569.誰かが見てないと、居なくなってしまう気がして part1
例えば河川は、“自然堤防”と呼ばれるものを形成する。
洪水時に溢れた水の中に含まれていた土砂が、岸部分に堆積することで生まれた隆起地形。
これによって、“水流”は流域を広げにくく、つまり拡散、無秩序化しにくくなる。
最初に通ったエネルギーによる、破壊の痕。それが以降の流れに、より統制された秩序を、鋭さを与える。
例えば水捌けが良過ぎる砂漠では、“半月”農法と呼ばれる緑化手段が取られることがある。
雨季の雨を受け止めるように、三日月型の穴を掘ると、雨水が集められ、溜まるようになる。
そこに種子を植えておけば発芽し、最短1.5年ほどで緑の割合が地の半分以上を占めるようになる。
生命に必要なエネルギーを、穴の形だけで留めておける。
例えば笊や濾紙は、隙間の大きさで物質を分類する。
細胞の半透膜に到っては、穴の大きさという一要素だけで、塩分濃度の高い方に水分を集める、といった高度な仕分けが出来る。
例えば元素の種類や性質、状態とは、陽子、電子、中性子の数で決まる。
全ての物質は、その三つから作られている。
もしここに、それぞれを適切な数と配置で並べたものしか、ぴったり嵌まって通ることのできない、パズルの型のようなものがあれば、特定の物質だけ集めるような事も、可能と言えるかもしれない。
形。
それは情報媒体。
エネルギーをただ流すだけでも、その通り道の形一つで、下流で発生する現象を決定できる。
無秩序を並べ直すもの。
「それが、ダンジョンの内部構造……?」
地形が川の流れを生み、生態系や景観を決めるように、
ダンジョンの形が、ダンジョンの姿を決める。
「ダンジョンの内装は、変化があろうと時間経過で修復されます。これは、メタ次元からエネルギーや物質が持ち込まれ、それがダンジョンの形を通って決められた姿に整えられる、といった事象が絶えず起こっている為に、後から後から本来の状態を上書きすることで起こっていると思われます」
表面的に欠けても、それを作ったダンジョンそのものの形状は変わらない。
魔法がずっと発動していて、生成物も効果も保持され続ける。
だから元に戻せる。
「実際、魔力を通過させる道の形を工夫することで、ある程度その在り方を操れる、という方法論は確立されています」
「魔法陣技術やな。魔学回路の超簡易バージョンってわけや」
その二つの同質性は、俺が実際に体験済みだし、世間に散々明示した後だ。
「増設、とも言えるかもしれません。あれは魔力、言い換えれば回路を通されたメタ次元エネルギーありきです。電流ではダメで、コアや人が起こす魔力でないといけないのは、『既存回路に特定の形を足す』、という意味合いでしか機能しないからです。
あれ単体ではメタ次元から現象界までの穴を開けられず、開いた穴に肖るくらいが限界なのです」
形状という情報、それが好き勝手に流れるエネルギーに秩序を与え、ある種の特定現象を構築する。
その形がより複雑になることで、機能が強化されたり、拡張されたりする。
「“深化”という現象は、その既存の構造を破壊し、変形させるような、過去最大のメタ次元爆発が起こった結果、現象界への出力も変化したものである、のかもしれません。そして、エネルギーを持ち込み、操れるのなら、」
「元素やら物質だって作れる筈、なのです……?」
相対性理論的に、エネルギーは質量にも変換できるって話。
それが本当なら、メタ次元で死ぬほどデカい爆発を起こして、それをキチンと整列させられたら、そこから決まった物質を作ることだって、出来るのかもしれない。
「でもそれには、スッゲー、バカみたいな量のエネルギーが必要なんですよね?」
幾ら次元を幾つも挟んでるとは言え、そう簡単に作れるものなのか?
「単なる爆発だけでは、無理があるかもしれません。
大元のエネルギーが完全に何の方向性も持っていない、強弱もまちまちな完全ランダムである場合、それは難しい。
けれど、発生時から既に、強さや並びが少しでも完成されていれば、どうでしょうか?」
「だから詠唱ってルーティンで、メンタルセットするわけだー?」
「あ、なるほどです……」
意思の電気信号、それを決まった流動として発生させる為に。
「魔法の特性を相手に理解させ、認識させる。それで魔法効力が上がったりするわけだけど、それは『こういう理由でこういう事が起こる』と思わせることで、相手が持つ意識のエネルギーを、自分の魔法の為に利用できるから、かな?」
「そうですね。メタ次元で発生するエネルギーをより大きくする為に、敵にすら協力させるという手法が、自らの魔法の詳細を語って聞かせる行為、と私は見ています」
物語、世界観の共有。
相手にも同じ方を向かせ、その頭の中で同じ並びのエネルギーを生み出させる。
納得させられてしまったら、その時点で利敵となる。
じゃあさっきの、重度漏魔症の話。
あれで近くの人間が、ダンジョンの一部扱いされるのは、自分の物語のエネルギーを発してるけど、それが通る回路がダンジョン用の形にされたせい?
自分で出したエネルギーをそこに通すことで、ダンジョン側の“意思”に則った物へと変えられてしまうから、になるのか?
「やけども、ダンジョンが内装を作り直し続けとるいうことは、魔法を発動しっぱなしな状態になっとるんやろ?詠唱みたいなモンを常時やり続けとく必要があるんやないか?」
「詠唱はスタートダッシュ、“はずみ”でしかありません。実際、魔力効率が良い魔法なら、掌印を保持したまま理論上永続させる事が可能です。人間というハードウェアがいつまでも持たない為に、実際には限界がありますが」
「やとしても、使い手はその間ずっと、魔法に掛かりっきりになっとるわけや。そういう管理する意思が、あり続ける必要があるんやないか?」
最初に大きな爆発があった、だけではダンジョンは続かない。
メタ次元でエネルギーの発生を起こし続け、こちらへの供給を絶やさないようにしなければ。
「それについては幾つか考えられます。例えば、ダンジョンは“枯れる”という性質が確認されていますが、自然にそれが起こる場合は、大抵が浅級ダンジョンにおいて、です」
元となったエネルギーが小さいから、枯れやすい、と思えば普通な話に聞こえるけれど——
「傾向として、管理がぞんざいな、モンスターの間引きすら適当に済まされているダンジョンほど、閉窟しやすいのです」
「えっ…?」
それは、なんかおかしいんじゃないか?
「で、でも管理が出来てないなら、フラッグが起こりますよね?モンスターが溢れ出て来たダンジョンが閉じるなんて、聞いたことないですよ?」
「ええ。フラッグを起こした直後にダンジョンが枯れる例など、存在しない。それこそが——」
——モンスターの役割なのでは?
「????」
「ダンジョンの原点は、何らかの意識の集合……、つまり、人の意識が、認識、承認が、そのダンジョンに向けられていることが、存続には不可欠、ということですか?」
「意識が……?え、えっえっえっ、ってことは、」
ダンジョンを放置してると、中からモンスターが出て来るのは——
「忘れられない為に、ってことですか!?」
「で、余力がねーダンジョンは、その起死回生すら出来ずに、枯れて消えてくってわけか?」
そして、根拠はもう一つ。
「ダンジョンは、『迷宮』であり、必ず正解のルートが、踏破できる道があります。メタ次元からこちらへ魔力を運ぶ為の道なので、塞がってはいけないというのもありますが、それでも一部のモンスター、例を挙げるなら“人世虚”のD型などに搭載された、“親切さ”のようなものが説明できません」
俺が編入試験前に入り浸っていた、猿が闊歩する中級ダンジョン。
あそこのD型は、地中に潜ることのできる移動要塞だった。
倒すには操縦士を殺す必要がある。
そして地中に居る間にそれをやって、外に出られなくなる、というケースは存在しない。
必ず出口を開いて、中から人が出て行って、それから掃除が始まって、モンスターの本体が消滅する。
コアもちゃんと、地上に吐き出される。
「ダンジョンで“詰み”回避が徹底されてるのは、人が来なくなったり、せっかく深い層を知ってくれた人間が帰れなくなったりするのが、望ましくないと思ってるから、ってことだね?」
それは、でもやっぱり、
「それなら、コアだけ掘り出せるようにすればいい…!こっちを殺そうとする意味がありませんよ…っ!」
おかしい。
折角招き寄せた客だ。
リピーターになって欲しい筈なのに、攻撃して逆に追い出したり、殺して二度と来れなくするようなこと、矛盾している。




