584.大人達の都合
『こちら1番ゲート!東側の全生徒避難完了!』
『2番ゲートに応援をお願いします!推定C型の大群です!』
『3番ゲート!おそらくW型だ!複数居る!生徒の退避も間に合っていない!』
『4番ゲートです!A型からの攻撃が集中して身動きが取れません!』
「1番ゲートは封鎖!保持に必要な最低限の人員以外は他の援護に回れ!優先は3番!生徒会は!?」
「地上で誘導に当たっています!」
「よし!くれぐれも下に降りようとするなと伝えろ!戦闘員だけが戦場の花じゃないとな!」
明胤学園の教職員用無線が辿り着く主流、各報告を取り纏める警備管制室で、オペレーター達の怒号が飛び交う。
「来賓の安全確保と脅威認定はまだか!」
「理事長、学園長、八志先生が急ピッチで進めていますが、何しろ数が多過ぎて…!」
「急ぐようにお伝えしろ!」
「学園長はこっちにお呼びして司令席に座ってもらった方が良いですかね!」
「あの人は現場指揮はからっきしだ!後方でコキ使ってる方が役に立つ!」
「了解!そうお伝えします!」
「バカ!そのまま伝えるな!」
鋭く指示を飛ばし続けているのは、教頭の瀬史である。
学園長とは逆に、戦場でイキイキし始めるタイプである彼女は、明胤学園における戦術的トップ。
髪をオールバックに直して鋭い目つきを隠す眼鏡を放り投げた彼女は、自分が血気に逸って物騒な手段を好む性質だとよく知悉しており、有事以外は口を滑らせないよう発言もできるだけしないようにしている。
彼女が学園の運営についてガンガン前に出てしまうと、この学園が蛮族の巣窟になりかねない、というのが偽らざる自己評価なのだ。
「瀬史教頭!幾つかの国から代表者避難の催促が来てますが!」
「『担当者に繋ぐ』とでも言って保留にしておけ!」
「じゃあこのままで良いですね!」
VIPの命が惜しいのは分かる。瀬史とて政争などウンザリだからそうしたい。
けれど残念ながら、このまま「どうぞ」と帰すわけにはいかないのだ。
数分前に起こったモンスター大量発生インシデント。
先程オペレーターの一人から、隔世開通時に似た魔力発生パターンが見られたと報告があった。
ただそれが自然発生だとは考えづらい。
何故なら明胤の地下には、“あれ”があるからだ。
だとすると、人為的なもの、例えばドミノボムのような兵器を疑いたくなるのが、人情と言うもの。
そして更に、ダンジョン生成にしてはエネルギーが妙に整序されており、周囲で異形化や軽度漏魔症を引き起こしていない部分も合わせると、より怪しく見えてくる。
VIPの顔をして侵入し、仕掛けた者が居るのではないか。
モンスターを発生させながら、自分には被害が及ばないよう、調整した者が潜んでいるのではないか。
それを検証する為、現在ドサクサに紛れて、八志の能力も使った略式尋問中である。
問題は、学園一つに攻撃する為、このような国際社会を敵に回す手口を使うだろうか、という点。
これについても、丹本側には心当たりがあった。
日魅在進。
世界のあちこちで、彼を邪魔だと思う機運が高まっている。
その脅威を排除する為に、幾つかの国が裏で合意し、この攻撃の為に一致団結した、という可能性。
実際、事は彼が参加する試合開始と同時に起こり、それからずっと、学園側は彼の生体反応を完全にロストしている。
ダンジョンは電波を通すことを、最初の爆発か、それともダンジョンの内部に取り込まれたかは知らないが、十中八九死亡していると見ていいだろう。
そうだとするなら、敵の目的は既に果たされたことになる。
一方で、この説には疑問点も浮かんでくる。
自分の命惜しさに、ダンジョンのエネルギーを加減させる割には、使う兵器自体がそもそも危険という身も蓋もなさ。
そして何より、モンスターの特徴。
奴ら、“臥龍”と呼ばれるillと、そっくりなのだ。
分からないことが多過ぎる。
有り得そうなところから、虱潰しにするしかない。
だからこその、一時的な勾留措置である。
各国から非難轟々だろうが、そんなものは後回しだ。
本来なら要らない作業に、貴重な時間も人員も割かざるを得なくなって、教員たちにとっても損ばかり。
それでもやるしかないから、やっているのだ。
国防の一端、国の基盤を担う以上、ちょっとした圧や煩わしさで、手を止めるわけにいくものか。
「クソッ、オットー先生が不在なのが惜しまれる…!」
非常勤講師であり、ドライな仕事人でもある彼は、休日にやるイベントに、わざわざ顔を出すようなことはしない。
彼が居てくれたら、どんなにか楽だろうか。
こうしている間にも、国に尽くしてくれている職員や、国の将来そのものである生徒、その誰かが命を落としているかもしれない。
他国との関係悪化ともなれば、学園の責任問題で済まなくなるので、来賓対応が最優先なのは道理なのだが、遣る瀬無さは消しようがない。
どちらをも取れたらいいが、どちらかしか選べない。
その時により多くを救える方を見定めるのが、彼ら大人の役目であり、子ども達に見せるべき範なのだ。
断腸の思いで、生徒達の自衛能力を計算に入れ、アリーナから最初に出すのは、特設観戦室の連中からである。
事前に無茶を言い出し、大挙して押し寄せている奴らに、この好待遇だ。
足蹴にして力任せに敷地外へ放り出されないだけ、人道的だと思え、彼女は諸外国の矢の催促に、そう唾を吐きかけてやりたくなった。
『こちらパンチャ・シャン』
そこに専用回線で入電。
この学園の看板教師の一人。
『いい加減、俺も出るぜ?止めてくれるなよ?』
「待て!あなたは丹本国の貴重な戦力であり、同時に爆弾を抱える不安定な状態にもある!あなた一人の勝手な判断で、その身を前線に投じることは許されない!」
『出し惜しみして使わねえ戦力なんて、弾も電気もない高性能ライフルと一緒だぜ!要らねえんだよそんなクソ重いだけの鈍器!戦場はファッションショーじゃねえんだ!』
「あなたが居るだけで抑止力になるという側面がある!見せびらかすだけでも効力は発揮できる!」
『だから今から見せびらかそうってんじゃねえか!分からねえヤツだぜ!』
検知されている魔力出力からして、敵は深級かそれ以上の水準だと判明している。
「制限時間付き」の最強を放り込むには、不確定要素が多過ぎる。
万が一にでも彼が失われたならば、その損失は国家レベルにまで及ぶ。
「あなたが出ずとも、事態は収束に向かっている!」
『そうは思えねえし、そんなチンタラやってられねえ。俺の生徒が待ってるからな』
「あなたの?残念だが特別指導教室の6名は死亡したと見るのが正しい!」
『バカ言ってんじゃねえ』
強がりでも、怒るでも、狂うでもなく、
当たり前のように、彼は言った。
『あいつらが、これしきで死ぬかよ。八志も同じ考えだろうぜ』
彼らが生きて、戦っている、と。




