583.今度は間に合った!
溶鉄色が溢れ、オーブンや焼却炉の中のように揺らぐ景色の中、
紫色の外炎と黄色の炎心を持った、他とは明らかに異なる燃焼が、スペースを仕切るように横切っていく。
「“薬王躍動炎上軟膏”!」
その炎は人を癒し、モンスターを殺す、
のだが、
「効きが悪い…!」
星宿は呪わしさを声に付した。
彼女が戦っている敵は、どう見ても火や熱に強い。
「敵を滅ぼす」性質があるとは言え、“炎”というものを寄せ付けてくれない。
内からならともかく、外から焼殺するのは、非常な困難であると言わざるを得ない!
「せめて傷の一つでもあれば…!」
彼女の炎は、傷を悪化させる、という効果をも持つ。
どういうものか詳しく言うなら、敵の欠けを見つけ次第そこに群がり、破壊を集中させ、そこから内側に入り込む殺意の高さがある、ということ。
治癒系の魔法や再生能力持ちであっても、大体の使い手は、彼女を相手に「傷を治す」ことができなくなる。
だから、傷口さえあれば、それを足掛かりに殺せるかもしれない。
が、良くないことに、今回の敵は、特別硬い。
動きこそ鈍いものの、その者達の身に宿った破壊力は、ちょっとした欠点を補って余りある。そんなささやかな短所、可愛げにもなりはしない。
駆けっこで追いつけなくとも、奴らは人を、ディーパーを十二分に殺せる。
何より、A型と思しき巨大モンスターが3体。
星宿の力では、生まれるペースを上回れない。
だが、「ここでは適任でないから」と、退くことは許されない。
彼女は教師で、養護・栄養教諭代表代理で、生徒達の安全と健康を第一に考えるべき立場だからだ。
出口があちこち倒壊し、今も取り残されている者がいるこのアリーナ内から、最後の一人の退避が完了するまで、ここを通すわけにはいかない!
交差した両手、それぞれの指の間に薬壺を挟み、腕を開いて拡散投擲。
それらがヤケクソで放られたのではなく、しっかりと狙いをつけられていたということを証明するように、岩石弾や泥ブレスを吐こうとしていたV型どもの口にバッチリ入る。
とにかく、“口”だ。
岩トカゲ共が持つ器官の中で、唯一体内と繋がっていることが明らかになっている部分。
そこからなら、彼女の炎なら殺せなくもない。
少なくとも、しばらく動けなくするくらいはできる!
無差別砲撃で怪我をした生徒を治療しつつ、前線も維持!
「どっちもやるのが私の仕事!」
撥ねる水滴の如く躍動する紫炎!
Bポジションとして後方で支援する事が主だった彼女だが、前衛としての腕にもそれなり以上の覚えがある!
続けざまに押し掛けてくるG型とV型共に追加の薬壺を喰らわせて「!」大きく横に回避!彼女の頭ほどの大きさの岩石塊が、数十単位で一斉射!
床にぶつかったものは、内から溶岩とガスを噴いて爆発!
完全に無傷でやり過ごすのは不可能!
ならば!
星宿は自らの炎を頭から被り、傷がつく端から修復される状態に!
「耐えれる!」
今の攻撃、その一段目を直に貰わなければ、治癒が出来ずに即死することはない!
だったらトカゲ共はどうするのか?
次からはもっと当たりやすいように撃ってやるだけ。
このように、近付くことで。
角竜のようなフリルを持った、C型と推し量れる種類が3体、紫炎を越えて彼女のすぐ前にやってきた。
近くから撃たれたなら、もっと避けにくい。
シンプルな考えであり、そして特に間違っている部分も見当たらない。
星宿は横を、自分が動ける余裕がどれだけあるかを、確認した。
そちらから、別の気配。
トーテムポールのような、幾本もの腕を持つ柱のような形をした者達が、何匹も配置されている。
〈クゥオンッ!コォッン!〉
C型の後ろから鳴き声。
シャープな鎧を着た、立ち姿が段違いに様になっている二足歩行。
両手の先に、鱗を並べて作った鋭利なナックルダスターのようなものを装備している。
——W型…!?
中央の3体のうち、より大柄に見える1体。
あれはRQか!
ここに居るモンスター達は、指揮されている。
効率的に運用されている。
彼女が何を出来るか、それを見て殺し方を作っている!
「このっ!」
壺を一つ投げつけ、突起だらけの尻尾に叩き落とされる。
床に広がった炎を操り襲わせるも、涼しい顔でどこ吹く風だ。
モンスター共から熱量の高まりを感じる。
次の攻撃は、逃げ道を全部塞いだという確信から来るものだ!
W型の存在を認識することが遅れた彼女は、その前提での対処を模索する満足な時間を与えられていない!
左右を挟んだM型達が、2本ずつの腕で作った複数の銃身から順次礫を発射!
一匹当たり3、4本の銃口を持つので、実質的な連射攻撃となる!
C型が正面から散弾を撃って、蓋を閉じることで完璧に!
W型は敵性魔力保有者への命中を確認!
殺した!
「光、見えてるんっすねー?それとも熱っすかー?」
が、そいつの高い耐性が、瞬時にその意識に掛けられた呪いを解いた。
C型達も、M型達も、射角を間違い、安全地帯と言える空間を形成してしまっていた。
「“熒惑にて経国成る”。理解できるか知らないっすが、教えとくっす」
「お前騙されたんだよ」、
紫炎の中に、サーモンピンクが混じる。
それが彼らの認識を機能不全に陥らせたと、W型は瞬時に理解。
自らのすぐ近くにまで来ていたそれを、尻尾で払って消火。
それを跳び越える人影が、顎の中に拳をねじ込む!
「“完全回蛇永遠雌雄”……」
勝色の籠手から冷気が大量注入!
体内の温度を下げられることで、動きが鈍化、どころかほぼ停止!
「先生…っ!」
W型を止めた少女、枢衍教室の介冬が星宿に頼むまでもなく、既に紫炎は口から体内に侵入済み!
熱して冷やしてを目まぐるしく繰り返し、内臓が脆くなったところを外から打撃を響かせ、形をそのままに中身だけにダメージ!
腰を入れた左右撃を連続で入れて、客席から外に突き落とす!
「あなた達!何をしてるの!?」
「俺ッチ達も撤退を手伝ってるっすよ!」
「危険過ぎる!」
「だからってもう遅いっす!ここまで来たらグダグダ文句言うよりっ!大人しく俺ッチ達に助けられた方が、全員の生存率上がるっす!」
詭弁の達人、幻惑使いの朱雀大路が理詰めらしく聞こえるゴリ押しで強引に話を畳んでしまい、なし崩し的に「教師を手伝う生徒」を認めざるを得なくなる星宿!
サーモンピンクの炎が、僅かな間だけだが敵を惑わし、迷わせ、行動を遅らせる効果を持っている。
リーダーシップ担当であるW型亡き今、それを使えば戦いがより有利、を超えて勝利まで見えてくる!
「俺ッチと先生の魔法を混ぜれば、内から幻覚を見せれるっす!いけるっす!」
「油断しない!情報を予め調べ尽くした潜行と違って、私達の前に居るのは未知の敵——」
壺を追加しながら迂闊を叩き直していた星宿が、
「あぶないっ!」
そちらの方向を見ていたから気付いた。
彼女とC型を挟んだ位置を取った介冬、その更に背後。
そこからA型が顔を出し、
口を開け、
「“薬王躍動炎上軟膏”ァッ!!子ども達を守って!」
鼻先で大量に投下された紫炎を、
誕生日ケーキの蠟燭のように吹き消した。
溶岩と火砕流によって。
「介冬さ——」
客席に、ごっそりと巨人用の腰掛けが作られた。
黒々と削り取られた一帯を見て、腹だか喉だかを満足気に鳴らしたA型。
〈遅いな、お前。見た目通りに〉
それが新たな力の波長に、額を切り裂かれる。
〈グゴガッ!〉
〈硬い。これも見た目通りか〉
崖を登るヤギのように、宙を翔け飛ぶ山吹色。
象のように大きく、馬体に竜面の一角獣。
その背から鬣のように上る紫炎は、そこから生えているのではなく、逆にその身体を生成し続けており、損傷部の高速再生を補助している。
五大元素思想において、土は、火から生じるものだからだ。
〈ああ、これは褒めているんだ。素直なのはいい。以前に見た目通りに行かぬ相手にしてやられてから、特にそう思うようになった〉
その獣の腹の内には、星宿、介冬、朱雀大路の3人!
「あなた…!」
「「た、隊長…!」」
〈OG気分で母校に寄ってみるのも、悪いものじゃあないな…〉
角による斬撃で、飛び刺してきた推定F型を両断!
〈朱雀大路、お前が殿を務めるなんてな。見ない間に、良い男になったじゃあないか〉
「本当に、今日ここに来てよかった」、
卒業生という関係者であり、在校していた時分に教師の覚えが良かった人物。
だからこの、校内大会の観戦も許された。
だから、今も彼女を「仲間」だと認識し、彼女の魔法の対象になってくれている、可愛い後輩達を窮地から救えた!
〈これ以上、私の部下を奪ってくれるな。なあ?名も知らぬダンジョンの住民よ〉
元枢衍教室不動のエースにして、今でも変わらず彼らの「隊長」。
棗五黄、見参!
後悔はもう、取り返せない。
だが、新たな後悔を生まない為に、
今を戦うことはできる!
滑り込みではあったが、
彼女はその権利を手にした!




