576.宣戦布告…?
本当に勿体ない話ではあるんだけど、後輩君二人は今回お留守番である。
他の教室だって勿論警戒対象なんだけど、八志先生のところは明胤学園内で誰もが認める別格なのだ。
こっちが出せるガチガチに最強の状態じゃないと、普通にボロ負けする。
慣れたメンバーで、最高の連携で当たるべき。
二人も納得してくれた。
彼らは大会参加が初めてらしいけれど、それでもこれまでの9年間で、あの教室の手強さはしっかり認知している。
「ススム君、大丈夫?」
「もう全然!世界大会経験者ともなればこんなの、いまさら緊張のうちに入らないよ」
「得意顔で言っているが、そうでなくては逆に困るぞ」
「私が居ながら負けを恐れる方が異常者よ!」
なんかこの感じも「いつも通り」になりつつある。
気は抜かないが、肩の力は適度に抜けている。
「調子悪そうだったら言ってね?ぎゅうっ、ってしてあげるから」
「むしろ調子崩すんでやめてくれ」
「ええー?」
「バリ問題発言なんですけど。なんか隠さなくなってきてるくない?ってかモロバレじゃね?」
「カミスム、ニブチンー……」
煙草の主成分みたいな罵倒が横から飛んで来たけど、この二人からよく分からんいじられ方をするのも毎度の事なので、右から左に通り過ぎて行った。
「ふぅー、さ、あ、て、」
と、ミヨちゃんがそこで全員の顔を見回す。
「みんな、忘れてないよね?」
「クソっ、忘れていて欲しかったぞ…!」
「あれやるの?また?」
往生際が悪い先輩方からブーブー文句が垂らされているが、これももう恒例行事なんだしいい加減に慣れればいいのに。
こういうのは頭をカラにしたモン勝ちですよ?
「恥ずかしいのよ、あの感じ」
「ノリ悪いじゃーん。アゲてこーよ」
「うぇーい……!」
「オレサマの威厳が……!」
「ゆうてますけども」
やいのやいの言いながらも、滞りなく右手が重ね合わされる。
ミヨちゃんが一番上に乗せて、
「“特別獅子奮迅クラス”!略して“トクシ”!ふぁいとー!」
それを下に押し込む!
「「「オー!」」」
「「オー……」」
「おー………」
………ホントにぴったり合わねえなコレ。
会場内は、熱帯雨林だった。
温度も湿度もたっかいのなんの。
ピキョンピッキョンと鳴き声が聞こえるけど、モンスターは居ない筈だから、とするとコアが持ってる記憶に、その音まで含まれてるってことだろうか?
その辺から恐竜でも出て来そうな雰囲気がある。
シダ植物っぽいものが繫茂してるし。
「みんな、どの辺かなー……?」
ちょっとした山道みたいになっている、崖や傾斜に囲まれた箇所に誘導された。
去年も一戦目は木々の中だったけど、それと比べても緑の密度が濃い気がする。
これは合流が面倒くさそう。
俺がいなけりゃ、だけど。
まずトロワ先輩と二人で前線を作る。
プロトちゃんとテニスン先輩と小競り合いを長引かせていれば、嗅覚を頼りにニークト先輩が後方から加わって、層を厚くする。
一方後ろでは、六本木さんがビーコンを出して、ミヨちゃんと狩狼さんを呼び寄せる。
敵が撃って来るだろう遠距離攻撃については、前線は俺が、後衛組はミヨちゃんがブロックすることで対処。
注意するべきは、シエラ先輩の攻撃に混ざって、液体に変身した雲日根先輩が送り込まれて、知らないうちに後ろを取られること。
俺も魔力で気配を探ってはいるが、気付けない場合もある。
常に意識していないといけなくて、その「どこに居るか、どこから出て来るか分からない」という部分が、あっちの狙い通りなのだと思う。
地形が入り組んでいて、水分も多いこともあって、その能力の隠密性には追い風が吹いている。結構やりにくくなるな。
さて、どこまで上手くいくか。
………
………………
いや、心配はない。
ここなら、気兼ねなく戦える。
久しぶりに、何の憂いもない戦場だ。
殺し合いじゃない、のびのびとやれる闘争だ。
端末がカウントを開始する。
5秒前、
3、
2、
1、
ブザー!魔力廻転!気配探知!トロワ先輩には開始早々派手に暴れて欲しいと伝えてある。居た!木々を伐り倒して移動してる!
一足飛びに向かおうとして、より強い反応!
魔力弾を二つ撃ってそれらにぶつける!
ライトイエローの電流路!
先輩に向けて撃たれていたその先端を二本とも断ち飛ばす!
以前と比べたら伸びる速度が段違い!
矢が弾丸に変わったくらいの劇的変化!
「やっぱ成長してるか!」
次々に突き出される電光線を魔力爆破で捌き壊す!
木々の幕に切れ目。
赤髪ツインテールと視線が擦れ合う。
「やるじゃーん!でもあんまり好きにはさせないから!」
「そっちこそ!」
幾つかの角度から魔力ミサイルを撃つも、水色の障壁に阻まれる!
ライトイエローに巻き付かれたテニスン先輩が、凄まじい速度で彼女の許に引き寄せられている!
「イェップ!人使いが荒いお嬢様ダッ!」
「カミザコとスットロ見つけたよ!突っ込むから!」
「うわっ!トロワ先輩!あいつら2対2に電撃勝利するつもりです!」
「甘く見られたものね!」
盾役の俺とテニスン先輩が向かい合い、それぞれの後ろから攻撃役の二人が遠隔で叩き合うフォーメーション!
そこに仕上げが入ろうとしている!
指ピストルを互い違いに組み合わせ、イナズママークを作るプロトちゃん!
「来ます!」
「完全詠唱ね!お相手してあげるわ!」
構える。
電流路の迷宮を作るなら、まずは周囲を爆風で負圧にして、安全地帯を確保しないといけない!
反応魔力を撒きながら待ち構え、
なんとはなしに目が下を向く。 視界の端でプロトちゃんも、
そちらに眼球を傾けていた。
アリーナの丁度中間地点あたりと思われる場所から、白っぽい青色をしたイルカの頭が出て来た。
その口が前後に大きく開かれ、中から凸凹に固まった岩石のような表皮の、肥大で巨大な多眼の化け物が生え膨らんだ。
突如生じた体積に、それが持つ異常な熱に、一帯は吹き飛ばされ、焼き払われた。
モンスターの頭上に、ドレス姿の女が立っていた。
そいつの背後に、岩と岩が繋がって作られた、六芒星魔法陣が重なり合った立体図形が組まれていた。
「辺獄現界」
グツグツとした熔光を発する飛散物が、シャワーのように緑を削り燃した。
「“爬い廃”」
地面から角ばった岩々が突き上がり、あちこちで熱焔が噴出した。
石礫が舞い、マグマが踊った。
炭素生命の楽園が、一瞬にして無機の窯底に書き換えられた。
俺の周りでは、地面の隆起がより高々としている。
囲い込まれている。
上部が閉じられたのを見ると、円錐型の空間なのか。
破って出ようと壁に魔力と足をぶつけ、それを果たすまでに必要な時間が、ひたすらに膨大だと分からせられた。
「逃がしませんの、ちんちくりん」
そいつを前に、この壁に掛けられる手間暇なんて、あろうはずがないのだ。
「受けて頂きますの。こちらの要求を」
“臥龍”。
そいつが衆目の中、
校内大会を襲撃した。




