567.パラダイムシフト、かも………?
7月12日、土曜日。
本当なら配信なり、トクシのみんなと校内大会前の調整なりしたかったのだが、五十嵐さんから呼ばれてしまい、甲都に顔を出すことになった。
ただでさえド偉い人なのに、今では直属の上司でもあるので、余計に逆らえないのだ。
交通費は出してくれるとなると、何の話で呼びつけられたか分からないとは言え、断れる理由は特に無かった。
遠征の記憶を掘り起こしつつ、新幹線で2時間ちょっと。
指定された改札に向かうと、外に『日魅在進様』と書かれたボードを持った天万さんが立っていた。
「いや何してるんですか!?」
「よー、カミザ君。この前ぶりやな」
「なんでツアーガイドみたいになってるんです!?すっごい目立つでしょ!?ハズいんですけど!?」
「まーまー、堅いこと言わんときぃ」
とか何とか言われ、ヤクザが使ってるみたいな黒い高級車に押し込まれ、そのまま目的地の雨坐大神宮まで直行。
巫女さんの案内で、前回と同じ広い部屋まで通された。
中には何故か寝転がっている吾妻さんと、睦月十巴さん、如月伍小さん、それからその二人の間で跪かされている——
「白取先生………」
「どうも、ゲホッ、ゲホッ、お元気そうで何より。ええ、安心しましたとも」
通常の魔力貯蔵制限拘束に加えて、赤っぽい土のようなもので手足を厳重に固められている。如月さんの魔法によるものだろう。
「先生、えっと、この前は、すいません」
「………あなたから謝罪を受けるとは」
あの時はちょっと、良くない血の上り方をしていた。
………あー!もー!うるさい!うざい!分かったから!はいはいあなたが居なくて動揺してたんですー!その顔やめろ!
「どういう経緯であれ、ひどい事をしました」
「許されない行為に手を染めたのは、私の方が先で、より重大です。ええ、あの程度であなたが責められる謂れなど、ありませんよ」
「それでも、先生には、色々とお世話になったのも、確かですし………」
なんだかんだ、校内の数少ない味方の一人だった。
打算や裏切りがあったとしても、事実として助けられてきた。
それは変わらない。
「はーんっ!お人好しだねー!」
吾妻さんからの野次もまあ、内容自体は甘んじて受け入れてもいいんだけど、
「そう言うアンタは何してんですか…!」
それはそれとしてなんで床でジタバタしてんの?
「ヤニが足んねーんだよ!ここで吸っちゃダメとか言われてよー!」
「そりゃそうでしょ!ここ畳ですよ!?」
「リュージも来ねーしさー!」
「あっ、乗研先輩は不参加ですか?」
「潜実大が忙しーってよー!付き合いワリーよなー?」
「ああセンジツダイ……『潜実大』!?」
潜行者実力養成大学。
将来の防衛隊を育てる大学である。
乗研先輩防衛隊志望だったの!?
「んだよ、聞ーてなかったのか?」
「初耳ですよ!寝耳に氷水!」
あーでも、入試の時期とかが普通よりズレるから、そこから察しは付くのか。
先輩方が何か分かった感じだったのもそれでかー。
「うん、これで全員だね」
と、そこで御簾の向こうからの声で、やんわりと話が切り上げられる。
五十嵐さんの言葉に、座布団を敷いていた案内役の巫女さん達が部屋から出て行く。
「ここに居るのは特作班の構成員の一部だ。まあいきなり全員呼ぶと色々問題が生じるから、取り敢えずすぐに集合させられそうな面々に来て貰ったよ。天万君は政十家への伝達役も兼ねてるから、それもよろしくね?」
「御役目、謹んで拝命致します」
天万さんが三つ指を付いている間に、俺はおずおずと腰を下ろして正座。
吾妻さんも起き上がり、胡坐の形に足を組む。
立っているのは、睦月さんと如月さん。
白取先生が何をしても、すぐに動けるように、だろう。
「今日呼んだのは他でもない。実は、ちょっと興味深い仮説が浮上してね。ただ内容が内容だから、漏れないよう細心の注意を払って、みんなに聞かせておこう、って思ったんだ」
「仮説ー?」
「隠し要素を、見つけたのかもしれないんだ」
その言葉で、どうしてその人がここに居るのか、ようやく理解する。
「白取先生、何か分かったんですか?」
「判明した、と言うと語弊がありますね。ええ、飽くまで『思い付いた』、という程度…ゴホッ、ゲホホッ。本来ならば、検証を重ねてから発表すべきですが、私はもう学者ではありませんし、言い捨てるくらいなら許されるでしょう」
「んだよカッタリーな」
ダンジョンとか、illについて?
それとも魔力や魔法について?
先生は、何を思いついたのだろう?
「彼には前回の戦闘で、吾妻君の能力が“向こう側”と呼ばれていた事を伝えたんだ」
「向こう側、ですか?」
「俺は別の次元?世界?亜空間?的なトコへの入り口を作れんだよ。んで、それを通り道にワープみてーなこともできる」
ふ、ふへー!?
前々から防御無視の必殺能力みたいに聞いてたけど、もしかして転送能力の応用みたいな感じで、相手を切り取ったりできたりとかする?
「それ、俺に言っていいやつですか……?」
「どーせ一緒に仕事してたらいつかは知るだろ」
え、えぇぇ……。
「ついでに、白取先生に言っていいやつですか……?」
「どーせ一生お天道様の下に出れねーんだから、ご大層な頭は使えるだけ使い倒そーぜー」
ひ、ひぇぇ……。
「それで繋がる別次元を、彼らは既に知っていた……、と言うか、そこを活用しまくっていた、と言ってもいいのかな?」
「そこ通ったり、隠れたり、力を押し付けたり、やりたい放題だったな」
って事は、吾妻さんの能力が作った場所じゃなくて、既に存在してるどこかを、色んな能力が使ってるってこと?
「吾妻さんと奴らとが被るのはともかく、敵の中でも被ってたんですか?」
「は、はい、少なくとも2体が、その使い方に精通してたのです…」
「俺が斬れないヤツがいきなり2体出て来た、っつーわけだ。自信無くすぜー?」
大して深刻そうでもない様子で、両手を頭の後ろで組む吾妻さん。
「奴ら10体……あの時点では9体ですけど、そのうち2体が同じ物を利用してる……。それだけ強力で生き残りやすい、ってことですかね?」
「ですがそれでは、人間の使い手が少ない事の説明がつきません」
「あ、確かに……」
イリーガルとかレベルで強い奴じゃないと、使えない、とか?
やってること物理学から外れ過ぎてる感じするし、人間の常識が邪魔になってるとか、かも?
「ただ、それを彼に話したら、別の見解を示してね?」
「白取先生が?」
「ええ、私の意見は、もっとシンプルに説明できます」
どうやってだろう?
戦いがどうのとか以前に、普通に好奇心が湧いてきた。
「し、シンプルって?」
「我々は誰もが、“向こう側”を使えるのです」
「えっ!?」
使える!?
「吾妻さんみたいな事が出来るって事ですか!?」
「いいえ。そこは個人個人の資質によります。ですが、少なくとも人間ならそれを可能とする事は、既にほぼ立証されているのではないか?私はそう考えます」
「そんなん、どうやって証明するんや?」
「実績によって」
「『実績』、なのです……?」
「より正確に言い直しましょう。我々は、“向こう側”を使っている」
「使っている」。
その意味は、「既に」、ということ。
「い、いつ…!?どうやって……!?」
「その話をする前に、まずは前提を揃えたいと思います。私がこの着想に到った経緯を」
白取先生は、魔学の根本についての研究をしていた。
魔素や魔力の正体を突き止め、それが人間に利用される、そのメカニズムを解明する。
その為に明胤学園で働き、深化を始めとする優れた魔法行使を調査していた。
特に、魔学で理論上のみの存在とされた“可惜夜”、それそのものかもしれないと目される謎のモンスターと接触し、漏魔症罹患者として、記録上は世界で初めて魔力操作を可能にした俺が編入するとなって、それを是非とも調べたいと思ったらしい。
三都葉が目を付けた事もあって、その希望は全面的に後押しされて、更に新開部へノコノコやって来てくれたもんだから、さあ大変。
殊文君を通して、毎日毎日色んなデータが入って大喜び、だったらしい。
新開部で初めてやった、特定上級治癒魔法を使った実験から生まれた、「漏魔症とはディーパーの行き過ぎた形態ではないか?」、という推論も知っているし、世界大会直前の、「コアは魔学回路ではないか?」、という話も殊文君から相談されている。
更に特作の頭脳労働デバイスとなったことで、illの本体が永級ダンジョンであり、奴らがダンジョンを召喚できる事も知った。
そしてなんと、あの島での戦いでニークト先輩が、「魔学回路=ダンジョン」理論に基づいて、辺獄現界を成功させたと言うのだ。
これについては俺も、如月さんから聞いて肝を抜かした。
見てないところで何とんでもないことやってるんですか!?先輩!!
となると、体内魔学回路がダンジョンだという論は、ある程度の信憑性を得たことになり、潜行者はみんな、それぞれのダンジョンを持っている事になる。
「ある意味で納得いく話ではあるわな」
「そ、そうですか……?」
「せや。ダンジョンと、魔法。二つの不思議が、これで一つに纏まったわけや」
確かに、妙に取っ散らかってた要素が、一直線上に並んだ、とも言えるのか。
「そう。それらを結び付けると、一つ辻褄が合います。体内魔学回路は、ダンジョンの生成光を浴びると作られる。ですが——」
「あっ、そっか!今の話だと、どっちもダンジョンを作ってるだけなんですね!」
「その通り。ええ、御明察です」
光か、それと一緒に出てる何か、それがダンジョンを作るとして、おんなじ作用を、人間相手にも起こしているってだけ。
それで、スッキリ説明出来てしまう。
「っはー!なるへそー?」
「面白い仮説ですが……」
睦月さんは、それでも納得が行かないようだ。
「その場合の“異形化”とは、重度漏魔症とは、一体何なのでしょうか?」
「……あっ、たしかに………」
ダンジョンから近くにあるから、体内に作られるダンジョンも元のヤツと同じになって、それでモンスターに改造される、とか?
うーん、でもそれじゃあ、そのダンジョン近くでディーパーになった人、みんながダンジョンの世界観に似た能力じゃないといけなくなるような……?
「少なくとも、漏魔症となった人間の魔力は、ダンジョンのそれに近くなければ、不自然なのではないでしょうか?」
「私もそれは考えました」
けれども、
「そこにもう一つ、『もしも』を噛ませたら、するりと通るようになりました」
それに合わせた説明を、彼は作れてしまった。
「そして、そこに飛び込んで来たのが、“向こう側”という概念です」
「なんや、自分の説を裏付けるようなモンやったんか?」
「“ドンピシャリ”、と言うべきものでした。ええ、まさに、地動説の如き無謀な転回です」
そこまでが、前提。
この話の前段。
「せ、先生」
ついつい声が震えて、上擦る。
ちょっと興奮し始めている俺が居る。
「先生は、どんな、何を、想像したんですか…?」
「………“魔学宇宙論白取モデル”」
「と、言うべきでしょうか」、
彼は、仮定とは言え、望むものに踏み入った。
「“場の宇宙論”や“量子力学”といった、“見えぬ領域”を説明しようという試みに過ぎません。ですが、これなら一貫した説明を導ける、かもしれない」
魔学の根源に。
「結論から言いましょう」
それは、
認識の、
世界観の、
根底の破壊だった。
「“魔素”とは、“穴”である」
そして——
「“特異窟”とは、巨大な“魔素”である」




