573.ただ一つでも、認められたくて
去年の夏、俺を狙った殺し屋と戦ってくれた時、彼女は絞め落とされて殺されかけたという。
頸動脈を塞いで脳への酸素供給を断ち、一瞬で意識を奪うやり方。
ダメージのフィードバックが適用される前に、気絶して魔法を解いてしまったか、それとも殺し屋側が、何か特別な訓練によって、頭に血が行かない状態を耐えられるような人間になっていたのか。
いずれにせよ、対人で自信を持っていた彼女にとって、それは見過ごせない弱点だった。攻略法を確立されて、それを放置できるほど、彼女は愚鈍で楽天的じゃなかった。
彼女がその訓練を積んでいるところを、何度も見た。
「される方」も、そして「する方」も、イヤになるほど回数を重ねていた。
彼女の能力内でも、ヌルっと決着をつけられる戦い方。
それは逆に、彼女にとって武器にもなる。
頼んでもないのに敵がそれを教えてくれたのだから、何としても自分のものにすると意気込んでいた。
その姿を、頑張っているところを見ていたから、分かる。
彼女が何を狙っているのか、完全に予測できる。
首回りからジェット噴射。
それが腕を押し戻し、絞めるのを許さない。
このまま投げる。
そのつもりで腕を後ろに回していたら、頸部右側方の皮膚が破れ、血が噴き出す。
「彼女の一番を、いっぱい持ってるんだから!」
針だ。
彼女が左手を使い、自分の首を針で突き破っている!
「一つくらい!いいじゃん!」
自らの魔力噴射で傷口を抉り続ければ、先にこちらのポイントがゼロになってしまうかもしれない。
弱めざるを得ず、彼女がその機を逃す筈もなく、
「私は彼女の一番に!」
気道と血管が完全に閉塞される。
「彼女の為に、一番になれるっ!」
脳が急激に動力を失い、曇っていく。
「それを、見せるんだ!」
「見せる」。
訅和さんは、
勝つ所を見ていて欲しいんだ。
それは、
その感情は、
なんて呼ぶのだろう?
知りたくなった。
今、俺が探しているものに、近いような気がしたから。
魔力を通して、彼女の熱に中てられる。
喉が嚥下するのを止められない、甘く灼ける棘の束みたいなこれは、
血管に入って、心臓に届いて刺さり込み、溶接されるそれは——
——ダメだ
答えが出る前に、
——もう終わりだ
俺が先行で入力しておいた命令を、魔力が実行した。
その場でジャンプ。
全身あちこちからランダムな順番でジェット噴射。
回転軸を振り回しながらの遠心分離。
訅和さんが耐え切れず剥がされる。
「げは…っ…ひゅ、ぅぅぅううう…っ!」
呼吸が安定振幅内に戻る。
魔力廻転は正常運行に保たれ、体内魔法陣にも大事なし。
「ひゅ、おおおぉぉぉ…っ!」
着地し、転がり離れていく訅和さんに歩み寄る。
「ひゅ、ぅぅぅううう…っ!」
受け身で立ち上がった彼女は、俺が右腕を振り上げながら間合いに入ったところで、手足のあちこちに針を刺した。
「ひゅ、おおおぉぉぉ…っ!」
神経が痛みを検知、防御反応として筋肉を硬直化させようとする。
全身至る所で起こったその反射的な力みを、減衰なしに右腕の筋肉へ集約していく。
自動的に肩が稼働し、振り下ろされる。
心臓が完璧なタイミングで血流を押し出し、通った魔力がそのまま外に噴射。
仕上げに重力と手を組みながら、直下斬り。
“心拍同期勁拳”、手刀バージョン。
俺と訅和さんの表面を覆う電磁シールドがビカリと劈き、彼女のヘッドギアがメコリと凹み壊れる。
首輪が赤点滅。
一撃で1000点以上の判定。
壁が割れ、直後に青と白のリボンが伸びて、俺達を、特に訅和さんを念入りに包み込む。
「ちょ、ちょっとちょっと!」
ワタワタしながら駆け寄るミヨちゃん。
「ど、どうしたのっ!?」
慌てながらも状況に即応して治療を全うしているあたり、流石の経験値である。
「い、いやえっと……、俺が盛り上がり過ぎたって言うか……」
「色々試せて楽しかったのは分かるけど、いくらなんでもやり過ぎだよ?後遺症とか残っちゃったらどうするの?」
「ご、ごめーん……」
「めっ」、という擬音を出していそうな彼女に叱られていると、
「よ、ヨミっちゃん、違うんだよ~」
訅和さんが頭部装備を脱ぎながら止めに入った。
「私がカミっちのことナメて、ハッスルしちゃってねぃ。ヌルいぜ~!本気で来いやあ!ってやっちゃったから、そのう……」
「そ、そうなの?」
「たはは~、面目ねぃ。今回のコレは全面的に私が悪いや……」
ミヨちゃんは労わるように訅和さんの頭を撫でながら、俺達の顔を見比べていたが、
「二人とも正座!」
ぷりぷり怒り出してしまった。
「経緯は分かったけど、二人とも反省すること!どっちも自分の力量はしっかり理解しなさい!」
「「はぁい、ごめんなさい……」」
「調子乗って色々見誤っての事故って、実戦じゃ普通に死んじゃうからね!」
「「はぁい、ごめんなさい……」」
「事前の約束は守ること!何か試したいなら、緊急時以外は先に相談すること!無断アドリブは本当に仕方ない時以外NG!すっごい心配したんだから!」
「「はぁい、ごめんなさい……」」
なんか、同い年とは思えないくらいしっかりした説教を、二人並んで小さくなりながら、暫く受けることになった。
「あ、カミっち、ちょっとだけい~い?」
時間も時間だし撤収しようかという段になって、訅和さんに呼び止められる。
「ヨミっちゃんは先に着替えといてよ。さっきの戦闘で、ちょっと確認したいことがあるだけだから」
「そう?じゃあそうするけど……」
ミヨちゃんは白目と黒目の上半分が隠れるほど目蓋を絞り、
「私がいない間に無茶なことしないでよ……?」
睨みと共にガッツリ釘をぶっ刺してきた。
「し、しない、しないよう!」
「大丈夫だって、ちょっと話すだけだから!うん!」
「ふぅ~ん?じゃあ、ここの戸締りよろしくね~?」
どこか疑わしそうにしながらも、とりあえず信用して先に行ってくれたミヨちゃんを見送り、フゥと二人で胸を撫で下ろす。
「ええー、それで……」
たぶんさっきの、「突発!殺意全開デスマッチ!」についてなんだろうけど………。
「ごみんごみん。いやー参った参った」
訅和さんは特に変わった様子もなく、ふにゃふにゃしながら謝ってくる。
「負けちったよ~。ボロ負けだあ」
「あ、ああー……」
「気ぃ遣わなくて大丈夫だからねぃ。私が勝手に暴走しちゃっただけだから、責任なんて感じないでくれぃ」
「う、うん………」
「なんであんなことを?」とは聞けなかった。
どうしてか、掘り下げるのは悪いような気がしたからだ。
「それだけ言いたかったんだ。本当にごめん」
俺としては何が何だか分かっておらず、謝罪とか責任とかの前に自分が何をされていたのかも理解できていないのだが、訅和さんにとっては何かしら後ろめたいところがあったらしいことは察せたので、黙って頷いて受け止めておいた。
「そいじゃ、またあとでねぃ~」
彼女はそう言って模擬戦闘場から出て行く。
でもその方角は、
「ど、訅和さん?そっち更衣室じゃないよ?」
全く反対方向だ。
「カミっちぃ?ヲトメの“そーゆーこと”には、触れないようにするのがデリカシーってやつだよ~?」
「『そーゆー』って……あっ!ご、ごめん!」
しまった。
今のは流石に無神経だった。
「じゃあ四つ葉のクローバーとか摘んでくるけど、ヨミっちゃんに聞かれた、ら…、良い感じに…言っといてねぃ~」
訅和さんはそちらに歩き出してから、俺と話す間も振り返らなかった。
心なしか、語調が震えているようにも聞こえ、
様子がおかしいかもしれないとも思ったけれど、
どんな顔をしているのか見る事は出来ず、
それが気のせいなのかどうなのか、最後まで確かめられなかった。




