585.死にはしない!
ジュリー・ド・トロワは、亢宿勻を嫌っている。
自らの弱さに向き合い、真っ直ぐであれるようになった後も、それを最初から自然と出来ていた、あの男に敗北感を抱いている。
「なんか負けた気がする」、些細だからこそ、取り除き難い。
一つ歳下の彼が、勝手に彼女のライバル気取りなのも、
彼女自身の心が、なんとなくそれを受け入れてしまっているのも、
気に障る。
彼女は以前本人に、そのことを直接言ったことがある。
「なら今度、トロワさんが卒業する時にでも、もう一度サシの真剣勝負をしようじゃないか」
彼は待ってましたとばかりに、そう提案した。
「絶対に泣かす」、彼女はそう固く誓った。
トロワもトロワだが、亢宿も亢宿である。
似た者同士、ぶつかるのも当たり前だった。
だが同じ後輩で、同じような精神構造の相手でも、進に向ける内心は軟化し続けている。亢宿へのそれが、同族嫌悪だけで片付けられるものではないと、それも分かっていることだ。
では、それは何なのだろうか?
ある種の友情か?
愛のような面倒な感情か?
戦士としてのプライドか?
直接負かされたという事実が大きいのか?
もう分からない。
決着をつけて、それをハッキリさせる前に、
彼には勝ち逃げされてしまった。
彼は最期まで戦士として生き、戦士として戦って死んだ。
彼女の理想の生き方、死に方を、先にやられてしまったのだ。
だからやっぱり、彼女は彼が嫌いだ。
約束も守らず、勝手に一抜けなんて。
そう、彼は死んだ。
忌々しくも彼女と伍すると認めざるを得なかった彼は、その命を払わず勝つことができなかった。
けれど、多くを守って、自分とその仲間は死んで、
それはディーパーにとって、使命を全うした死に様だと言えた。
彼女がそれでも彼を讃えられないのは、どこかで思っていたからだ。
自分は、それと比肩する彼は、死なないのだと。
なんだかんだ、何があっても、勝って生き続けるのだと。
強者だから、弱肉強食だから、
なんともオメデタイと、今更ながらに思う。
「『平和オトボケタイプ』……、その通りね…、痛いくらいに」
模擬戦用の剣を握り、肌にバチバチと刺さる殺気に浸る。
人は死ぬ、それも結構あっさりと。
「生存はまず前提」、それが「極論」だと、訅和に言われたその意味が、あんなに強かった亢宿の死で漸く、身に沁みて実感できた気がした。
一人で戦える、生きていけるなんて、自分が不死身だと思ってる馬鹿野郎のセリフだった。
仲間を頼ろうが、撤退しようが、生きて、より多くを生かすため、手段を選んではいられない。
戦う姿に、作られた美しさを求めるなど、世界でも図抜けた最強にのみ許される贅沢。
彼女はまだ、そこに到れていない。
彼女が憧れた、華やかな英雄になりたいのなら、
最強になるまで、生き続けないといけない。
だったら、仲間は必要だ。
そして彼女には、自分と並び立たせ、背を預けても良いくらいには、それなりに最高の仲間が居る。
「“強き牙を放つ匕首”。死なせないわよ、誰も」
竜胆色の飛刃がM型やF型を殺し、他の戦士の爪や牙、刃物を強化し、全体を支える。
振動や流動で、斬撃を複数回入れることが前提な能力者、狩狼や辺泥なら特に、その能力を有効に使えるだろう。
彼女の剣に残されたのは、先端と根元の部分のみ。
「約束も守らず死ぬなんて不誠実、少なくとも今は、させてあげないわ」
アーマー左手の袖に剣身をこすり付けながら、切っ先を数歩先のW型に向け、構える。
「死なせるもんですか!私の目が届く内で!」
自分の為に、仲間も自分も守る。
彼女が見つけた、「自分本位な在り方」。
W型は、重装歩兵のような装備。
右手に槍と、左手に盾。
槍の穂先は、それだけでブロードソードクラスのサイズであり、刃から少し下に取っ手が突き出ている。
盾は扁平で横に幅広の、両刃斧のような形状で、カメに似ていることで知られる三畳紀の板歯類、ヘノドゥスの背甲が近いだろうか。
右腕の中途がボンと吹き飛び、溢れた体液が柄を伝い、穂先の溝をグツグツ滴り濡らす。
赤熱刃。
それで斬り下ろしてくる。
間合いはまだ遠い。だがそのまま立っていれば、槍に付着したマグマを飛ばす攻撃を、モロに引っ掛けられてしまう。
サイドステップ。
その足運びによって、前進も後退も一時不自由になる、その隙を狙って盾の陰に全身を隠しながらの低姿勢接近。
他と違って猫のように柔らかな身のこなし、このダンジョン内では最速クラスのスピード。
W型らしく、技量もしっかりと身に着けているタイプ。
対して、知的生命体代表たる霊長類が取った行動は、
正面から三段突き。
2発で盾をぶち抜き、それで開いた穴に3発目を突き刺すという、能力と剛力に全委任した、知力ゼロの攻撃特化戦法。
たった一回の、フレームレートが低い刺突にすら見えるそれによって、確かに盾は穿たれた。
だが3撃目が入った瞬間、W型の左手は捻られ、剣先を外側に持って行かれる。
〈クゥッアッ!〉
「獲った」、とでも言いたかったのだろうか。
先端近くの取っ手を使って短く持ち替えた槍で、ガラ空きになったボディに一直線。
その鋭角に添えられ、横に流すもう一本。
鞘だ。
一部が溶け欠けながらも、尖った石突に竜胆色の刃を装備し、立派な攻撃手段としてW型にカウンターを刺し込む。
脇腹付近に、2撃。
破裂し、体液が音を立てて飛び出す。
衝撃で回るW型を見ながら、トロワは剣を手放し三角座りのように脚を畳んで後方回転跳躍。
その背中の下を、尻尾による足薙ぎが通過し、散布されたガスが一拍遅れて発火爆発。
向き直ったW型は口を開いて、喉奥から高圧溶岩流を単射。
その首を脚で挟み、背中からぴったり相手に密着することで躱した彼女は、地面に両手を付くと力いっぱいに敵を後ろへ投げる。
頭頂から叩きつけられながらも再度の溶岩流で撃ち抜こうとし、だが自らの盾に阻まれる。
そこに刺さったレイピア、それが竜胆色越しに遠隔で操られ、射線上まで引っ張ったのだ。
両腕のバネで跳ね起きながら剣を引き抜き、振り向きざまに斬り上げることで尻尾の打擲を弾く。
四つ足で這いながら方向転換をしているW型にツカツカと駆け寄り、回頭中に右足でまず盾を外に、それから胸を蹴り上げる。
爪先に仕込まれた竜胆色が、傷口を刻印。
その足で踏み込みながら、両手の“剣”をそこに目掛けて一点同時刺し。
爆散。
胸から上にぽっかりと穴が開き、首が放られた。
「次!とっとと持って来なさい!」
最後に炸裂した切片による傷を、ベージュ色に治癒させながら、ライオンの人形に叫ぶ。
そこから数m地点に、大振りのハンマーを持ったW型が降って来た。
あらゆる手を使いそこまで誘導されたのだろうが、それにしても仕事が早い。
恐らく広い視野を持つ六本木が、トロワに言われる前から動いていたのだろう。
再びの至近戦闘。
こうやって敵の頭脳を釘付け、削り取っていくのが彼女の役目だ。
チームの為のスタンドプレー。
大型の敵は、彼女の魔法さえあれば、他の誰でも殺せる。
だからこれが適任。
「ちゃんと決めなさいよ…!」
鎧を剥がし合い、身を焦がし合う闘争の最中、
彼女は友軍に、当然の要求を入れる。
「この私を、アシスト役に回したのだから!」




