571.お手合わせ……って、あ、アレ……?
決闘——って呼ばれてるけど明文化はされてない慣習——を含んで、明胤学園で行われる模擬戦には立会人が要る。
戦闘後、速やかに治療を行える人員の事だ。
1対1の小規模な戦いでも、戦場を広くするなら各生徒それぞれに一人ずつ、付いている人が必要になる。
この立会人は教師が基本だけど、人数的に全ての模擬戦を監督できるわけでもなく、だから生徒の中にも立会人資格を認められ、代理を務める事が許された人がそこそこいる。
ミヨちゃんはその“資格者”の一人だ。
ランク7と高ランクだし、昇格もそう遠くないという話も出ている。
実戦経験は豊富で、誰かの負傷に即応できる魔法・判断能力も備えている。
俺も実際の戦場で、数々の窮地を救われたわけだし、彼女がその資格を持つのも納得である。
って言うか、認可されない理由がない。
されなかったらそれは国の目か頭が悪い。
深化によって使えるようになった新しい能力について、何故か周囲にも政府にも隠しているが、きっと彼女なりの考えがあるのだろう。
政府の方は、この前の島での作戦時に、普通に把握しただろうし、それについて何も言われてないってことは、特に今のところは問題ないんだと思う。
本来は絶対やっちゃいけないことだけど、それでも見逃されてるのは、彼女が人間的にも戦力的にも信用されている証拠だ。
どこに出しても完璧な優等生。
ヨミトモ且つパテメンとして俺も鼻が高い。
あったまる。
(((どうしてそこであなたが胸を張るんですか。鬱陶しいので減点しますね)))
(おう、好きなだけ持ってけ!)
(((十万点くらい、いっときましょうか?)))
(それはちょっと不安になるからヤメテ)
ってなわけで、今回のように、狭い範囲で1対1の近接戦をやる場合は、近くにミヨちゃんが居るだけでいい、ということになる。
「じゃ、ヨミっちゃんお願いねぃ」
「うん。任せて!」
訅和さんは、治療系Bも壁役としてのRも出来る、ちょっと変わり種の戦い方をする人だ。
インファイト苦手みたいな証言をしといて、実際はバリバリの肉体武闘派。
防御、治癒力はともかく、格闘能力については、対モンスターだと有効でない場面も多くなってしまう。人体の構造を利用した戦い方を得意としているから。
ほわほわしながら対人戦闘向きという、ギャップが怖い女の子であるが、今回はそれに磨きを掛ける為に、俺に手伝って欲しいとのこと。
「メチャンコ強い相手との戦いに、もっと慣れときたくてねぃ。深めのモンスターとか、変身魔法持ちとかを相手にする前にまずは、得意な人型だけどわけがわからない動き方をするカミっちで、馴らしときたくて~」
「段階を踏んで、って感じか」
「そ~そ~」
「よっしゃ!俺も訅和さんの技量には興味があるし、互いに実りのある訓練にしよう!」
「……そだねぃ~」
ただ……
「それで訅和さん」
「ん~?」
模擬戦用のポイント計測センサー付きスーツに着替え、ミヨちゃんの前で向き合ってから、確認しなければならないことを訊いておく。
「俺はどれくらい本気で行けばいい?」
「お~!カミっちも、ゆーよーになったねぃ~」
「まあね」
ガチガチに攻略しに行ってしまうと、完全詠唱をさせずに完封したり、詠唱されても部屋が出来る前に距離を取って閉じ込めを回避したり、万が一壁で囲まれても一点を爆破して即脱出したり、とかが出来てしまう。
これまでの訓練で、チーム戦形式で何度かやり合ったことがあり、その時の経験から明らかな話。
ただそれじゃあ、訓練にならない。
スパーリング相手として選ばれたヤツが、ミットで全力腹パン狙ってきたら、お願いした方はグローブなしで顔面行っても良いと思う。
「私の完全詠唱を壊さない、って条件でいいよ~」
「それならいい感じに『打ち合い』になるか」
「それ以外なら飛んでも跳ねても何でもどうぞ」
訅和さんの魔法の中で、互いに本気で殴っては傷を治すのを繰り返せば、良い修行になる。
自分の攻撃のダメージを自分で受けることにもなるから、その分析や、忍耐力の鍛錬としても有効。
なかなか好戦的な条件だけど、それだけ本気で強くなろうとしているんだろう。
「オッケー!うけたまわりっ!」
左手を前に半身で構える。
訅和さんは完全詠唱用のポーズを先に作る。
本来この距離の1対1は直立状態からスタートなんだけど、どっちにしろ彼女の魔法成立を待ってからの開始になるので、今回はこれでいいだろう。
「ヨミっちゃん!合図お願いするよ!」
「いつでもどうぞ!」
「うん!それでは、」
右手を俺達の間に真っ直ぐ伸ばしてから、
「はじめっ!」
踏切の遮断桿のように跳ね上げる。
「“我が家へようこそ”!」
俺達を囲む、レンガ造りのような模様の白い壁。
空すら閉じた四角い戦場が完成。
まず手始めにジェット噴射無し、体内魔法陣も含めた肉体強化のみで踏み込み左ジャブを放つ。
顔の前に立てた右腕でガードされる。
こっちの腕にダメージのお裾分けが来るのに構わず、その守りの上から何度も高速連打。
訅和さんは付いて来ている。
ギアを上げるか。
左肩を深めに引いてから左フック。
これは見え見えだったらしく、スウェーバック回避される。
左膝を折り、右足を踵から空振りの回転力を乗せて時計回し。
脛から上を刈り取るような足払い。
「も゛っ!?」
だが軸足が折れ曲がって軌道が歪む。
訅和さんが自らの左脚を、踏み込み一つで破壊して、そのフィードバックが俺に来た。
肉体強化は入ったままだったけれど、左脚のそれだけパワーやスピードのみに振られ、強度は本来のそれから上げられていなかったのだ。
運動性能だけ上がれば、足は当然に耐え切れず砕ける。
鈍となった右脚に飛びつかれ、両脚で拘束されながら地面へと叩きつけられ、ぶち折られる。
骨や関節がグチャボロになっている内に、千切れる覚悟で引き抜いて脱する。
「イツツ……!」
流石、ちゃんと良い感じに対応してくるな。
とか言ってたら間髪入れず、駆け寄りからのストンピング追撃。
左脚を上げて膝ガード。
そのまま体重を掛けて押さえ込まれる。
受け身で上体を起こしてからの右拳はキャッチされ、握力だけでミシミシ言わされる。
そろそろ魔力爆破くらいは解禁しても「あまっちょろい!」
右拳が落とされるのを左腕で防いだら、開いたヘッドに頭突きが投下された。
「言っただろ!本気でやれってさあっ!」
自分の頭にも同じだけのダメージが入ると言うのに、その痛みへの恐れなんて見せず、何度も何度も全身をハンマーみたいに使って頭を打ち付けてくる。
クラクラしながら、右脚を横に大きく開いてから訅和さんの胴を蹴り払い、上から退かした後にゴロゴロ転がって距離を取り、立ち上がる。
「ど、訅和さん…?」
「……拳を握れ、日魅在進……。そうじゃないと、意味がない……!」
低く構え、重く言い渡す。
「お前が音を上げるまで、ここから出さないからな」
ど、どうしてそんなテンションなのかは、分かんないけど……、
なんとなく、彼女が何をやりたいのかは、分かる気がした。
我慢比べだ。
これは、単なる訓練じゃない。
彼女が宿しているのは、そんな熱量じゃない。
本気で勝敗を決めようとしている。
俺が強い攻撃を彼女に与えると、それは俺にも返ってくる。
かと言って攻め手を緩めれば、彼女の攻勢が苛烈になり、俺の体は破壊される。
互いに同じだけの損傷を受けるこの場所で、
どっちが先に痛みから逃げるか、
何故か分からないけど、そのプライド勝負を挑まれている!




