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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十章:だとしても、そうだとしても

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565.あ、会いたかったとか、そういうのじゃねーし!

ぺっ、

ぺっぺっ、

ぺぺぺぺぺぺっ、

ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ


口に入った。

入っている。


何度も何匹も

顔の穴の全てに詰まる。


土の味がする。

草の臭いがする。

命の震えが舌から伝わり、

咬まれた痛みが空腹を訴える。


虫に食われたくなかった。

ここは明日の為に、

生きる為に耕した土地だから。


みるみる禿げあがっていく畑は、

数日先の自分を暗示するようで。


爪の隙間にも入ってきた。

服の中まで全身びっしり。

伸び過ぎた体毛のような鬱陶うっとうしさ。


これは群れで、

だけど藪のようで、

壁と大した違いはなくて、

空気がこごったものかもしれなくて。


く。

泳げない者が、水の中で懸命に、けれど鈍重に走るように。

搔き分け、

搔き進む。


頭に響く耳鳴りは、羽音か。

手足をさいなむのは疲労か、傷か。

喉を通るのは唾か、土か、それとも虫か。


無我夢中、

皮膚が破れ、血肉が外と繋がって、自分のからだが群れと一つになって。


命に、溺れる。

息吹に、絞め殺される。


搔き分け、

搔き分けて、

かきわけて、




不意に、目の前が開いた。




丘の上だ。

輝き揺らぐ麦穂の海を一望する、小高い丘。


畑の外では、鮮やかな緑色が目を焼いて、

ああ、夏だなと、そんな事を思う。

でもここの草いきれは、不思議と嫌いじゃなかった。


すぐ横に、女が居た。


今にも大気に溶け出しそうな、希薄に透き通った白髪。

くっきりとした彩りの中で、曖昧さが逆に際立つ灰の肌。

つばの広い帽子と、首回りや肩が出たワンピースは、

どちらも洗い立てのように真っ白。


脚を閉じて右に流して座っている、

その姿はまるで、陸で休む人魚だ。


心を奪う可憐かれんさと、情を惑わすあやしさ。

それが同居し、潰し合わずに調和している。


女が振り向き、橙色が柔らかくたわむ。


「あれ、どうしました?間の抜けた顔で」


 「打ち上げられた魚みたいに、パクパクさせて」、

 そう揶揄からかうカンナに、俺は左胸を押さえながら、


「景色見てただけだろ。綺麗だなーって」


 目を逸らして誤魔化し、彼女の左隣まで行って腰を下ろす。


「そうですか?視線を感じたような気がしましたが」

「まあ、あれだ。14歳の年末からずっと、毎日お前が目に入ってたからさ。数日スパンが開くだけで、『あー、そういえばこんな顔だったなあ』、みたいになった、と言うか」


「あれひどい。私のこと、忘れかけていたんですか?」

「うーん、こう、ルーティーンがズレた感覚、みたいなのが近いか?いつもパンだった朝食を、3、4日だけ米にして、またパン食ったら、新鮮に感じるだろ?アレだアレ」

「へーぇ、ほーぉ、ふーぅん……?」


 にまりにまりと、音が聞こえるくらい露骨に、面白がっているかおで、横から覗き込んでくる。

 相手の頬の涼しさが伝わってきて、髪がサラサラとくすぐったい。


「私は、朝食のトースト程度の存在でしたか?」

「そーゆーと語弊ごへいがあるけど、まー、いないことでちょっとは調子を乱されてたかな?ってくらい。うん」


「なるほど、なるほど……」

「カンナからもほら、自分のリズムを持って、相手に押しつけろ、って教わってたじゃん?だからまあ、むちゃくちゃ焦ってパニクって、みたいにならなかったよ。日頃の修行の成果だな」


「そうでしたか、頑張ったんですね……?」

「がんば……、あー、まっ、カンナには恩を返すって約束したし、ベストは尽くしたな?うん。いつも通り、そう、いつも通りやった。いつも通りに結構タフな戦いだったけど、言うて、特別などうのこうのは無かった」


「それはそれは、ススムくんほどの方ともなると、危機の内に入りませんか」

「危なげは、あったかもしれないけど、でも勝ったよ。間違いなく勝った。殴って、それが効かなかったら、もっと強い殴り方考えて、万事解決、一丁上がり、ざっとこんなもん」


「私が見ていなくても、ちゃんと出来たんですね?」

「か……ンナに見られてるとか関係なく、落ち着いてた。勝算、勝算があったからな。どうせお前のことだし、右眼だけになっても生きて、残ってる可能性が高いだろうって思ってたし。央華も保管方法を考えないほど、馬鹿じゃないしな。そんな大慌てにはならなかった、全然、平常心でやってた」


「ほほぅ……、頼もしさを感じるお話ですね…?ところで、」


 彼女の左手が、俺の右手の上に乗せられ、指を絡めながらこちら側に重心を乗せ、胸の張り詰めがふっくらと二の腕を押す。


「私がえぐり取られても、生命活動を停止しない。それは仰る通りですが——」


——どうしてそのあいだ、何も見えていない、と?


 右耳の奥の奥まで、麗風れいふうられる。

 弾かれるように顔を向けると、

 濃厚スープのようにどろりと溜まる夕暮れ。

 つばの下、夜の訪れ。


 指の腹が葉先はさきのように俺の手をいじくり、

 沈みかけの黒い三日月が、ニィィィィ、と両端の鋭さを深める。


「……見えて、って……」

「どうして思ってしまったんです?あの時の私が、外の事を、なぁんにも把握できていない、なんて」

「あ……」


「それにススムくん?私は今、あなたと繋がり直しているんですよ?」

「お……おう……」


「あなたの記憶なんて、丸裸だってこと、忘れちゃいました?」


「うあ………」


 彼女の小指が、するりと俺の手首に引っ掛かる。

 それだけで、身動きが取れなくなる。

 頭を動かして、逃げることすら。


「ススムくん……?」

「い、いや、その、」

「と…っても、あわてんぼうさん、でしたよね……?」

「ちが……」

「乱れに乱れて、大変なことに、なっていましたね……?」

「それ、ちがくて……」

「それに、あんなに情熱的に、私のことを呼んでしまって……」

「そ、そうじゃなくって」

「死に目だけでも、私にいたい、でしたっけぇ……?」

「それはあ……、そういう、いきごみでぇ……!」




「私のこと、そんなに大事に、想ってくれていたのですね?」


「んんうううううぐううううううううううう……!」




 魅了の呪縛より羞恥しゅうちしんまさって、とうとう頭を下に向けて黙るしかなくなる。

 耳まで林檎みたいに色付いているだろうから、意味は無いと思うのだけれど。


「そこまで私に“お熱”とは、知りませんでした」

「う、うるひゃい………!」

「ススムくんは、幾つになっても、ずぅーっと、恥ずかしい方のままですね……?」


 顔を下げたら、自分の吐息が届く距離に、白布が貼り付く膨らみ。

 混乱は逆に悪化し、舌すら回らなくなってしまった。

 酔っ払うって、こういうことなのだろうか?


 カンナはくすくすと笑いが止まらない様子で、そっとその身を離す。

 脳裏にへばりつく「惜しい」気持ちを、頭を振って落とそうとしていると、


「はい、どうぞ」


 彼女が両腕をこちらに伸ばし、少し広げて見せた。


「………なんだよ」

「私に、会いたかったのでしょう?」


 もう言い返せなかった。

 数ある肯定の中で“沈黙”を選んだのは、

 なけなしのプライドがそうさせた。


「どうぞ、私が、聞いてあげます」


 そしてそんなもの、風の前のちりだ。

 既に手玉に取られているのだから、俺がどんな形をしてるかなんて、隠せるわけがないことなのだ。


「ここには、あなたの全てをお見通しな、私だけ」


 彼女に意地を張り続けるなんて、俺が出来る筈がないのだ。


「今は、今だけは、強がらないで、思いの限り、」


 特に、今日の俺には、無理な話だったのだ。


「甘えただれて、良いんですよ?」


 膝立ちになり、上半身を飛び込ませるようにして、抱きついてしまう。

 彼女は黙って、俺の背中に腕を回してくれる。


「カンナ……!」

「はぁい……」

「カンナ……!ちゃんと、いるよな、カンナ……!」

「はいはい、私はここですよ。ちゃぁんと力を入れて、ぎゅう…、って確かめてください……?」


 触れた首筋や髪から、カンナの匂いがする。

 脳ミソがパチパチと、炭酸みたいに香ばしくはじける。

 

 そこにカンナが居る実感が、手応えと体温を返してくれる。

 夏の日に、自動販売機から取り出したジュースの、爽やかな冷たさを。


「カンナ…、オレ……!」

「どうしましたか、ススムくん……?」

「オレ……!ホっとして……!」

「安心、してくれましたか……?」

「眼が戻っても、お前が、いなくなってるかもって…、不安で……!」

「大丈夫……、私はどこにも、行ってませんよ……?」

「カンナ……、ごめん……」

「どうしましたか……?」

「オレ、自分で決めたことなのに……、カンナの為にって、カンナのせいにしないって、決めてたのに……!」

「良いんですよ…、言ってください……?」




「殺した!殺したんだ!」


 何を?

 “誰か”を。

 「誰か」と呼べるような、格を持つ者を。



 

「オレ…っ!お前を、オレ以外の誰かに、持って行かれるのが、イヤで……!」

「そうですね、悔しいですもんね……?」

「お前と、ずっと、会えなくなるのがイヤで……っ!」

「そうですよね、寂しいですもんね……?」


「だから…っ!だから、殺した……!」


 自分の為だけに。

 そう心に刻んだのに。

 それを彼女に、肯定されたがっている。


「ごめんカンナ…!お前を守れなくて…!お前を理由にするしかなくて…!お前に寄りかかって…!よわっちいオレで……!」

「良いんです、なぁにも、心配いりません……」


 彼女は後ろから、緩やかに撫であやす。


「ススムくんがよわよわだって、知っていて、目を掛けたのですから……」


 右手を頭で、左手を背で、遊ばせる。


「弱いあなたを、あなたの弱さを、私は気に入ったのですから……」


 泣き疲れたみたいに、甘やかな重みが垂れ込める。


「だから、打ちのめされて、傷ついて、切なくなって、」


 砂糖水を吸って、肌がとぷりと落ちていく。


「そのままのあなたで、ぐっすりと、おねむりなさい——」




——いつまでも




 俺にとって、カンナは何だろう?


 こうして、自分の体温を彼女の肌で、心地よく冷ましていると、色んな事を思い出す。


 押し入れの中の使ってない布団。

 手を突っ込むとひんやりと気持ち良い。

 布団の中なのに冷たくて、フワフワしてるから安らいで。


 お風呂に入りながら開けた窓。

 小さい頃に住んでいた家には中庭があって、浴室には大きな窓が付いていた。

 それを開けた時に吹き込む、頭と肩の火照りだけをひんやり癒す外気。


 ビルの合間を染める残照ざんしょう

 暇と切なさを持て余した、日曜日の夕方。

 太陽が動くのをこの目で確かめてやろうと、ベッドに乗ってただ眺めていた。


 それらは、

 “憧憬”だろうか?

 “清涼”だろうか?

 “時間”だろうか?

 “懐古”だろうか?


 


 俺は彼女に、どうなって欲しいのだろう。

 俺は彼女と、どうなりたいのだろう。




 カンナは最後まで俺のやったことを、

 「正しい」としょうしなかったし、「間違っている」と罰しなかった。

 

 ただ、「嬉しい」と、そう言った。


——ありがとう、ススムくん


——あなたが思っているよりずっと、


——とっても、うれしかったんですよ……?

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