568.最新魔学論考 part2
「しかし、魔素には濃薄という概念があります」
「そそそ、そうなのです!ダンジョンから漏れるその振る舞いは、物質的なのです!」
付き人コンビの疑問など、白取は当然想定している。
いいやむしろ、そこに説明がつけられるからこそ、彼はその説により可能性を見たのだ。
「魔素が濃いとは、それだけ穴が大きい、という事でしかないのだと、私はそう考えます」
「穴が……、って言うと、えー……、『ダンジョンが魔素』って言ってましたよね……?」
進が言う通り、白取はあれ全体が、極大の通り道だと考えている。
「ダンジョンがそうだとして、じゃあダンジョン外で感じる微量の魔素は………、あ、そっか」
先に何故、「前提」の話がされたのか。
彼はそれを理解する。
「ダンジョンと魔学回路が同じ……。つまり、『大気中にある魔素』って言うのは、俺達の体内の魔学回路の話だった、ってことですか……?」
「ええ。私はそう見ています」
魔学回路は、魔素を加工して魔力にしているのではない。
魔力は、魔学回路という名の魔素を通ってやって来るのだ。
「ダンジョンの中では魔力の補充が速くなり、魔法が強力になる。それは……、ダンジョンという広い通り道の中であるが故に、向こう側の現象を容易に持ち込めるから、ということでしょうか」
「ってもよー、魔素ってのは見えねーだろ?魔学回路だってそーだ。ダンジョンはバリバリ見えてんぜ?」
「我々が見ているダンジョンは、魔素を通ってこちら側に引き込まれ、配置された物質やエネルギーです。魔素そのものを見ているわけではありません。プラズマを見ることは出来ずとも、それが基底状態に戻ろうとする時に発する光なら、我々は見ることができる。ええ、それと同じ話でしょう」
だから、魔学回路そのものであるモンスターコアを使い、そこから出るエネルギーを大規模設備で増幅、制御すれば、模擬戦で使う疑似ダンジョンを生成できる。
「謂わばダンジョン内は、常に魔法が発動されてる状態、ってことだよね?」
「そしてその核は、人の意思のような、指向性、秩序を持ったエネルギー、その大規模バージョン、のようなものの筈です」
集合的無意識のような、人間の意思を束ねたものか?
それとも、自然現象が偶々整列したものか?
その辺りについては、今は何とも言えない。
「私が考える、ダンジョン発生から魔学回路獲得までのメカニズムはこうです。
まず、何か大きく、そして秩序立ったエネルギーが、現象界で生じる。
それはメタ次元において、甚だしく強力な、範囲は広がらずに出力だけ一点に集中して重なるような、そういった高密度な作用力となる。
そのエネルギーは、狭い範囲に強く働く為に、次元の壁すら突破し、下位次元も幾つか突き破り、現象界まで貫通させる。これが魔素であり、ダンジョンです。
現象界には爆発的なエネルギー生成が起こり、エントロピーのルール通りに、それは拡散していく。
けれどそれらの一部は、周囲の秩序立ったエネルギー、つまり人間の意思に反応、作用し、恐らく人間の脳科学的、生理的機能によって、精神感応のようなものを引き起こし、再び一点集中型エネルギーに並べ直され、メタ次元から現象界までを二次貫通。
この時、恐らく付近の次元の壁は、大穴の影響で脆くなっており、より小さなエネルギーでも貫けるようになっていると推定されます。下が空洞になっている床の一点が破壊されれば、力の釣り合いが乱れ、その周囲がボロボロと崩れていくのと同じように。
それは“人間”という秩序に伴って穿たれた穴であり、故に人間と共に存在するようになる。これが魔学回路です。
大穴、ダンジョンは閉窟時までずっと残るので、周囲の壁も脆いまま。それがある限り、秩序立ったエネルギーが近くで発生すると、小規模な穴がそこに開くようになります」
ダンジョン生成が広範囲に漏魔症や潜行者を生み、平時のダンジョンでも魔学回路獲得の場として利用可能。
魔法、魔学回路は、人間の中にある「物語」にしか宿らない。
その一連が、解説されてしまった。
「この理論で言えば、重度漏魔症における異形化も、腑に落としやすいでしょう」
「最初に開いた穴、ダンジョンの一部って扱いなんだね」
「秩序を失うて拡散しきる前のエネルギーを浴びてしもうて、その体ん中をダンジョンが貫通しとるわけやな」
「それで、その根源になってる秩序に上書きされて、人間の意思っていう小さな秩序はかき消されて………」
ダンジョンが持ち込む魔法現象の端っことして、作り替えられてしまう。
「それが当たってるならよー、俺達はちゃんと思い込めさえすれば、どんな事でも出来んじゃねーか?」
吾妻がむしゃぶりつくように指摘する。
「道は開いてんだ。向こーにはこっち側にあるモンが、あれもこれもデッカくなって転がってるわけだろー?そっから好きなよーに引き出しちまえばいーのさ」
「残念ながら、と言うべきでしょうか。私達は既にそれを、ある程度実現しています」
メタ次元から、好きなエネルギーや物質を持ってくる技術。
「乃ち、自らの持つ物語という、極めて個人的、内面的事象を由来として、特定の秩序に従わされたエネルギーを持ち込むこと。これが既に、『自由意思の下に向こう側から引き出している』、という状態であると言えるのです」
そしてそれは、“物語”という高度な整序を持って、漸く可能となったこと。
単なる思いつき程度の強さでは、具体的な形にならず、ただの流れや爆発に——
「それが、魔力なんですか?」
真っ先に進が気付く。
「物語を伴わない、その場の意思だけのエネルギー、それが……」
「恐らくは」
「で、ですが、私達は毎回、物語を思い浮かべるわけではないのです…!」
魔法発動の度に、意思を整理しているとは言い難い。
「……詠唱、やろうか……?」
「はい。それもあります。ですが、」
もっと前、
先に押さえておくべきキーワード。
「“形”。それこそが、ただの魔力を、魔法にするのです」




