54.コラボ配信との向き合い方に答えなど無い part2
太ましき先輩に因縁をつけられ、ルールの下で正々堂々殴り合う事が決定し、具体的な日程を決めて、その後に詠訵ともパーティーや告知配信について、細かい取り決めを話し合って、
それら全部が終わったのが、確か15時半過ぎだった。
詠訵が18時くらいから、パーティーについて詳しく説明する枠を取る、と聞いていたので、それまで俺も配信していようと、今や勝手知ったるこのダンジョンに潜っていた。
短い時間で踏破するなら、やはり浅級でないと厳しい。
特にここは、元々公開情報が多く、浅級の中では人気が高めなダンジョンだ。Z型の戦闘スタイルまで、調べれば誰でも知る事が出来る。
合格確定してからも、色々なダンジョンに潜ったが、門限が出来てからは、勝手知ったる浅級というのは重宝した。今じゃ3時間あれば、全層踏破が可能だ。
18時からダンジョン内で、リスナーさん達と共に詠訵の配信を見て、そっちが終わった段階で、こちらでも告知と説明をしていた、という流れなのだ。
「いつ来ても悪趣味な空間ですね…」
円形の、閉じた広場。
大聖堂、的な場所なのは分かる。が、そこに厳かな清廉さなど無い。
頭に大量の針を刺された死体が、幾つも天井からぶら下げられ、そこかしこに血糊がべったりこびり付いた、とげとげしい拷問器具が転がっている。
中央に、歯車が重ねられて鋭く盛り上がった、ギザギザのピラミッドのような構造物。天辺には玉座のような物が据えてあり、その上に高位法官とか法王とか、とにかく偉い聖職者みたいなのが座っている。ただそいつのローブの下の全身は、ギラギラして触れるだけで傷つきそうな、突起と刃物だらけの鎧だ。手は自由だが、脚は玉座部と一体になっている。顔はやっぱり大きな口のみだが、頭には筒状の金属帽子を被る。
Z型デーモン。
なんかヤバめな宗教で、頭張ってそうなヤツ。
「さて、今日はどうしましょうか?」
ちょっとギリギリだから、時間は掛けたくないんだよな。この前みたいに、殴りのみで殺すとか、金属部を切り落とすとかの縛りはナシの方向で。
「はい『流星返し』禁止です。そろそろNGワードにしてやりましょうか…。『じゃあ蹴りでやれ』?何が『じゃあ』なんですか何が…」
出来ない事はない。それで行くか。
俺は階段状になっている傾斜を駆け降りる、事はせず、魔力破裂によって直線的にZ型へ飛び出す!
地面や天井には、Z型の魔力で動く仕掛けが沢山ある。一々どこを踏んでいいのか、どうやってかわすかを思案するより、もう空中から行った方が早い。
当然、仕掛けの中には遠距離攻撃もある。太い槍?棘?のような物や、回転丸鋸の刃、針金で作った網まで飛んで来るが、これくらいのスピードなら、空中制動で避けられる。
俺がそうやって宙を舞っている隙に、Z型本体の右上半身が吹き飛び、金属の骨と神経のようなものが迫り出してくる。明らかに体以上の体積が、内から湧いて、巨大な右腕を形成していく。触れた者を回転に巻き込み、取り込み、ミンチにしてしまう、そんな機械腕。敵を捉える無数のアームが側面に蠢き、さながら大百足のようなおぞましさ。
台座の歯車部分が回転し、腰が入ったかのような打撃を実現。どういう構造かは知らんが、ぐねぐねと曲がる腕をしならせ、生き物のようにウネる連撃で、俺を撃墜しようというわけだ。どうでもいいが、Z型同士が戦う時はどうやってるんだ、こいつ?台座が二つになるのか、それともその時だけ台座から立つのか。
編入試験の八つ足連撃、あれをやり過ごした人間から言わせてもらえば、一本を避けつつ飛び道具を魔力破裂で逸らし、接近速度を緩めない、なんて事は朝飯前である。数秒の足止めが関の山。
残り約10m、このあたりで頭の筒が内部構造を開く。四方に無数の針を撒く兵器であり、皮膚に刺されば激しい痛みと毒を流し込む。これを全て避けるのは難しい、ので対弾幕用である流動型魔力障壁で弾く。
Z型の左手が、棘だらけの剣を抜く。
こいつが身に着ける鎧や剣、針、つまり金属製の品々は、漏れなく錆めいた魔法生成物がコーティングされている。追加の痛みと、破傷風を引き起こす神経毒、それが、こいつが使う魔法の一つなのだ。
攻撃する者が、それに触れる事を嫌がり、二の足を踏んでしまうと、即座にローカルが適用。「怯えた側から堕ちていく」、つまり敵を恐れれば、それだけ身体能力や魔法の出力等が、引き下げられてしまう、という事。
ローマンの俺にはほぼ関係無い話なのだが、しかし性格の悪いコンボである。破傷風っていうのは、時に背骨が折れるくらいの、酷い筋肉痙攣を起こす病気だ。神経を鈍らせたりしないので、痛みが和らぐ余地が無い。
金属に籠められた魔法による痛みと、毒が運ぶ病の苦しみ。一度受ければトラウマになり、二度目以降を有利にする。たとえ死んでも、次もまた負けてはやらない、とでも言いたげな執念がある。
——俺だって、一発も喰らってはやらないけどな…!
既に伸ばしていたダンジョンケーブルを魔力で操りZ型の胴と左腕に巻き付け、巻き取り機構によって締め上げて剣を振り上げることすらできないようにする。
Z型なら、数秒あればこのケーブルを引き千切れる。
数秒だ。それだけあれば俺は殺せる。
強固な皮と骨を持つその頭でも、3秒あれば防御を破れる。
右腕は大き過ぎる、左腕は上げられない、頭の筒は真下へ向けられる発射口が限られ、身体から新たに金属を伸ばしても間に合わず、周囲からの攻撃は自分に当たる。
即応可能な武器は一つ。
犬歯も臼歯も錆びた鉄となった、獰猛な口蓋。
それで俺を噛み砕こうとガチガチ打ち鳴らす。
俺は動体視力に強化を回しながら、足先辺りで進行方向と垂直に魔力を破裂させる!範囲を絞って吹き出すように爆発したそれは魔力ジェットとでも言うべきか!推進力が遠心力となり、頭を中心とした回転軌道を描くことで横回し踵蹴りの形!安全靴のアッパー部分とソール部分の繋ぎ目の溝に魔力を走らせ高速回転刃を形成!
二重回転踵飛び蹴りを間抜けにも開いた口内に叩き込み「B、eeeeeeeeat!!」Z型が何とか口を閉じる前に頬の膜をぶちぎって振り抜く!
〈ゴォオオオオおおおおあお!!?〉
首の骨に打撃を受け、更に喉から横っ面にかけてをズタズタにされたZ型が、それで死——
あ、だめだ。傷口をホッチキスの針みたいなので繋ごうとしている。
どうしよっかなあ、でも時間無いし………
「みなさんすいません。キックオンリーチャレンジは、別の機会にという事で」
パ ア ン!
体内侵入、からの指向性魔力炸裂による脳破壊。
こいつの頭には何度か入ったから、道順はだいたい分かっている。
だから頭に傷さえあれば、殺すのは本当に簡単なんだが、
ちょっと諦めが性急過ぎたかな?っと思って、見てる皆さんに再度謝ろうとコメントを見ると、
『いや、引くわ…』
『ススム、今のなんなんだ』
『平衡感覚バグってんのか?ススム』
『魔力で周囲が分かります、魔力で空飛べます、までは分かるんだよ、今のはその域超えてるだろ』
『低ランクだと能力不足だし、高ランクだと魔法が強力だしで、ここまで体を張ったアクションは貴重だから助かる』
『そろそろチャンスで外せよススム』
「いやあ、見た目ほど強くないんですよね…。現に浅級相手にやり損ねてますし…」
一般的に飛んだり跳ねたりが最も求められるのが、斥候、かく乱を主とするPポジションだが、彼らはあまりメインの攻撃力にはならない。
それに、敵の攻撃を全部避けられるくらい強いディーパーなら、大抵魔力や魔法を利用して正面突破した方が早い。
一度に使える魔力が少なく、一回の身体強化の持続が短く、即座の回復手段が無く、ソロだから自分で殺さなきゃいけない。
そういう必要に応じて成り立った、「残らず避けた上で敵を殺す」という、俺みたいな戦い方は珍しいのだ。
「これしか無いのでこうしてるんですが、それで皆さんが楽しめてるなら、素直に嬉しいですね。ラッキーです」
『うん…お前はそういう奴だよ、ススム』
『確実に何かがおかしいんだけど何がおかしいのかを言語化できない』
『ディーパーニキネキ頼む、これ何がおかしい?』
『ススム君は魔力感知・操作精度が頭おかしいね』
『ワイディーパー、魔力を魔法に使わず運用する練習をし始める』
さあて、決闘本番まで実戦訓練だ。カンナに命令されたし、詠訵にも応援されてるから、カッコ悪いところは見せられない。
決闘の映像は編集版が一般公開されたりするので、リスナーさん方にだって無様を晒さないように頑張ろう。
それに部活動に参加できれば、パーティーメンバー問題だって、完全解消の目途が立つ。
負けられない。
負けちゃいけない。
相手は仮にもランク7、
気を引き締めて備えなければ。
「皆さん、本日の配信はこの辺にしたいと——?」
意気揚々と帰ろうとした俺は、足下に何か違和感を覚えて、
「げ!」
さっきの魔力回転刃のせいで、靴のソール部が剝がれかかっている。
これは、買い替えるしかない。
結構値の張る良い奴だぞ…。
「くそぅ…くそぅ…、あの邪教徒め…、訴訟も辞さない」
『八つ当たりで草』
『もう極刑執行済みだぞ、ススム』




