575.頂点への階段、まず一段目
「両者、握手を!勝敗がどのようであれ、互いの力を、能力・知力・体力・努力・忍耐力を、敬い、讃え合いましょう!」
養護・栄養教諭代表代理となった星宿先生が、立会人の決まり文句を宣べる。
7月19日、土曜日!
時は来たれり!ってなワケで。
「初戦からアータ達なんてネ。準備運動としちゃあヘビィだワ」
「誰が相手でも変わらないな。全戦全勝の結果において、倒す順番は大した問題じゃあない」
両教室の代表、ニークト・辺泥両先輩が握手を交わす。
ニークト先輩は実家がゴタついているらしいけど、お兄さんからは「お前に権力が渡ることだけはないから来なくていい」と言われ、締め出されているらしい。
本当にどうでもいい扱いなのか、面倒ごとから守ってくれたのか、そこのところは先輩にも分からないそう。
取り敢えずそれは置いておいて、今は校内大会の初戦で、最も警戒していた八志教室と当たってしまったことについて考えよう。
向こうの顔触れは去年も見た顔触れだ。
と言うか、あの深級遠征の時のメンバーが、その教室の最強構成だったわけで、当然その中から選ばれる。
変わった所と言えば、プロトちゃんが中等部に入ったことで、例外ではなく通常通りの中等部生枠に収まった、ということくらい。
「とーぜん、アンタは出て来るよねー?カミザコー?」
「さあ?俺は目下には優しくあろうとはしてるけど、こっちの編成を教えてあげるほど親切にはなれないなあ」
最近上達が著しい口笛を一節披露して聞かせ、おちょくってみる。
「は、ぁー!?ベツにいいけどー!?次はゼッタイ負けないから!あれから数々の進化を遂げたアタシを見せてあげるー!」
「ハイハイ。遊んであげるから試合開始まで我慢してね」
お互いローテーションの一部を明かすような言い方をしているが、俺とプロトちゃんの参戦はほぼ共通認識なので、今更しらばっくれるようなことでもない。
ここで逆張りする旨みもないし。
だから後は、それ以外の5人をどう埋めるか。
どのロールで来るか、である。
プロトちゃんは、きっと強くなっている。
なんだかんだ言ってちゃんと負けず嫌いだし、生徒会総長の座を賭けた決闘を何度も挑まれるタイトルホルダーでもある。
間違いなく成長しているだろう。深化もしているかもしれない。
だがそれで言えば、こっちも負けてない。
1年で強さも連携も友情も磨きを掛けている!
勝れども劣る道理なし!
「なーんかカミザがハズいこと考えてる気がする」
「それなー……」
ほらそこ!折角やる気を練ってるんだから、削ぐようなこと言わない!
「じゃ、またあとでねー!」
「うん。次は戦場で」
さて、作戦は粗方決まってるけど、オープンロールを見てから最終調整だ。
世界大会では最高に頼りになった彼らと、今度は敵として向かい合うことになる。
これまでは一勝一敗。
ここで勝ち越しとかないとな。
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明胤学園地下第一模擬戦闘用アリーナ。
特設観戦室。
「はい只今、宣言編成……出ました」
学園長の壱萬丈目が示したモニターに、合計12のフルネームが並ぶ。
パラスケヴィ・エカト P 日魅在進
哀藍・ピカード・テニスン N ジュリー・ド・トロワ
アナ・クラウディア・シエテ・シエラ B 狩狼六実
雲日根睦九埜 R ニークト=悟迅・ルカイオス
辺泥・リム・旭 Q 詠訵三四
隼見咲虎次郎 K 六本木天辺
「これは!そう来るのですか!」
ガネッシュが目を輝かせ、各国代表も騒つきながら連れの人間と囁き合う。
永級閉窟で慌ただしい陽州や、保有チャンピオンの“突然死”の後始末中な英国、央華、クリスティア等々、一学園のイベントに使者を派遣する余裕もない国が多い筈であるが、来賓の数は減っていない、どころか増えている。
前回のように、チャンピオンに近い者ばかり、というわけでもないが、それでも潜行業界で力を持つ国は、例外なく顔を出している。
どうしてこんなに、と、壱萬丈目の腹が誰にも聞かれずゴロゴロと雷鼓を打つ。
彼は知らないことだが、世界中の諜報機関のネットワークでは、既に“カミザススム”を最重要注意対象に認定している。
あの島で、世界で初めて人間としてillを殺傷したという事実が確立されてから、彼の名に向けられる関心や緊張は、否応なしに高まったのだ。
座席表の名簿に、直前になって体を捩じ込んで来た国もある。
学術的興味だけでなく、軍事的脅威としても見逃せないと、状況がリアルタイムで深刻化したのだ。
その戦い方を徹底研究し、いざ戦うことになった場合、殺す方法を今から考えないといけない。
何処もその必要に迫られていた。
つまり、始まってからあれこれ調べて攻略法を検証するのでは、間に合わない、勝てない、そう思われ始めている。
同時に、漏魔症罹患者一人が戦うだけで巻き起こる影響力が、極めて大きいものだと、もう言い逃れが出来なくなっている。
一部の国は、AS計画の事もあり、その少年の失脚、或いは抹殺を急務と考えている。
その為に得られる情報は、どんな物でも捥ぎ取りたいのだ。
丹本は彼らの要請を、拒み切れない。
潜行界での突出した立ち位置と、兵器での自衛が禁じられているという枷の重さ。
そのアンバランスさから、大っぴらに高圧的態度を取れない。
今は「エリート」の貢献と見られているそれが、「出る杭」への反感へと、いつ何時転ずるか分からないのだ。
「カミザススムを重用するな、殺せ」、と声に出して言えない諸外国。
「ウチの大事な試料で戦力だ、データの一つたりとも渡さねえ」、と一蹴できない丹本。
それらの調整と妥結の結果が、この校内大会観戦における、過去最多の賓客数である。
「“トクシ”連中は、正面を厚くして来たなー。前のめりな感じか?」
五十嵐から各国の動向に気を配れと命じられてそこに居る吾妻は、表面上は気楽な態度で学生ギャンバーを楽しんでいる。
「PとNのラインが、嚙み合っているな。相性が回っている」
キリルの大使が眼鏡の位置を調整しながら分析する。
日魅在進はパラスケヴィ・エカトの電流を断てる。
パラスケヴィ・エカトはジュリー・ド・トロワの剣を寄せ付けない。
ジュリー・ド・トロワは哀藍・ピカード・テニスンの防御魔法を斬り割れる。
哀藍・ピカード・テニスンの防護は日魅在進の魔力でも容易に突破できない。
読み合った結果の的中か、奇しくも起こった偶発か。
その4名はちょうど、相補と呼べる関係性を構築している。
「ヤゴコロ教室はBポジションにシエテ・シエラを置いている」
「海水、つまり塩水です。電流をよく通します」
「開始と同時に潮水弾を戦場のあちこちに撃ち、発電能力者に有利なフィールドを作るつもりか」
「辺泥・リム・旭に水を与えて強化する役でもあるのか?」
それぞれが一斉に、それこそ目を皿にして考察を始める。
傍観者の熱意ではない。
今まさに彼ら自身が、命の獲奪の間合いに入っているかのよう。
解説役として口を挟む隙もない。
間違ったタイミングで音を出せば、一斉に殺気と凶器が飛んでくるかと、その恐れを大袈裟だと笑えもしない。
これに比べれば、去年はまだ極楽だった。
壱萬丈目は引き攣った笑顔の端をピクピクと痛めながら、
滝の汗に打たれるのだった。




