564.三方一両損
「そうですか、死によりましたか、あのアホ兄貴」
政十天万は話を聞いて、ポツリとそれだけを言った。
「今回のこと、彼を恨むかい?」
五十嵐に聞かれ、笑って首を振る。
「まさか、アホはアホでも、あれも政十の男ですさかい。死ぬことくらい織り込み済みで出向いてますわ。日魅在君がどうのやありません」
「そう言ってくれると、僕としても安心できるよ」
甲都、雨坐大神宮、拝謁の間。
今は「裏の事情」にも通じている侍女が出払っている為に、室内は男二人きりである。
天万の役柄は、五十妹本庁と政十本家とを繋ぐ連絡役。
丹本の内から国賊が出たことで、敵と通じている内憂の洗い出しを行っている間、傍受されるオンラインでのやり取りを一時中止し、速さを捨てて原始的伝言ゲーム方式に切り替えているのだ。
「それより、ええんですか?」
「三都葉のこと?それとも壌弌?」
「両方ですがな。どっちもキナ臭いとちゃいますの?」
「そうだねー……」
央華と組んで“可惜夜”独占を画策した疑惑のある三都葉。
無断で極秘裏に部隊を送り込んでいた壌弌。
どちらも大問題であり、責任追及の上でそれなりの処罰なり、弱体化なりをしたいところではある。
あるのだが、
「あんまり大っぴらに攻めるのもねぇ……」
「いけませんか?」
「影響が大き過ぎるからね」
時機が悪い。
“右眼”や永級閉窟、そして今回の央華の凶行によって、国際関係の緊張は高まっている。
更に陽州の永級第三号閉窟が重なり、険悪さも一入。
過去最悪の空気が醸造されつつある。
次男がお家存続と騎士団再編の為にリソースを全注し、外に目を向ける余裕が無くなっているルカイオス公爵家を除けば、今回の作戦で最も戦力をロストしたのは丹本勢力である。
経済の面でも資源の面でもコネクションの面でも軍事、否、“実力”の面でも、丹本の要である御三家。それに内輪でダメージを与えていられるほど、余裕のある時世ではない。
「御三家それぞれの本家出身者から犠牲が出た形だし、これ以上の打撃には慎重にならざるを得ないんだよね。今回の作戦であまり懐を痛めてないキリルとか、怖いなんてもんじゃないし」
「聖国も、“号砲雷落”を失った程度で揺らぐような国やありませんやろなあ」
日魅在進と“右眼”がillの術を突破する事に、三都葉瑠璃が大きく貢献したという報告も上がっている。
恩を押し売られた形だが、他の二家に矛を収めるよう説得する材料として、気持ち良く買い上げてやるべしと、五十嵐はそう判断した。
「元々この有事に、三都葉をオーバーキルするつもりも無かったからね。『痛み分け』って落とし所へ持って行く言い訳を用意してくれたのは、今回のことで数少ない三都葉の貢献ポイントだよ」
「マッチポンプめいた貢献のしかたですやんな」
「まあそれについては目を瞑るよ」
単純に「三都葉を潰す」と言っても、その根は様々な業界、業種にまで及んでおり、下手に大事にすると国レベルの損害にまで広がることになる。
それは望むところではない。
だからどうやって関係各所の溜飲を下ろすか、それに頭を悩ませていたが、自らをスケープゴートにしてくれるなら話は早い。
「今回のことは、三都葉瑠璃個人が央華を使って、三都葉家の権力掌握の為にクーデターを起こした事が発端。三都葉瑠璃本人は死亡しているので追及は不可能。グループ系列企業からは出来るだけ央華の影響力を削ぎ落す。それが表向きのシナリオだね」
「で、裏っ側では、『三都葉は初めから央華を出し抜いて丹本に利するつもりだった』、『央華が予想以上に暴走したものの、沈静化には成功したのでプラマイゼロ』、で通すわけですわな」
「何事も方便は大事だよ」
どうせなら、これからは央華中枢とのパイプとしても役に立って貰おう。
彼は奴らを、馬車馬の如くコキ使ってやるつもりでいた。
そこまで利用し尽くさなければ割に合わない。
「壌弌の方も有耶無耶ですか?」
「まあ、ダメージ判定は確認できたし、今はそれ以上は望まないかなあ。向こうもill討伐にアシストを入れてくれてたらしいし」
「………奴さん、今回の反応を見るに」
「うん。そういうことだと思うよ」
彼らが危惧していた事は、一つには“右眼”が央華の手に渡ること。
だがそれなら、話が合わない事実がある。
明胤学園の理事長づてに要請された、日魅在進の護衛計画。
それが承認されなかったことだ。
そのせいで世界大会の場ですら、クリスティアへの間接的な脅しと、学園が用意した戦力のみでの身辺警護となり、結果として日魅在進は一度見失われ、それが第五号閉窟騒動にまで発展した。
政府に近い壌弌家が“右眼”を重要視しているにしては、おかしな話だ。
そこまで無関心を決め込んでおいて、いざ取られたら決死隊を派遣するなど、行動が矛盾している。
だが一つの補助線を引くと、するりと氷解する。
「“右眼”を他に渡したくはないのと同じくらい、“カミザススム”を生かしておきたくない、そう見るのが正しそうですわな」
「そうだね、僕も同意見だ」
彼ら“総理派”は、日魅在進を邪魔に思っている。
その少年の手に“右眼”があるのがいけないのか、それとも“カミザススム”という存在そのものが不都合なのか、とにかく「いなくなって欲しい」と考えている。
なんとか“右眼”だけ置いて死んでくれるか、少なくとも“右眼”と共に消えてくれるか、それを心から待望している。
「って、彼らが思ってることを、僕らが気付いたって、向こうも流石に理解している筈さ」
「派手に手ぇ出せん状況は作れとる、いうわけですか?」
「うん。ま、念の為、今度パーティーを組む時に、総理にもそれとなく釘を刺しとくよ」
「………『パーティー』?」
ここから出歩けない彼が、非戦闘員で非ディーパーの三枝総理と“パーティー”を結成する。
その字面の不自然さへの訝しみを顔に出した天万を見て、五十嵐は「あっ」と訂正を挟む。
「ごめんごめん、ゲームの話だよ」
「フレンドなんかい!」




