表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
忘れてはいけないし、忘れたくない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

792/982

閑話.悪とは誰だ

 花束を持って訪れたら、そこには先客が居た。

 

 


 7月6日の日曜日。

 あれから5日。


 あの島から帰った俺は、乗研先輩やクミさん、トオハさん、吾妻さんといった、迷惑を掛けた人達に謝り倒し、各種健康診断を受けて、それからカンナの処遇について、関係各所への土下座どげざ行脚あんぎゃと、もろもろ忙しくしていた。


 五十嵐さんが協力的だったこと、また「退屈したカンナが何をするか分からない」という脅しが予想以上に効いたのもあり、あまり今の状態をいじらない方向で落ち着いた。


 道眞さんの戦死について、天万さんを始めとする政十の人から責められる覚悟で居たのだが、それもなかった。


 非公式なものとは言え、「人類の記録上で最初にill(イリーガル)を殺したのは、丹本国のディーパーを中心としたパーティー」、その事実が出来たことは、思ったより大きかったらしく、むしろ感謝された。


 俺としては居心地が悪いものだったが、ここで「ちゃんと罰してくれ」なんて甘えた事を抜かせるほど、上等な身分じゃないってことは分かっているつもりだ。


 あの人達が俺を神輿みこしとして使いたいなら、カンナを安定させる器として居て欲しいなら、利用されようと思う。

 骨の髄までしゃぶり尽くされようと、少なくとも非難出来る立場にはなかった。


 道眞さんへの、せめてもの()()()である。


 ガネッシュさんとトオハさんが助かったのも、しぶとい道眞さんにバッタの攻撃が集中していたから、という面もあったと言う。

 あの人は本当に、最後まで立派な隊長キングだった。




 そして週明けから、学園に復帰する事が決まった。

 だからその前に、心の整理の為として、お墓参りに行くことにした。




 枢衍教室の3人、亢宿君、万先輩、それからえぶり君という名前の高等部1年。

 あの襲撃で亡くなった明胤生。

 

 あれが“可惜夜ナイトライダー”を狙ったものだったというのは、機密事項。

 だから遺族の人に直接「俺のせいです」とは謝りに行けず、居住場所を教員の泊まり込み用の建物に移して、次の被害拡大を予防するくらいが限界だった。

 

 だからせめてお墓に手を合わせるだけでも、そう思ったのだ。

 そこに語り掛けたところで誰にも届かない、その認識は今も心に根付いたままなのに、墓石に向かって喋りたくなるのは、結局俺の意思が弱いからなんだと思う。


 きっと、ゆるされたいからそんなことをする。

 だから俺は、「お前は赦されない」と自分に言う為に、そこに向かう。

 

 「赦されないからって、やめる気はないんだろ?」、と。


 


 そして亢宿君の次に、万先輩が埋葬されている場所に着いたら、そこで先に手を合わせている人が居た。

 

「うん?ああ、お前か」

 

 振り返ったその人は、棗先輩だ。

 校内大会で俺が寝てる間に、トクシのみんなとやり合っていたらしい人。

 U18に出場するメンバーを決める学園内大会で戦って、その時に少しだけ言葉を交わしたこともある。


 今年から大学生で、もう明胤学園の生徒じゃないけれど、きっとそれでも切れない縁があったのだろう。


「お前が来るとは、意外だったな」

「その……、寮長ですし、知らない人でもなかった、ですけれど、お葬式には、出られなくて……」

「なるほどな」

 

 それが、「ああそういうことなのか」、という意味なのか、それとも裏に何か事情があることまで見透かした言葉なのか、俺には見分けがつかなかった。


「律儀だな」

「そう、いうわけじゃないですよ」


 義理ではなく、自分の目的の為だけに足を運んでいる俺は、きまりも歯切れも悪くなるばかり。

 それを知ってか知らずか、先輩は続ける。


「お前はあいつに、そこまで良い印象はいだいていなかっただろうに」

「えぇ、っと」

「当然の話だ。あいつはお前に敵意しか見せていないのに、それで好かれるわけもない」

 

 そこでにこやかな顔をされても、愛想笑いすら返せない。


「あいつにお前を好むつもりはなかったからな。その逆が好転するなど有り得ぬし、わえも望まない」


 「ただな」、そこまでずっと、学園で見た時のような、余裕たっぷりな表情のままだった彼女が、


「嫌っても憎んでもいいが、軽蔑はしないでやって欲しいんだ」

 

 どこか崩れたように見えた。


「あいつは馬鹿正直でクソ真面目な奴だ。何より、枢衍先生とわえがそう教育した。明胤学園の名を負う者としてのプライドを、責任まで含めたエリート意識をな」


 力を持ち、社会の秩序の為にそれを使う者は、そういった“誇り”を持っていなければ、容易に矛先を暴れさせる。

 だから、「その名をけがすな」と、徹底して叩き込む。


「だがその抑制が、逆に行き過ぎる事もある。先生も、万の奴も、あれで単なる生理的嫌悪ではなく、本気で学園の行く末を案じていたのだ」


 俺の入学は、それだけの脅威だった。

 嫌いだとか以前に、危険と見られた。


「少子高齢化が進み、学園の資金調達が難しくなるであろうこれからを察した学園が、『平等公平な新時代』という成功物語を大衆に見せて、それで金を集める方向に舵を切ったのではないか。この国最高のディーパー育成機関、その看板を資金繰しきんぐりの為に、売り払おうと言うのではないか。


 ルカイオス家の特例入学から立て続けに起こった事でもあり、その猜疑さいぎはよりつのったのだろう」


 「お前には不愉快な見縊みくびられ方だろうが」、

 彼女はそう言うが、


「その話は、分かります」


 俺は逆に、納得していた。

 

 明胤学園生の価値判断が、戦闘力に偏り気味とは言え、ほとんどが普通に真面目な学生だ。クセのある人もいるけど、なんだかんだ本気で認識が噛み合わない変人と言うと、実はそれほど多くは挙げられない。


 そもそもが、個人で持つには強過ぎる武器を持った人達を、社会を乱さないだけのモラルの中に収める為の機関。しかも明胤出身者は、将来的に公務員やダンジョン関連事業の要職に進む人も多い。


 ちまたで言われてる、“ヤバい奴だらけの学園”と呼ぶにはみんなが真っ当過ぎるし、それでないといけないのだ。

 戦意が高いとは言っても、そこまでの非常識である筈もなかった。


 だけど、俺が入学した当初の陰湿な感じや、先輩との決闘時とかに起こったブーイングの口汚くちぎたなさや、炎上騒動の時の怒りといった、暴力的不良集団みたいな過度な激しさを感じることもあって、それがミスマッチだった。


 今の話を聞いて、その二つの姿がようやく繋がった。

 結局、真面目だったんだ。


 大人の政治とか欲得で、自分が守るべき“明胤”が壊されようとしてるんじゃないかって、彼らなりに考えて、彼らが出来る解決方法をっていたのだろう。


 明胤からエリート意識が無くなったら、世の中への貢献や秩序への配慮みたいな視点が欠けて、社会とか国とかを安定させようとする力学が弱まって、自分や周囲に災いが降り掛かるのではないか。


 実態とか手段の是非はともかくとして、その懸念自体は常に考えて、問い続けるべきことではあるのだ。


「『ルールには抵触ていしょくしない』と抗弁できるくらいの嫌がらせ、そう言うと何ともみみっちい話だが、けれど生徒の分際で出来ることがそれくらいだったのだ。無論、それが誉められたことでないのは変わらぬ。お前に深い傷を残すかもしれない、みにくいやり口だろう」


 「だが」、

 そこまで言って、棗先輩は首を振った。


「いや、いい。忘れてくれ。手前勝手な言いつくろいだ」


 彼女の表情が、元の調子に戻る。


「人間的弱さは言い訳にならない。我々が間違っていたと、お前がその強さで証明した以上、こちらには何も言う資格はない。我々は揃いも揃って弱く、情けなく、だから悪かった。それが全てだ」


 どう言えば、いいんだろうか。

 どう答えれば、正解なんだろうか。


「日魅在進。万に花を供えに来てくれて、ありがとう。その寛大な心に感謝する」


 いや、この場に正解なんて、ないんだ。

 だって実態として、俺が弱いから彼らが死んだのだから。


 頭を下げられてから、「不快でなければ」と握手を求められる。

 辛うじてそれに応じると、彼女は微笑みを少しだけ和らげ、その場を後にしようとする。


「あの!」

 

 何を言うか考えたのは、背中に呼び掛けた後からだった。


バン西白シーパイ先輩は、嫌いな俺の命も守った、立派な寮長でした!」


 「ありがとうございました」、そう言って俺も最敬礼をすると、


 「それを言うのは、わえにじゃないな」、振り向かずにそう言われた。


 


 その通りだ。

 

 彼女が見えなくなるまで、唇一枚動かせなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ