの?〉
「小細工、って……!?」
階級違いのボクサーに、覆せない身体性能の差を思い知らされたような、
残酷な“当たり前”だけがそこにあった。
辛うじて反応し、魔力と腕で作ったガードの上から、
巨大な右腕が刺さる。
肉の半分以上が削がれ弾けた。




