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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十章:だとしても、そうだとしても

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560.甚だしく仰々しく

「あ……ぁう、ぁぁ……」


 その能力で、日魅在進の右眼を治癒し、“彼女”を呼ばせた睦月は、


「うあああ、あ、ぁ、あ……」


 腰を抜かして、へたり込んでいた。


「あ……へっ、へぁ…、はへ……っ」


 呼吸を、なかば忘れていた。


〈いけませんね。目と目が合ったら、ちゃんと、「お話し」ないと〉

 

「あぉ…っ」


 一瞬、自分に言われているのかと思い、きもを冷やした睦月。

 だが“彼女”が視軸しじくを向けている先は、咎めている不敬者ふけいものは、

 不躾ぶしつけ日照にっしょうの元凶である、麦わら帽子の女。


〈こんにちは、“旱魃かんばつ”さん?〉

「……やあ………」


 冷や汗。

 自身が一瞬でも「冷える」という体験は、彼女にとって青い薔薇と同じ。

 乃ち、「あるとは思っていなかったが、実現したのだから仕方がない」。


「お見知りおき頂いて、光栄だね……。てっきり、きみの眼中には、ないものかと………」


 その存在を、感じたことはある。

 それが通り掛かった、それだけの、袖さえこすり合わないような、かぐわしさが鼻の粘膜にそっと馴染なじんで済むような、それくらいのすれ違い。


 たった「それだけ」の事でさえ、その女にとっては重大な事故だったが、恐らくその逆はしかりではない。

 “彼女”にとって、そこにいる一体は、細胞の一粒ひとつぶが良い所。

 

 個別具体的に認識されているなどと、そんな高望みは思ってもみなかった。

 

〈よぉく、存じておりますよ、“提婆キャメル”〉


 だがそいつは、名前をきちりと言い当てた。


〈あなたのことなら、なんでも、ね?〉

「ふ、ふぅ~ん……?まあ、わたしがそんな、あっさい理解で見通せるヤツだって、見縊みくびってくれてるんなら、別に良いんだけどさぁ……」


 意識せず、その場に注ぐ光量を上げてしまう。

 夜半よわかと考え違うほど、真っ暗なように思えたからだ。


 不用意に洗濯機に放り入れられた、染料が濃いシャツのように、

 あざやかさが染み出ていって、色落ちした世界が見えたからだ。


「戦うんだったら、そっちの方が、まあ、やりやすいわけだ、しぃ……?」


 目や、耳や、鼻や、口や、肌や、魔力を通しても、

 外側の形を教えるあらゆる情報が、「遠くなった」と、女にそう伝えていた。

 

 その空間が、さっきまでのそれと、大きく「違って」しまった、と。


〈あれ、喧嘩腰ですね〉


 持ち上げた袖の裏で、ひそりひそりと、鈴を振るような嘲笑。

 最大限の警戒と、いつでも総攻撃を仕掛けてやろうと練られた敵意。

 それを見透かされることで、理解の深さを立証される。


〈もっと愛想良く、出来ないものですか?そんなことだから、二千年も時があって、ひとりぼっちのままなのですよ?〉


 頭皮が切れたかと思うほど、激しく熱い血潮が弾けた。


「………ん、ふー………」

 

——落ち着け


 が、それ以上に高温な体熱で、その反応に大した意味を持たせず、しずめる。


——わたしらしからぬ表現だけど、

——()()()()()()、クールになれ


 観察を絶やさず、最適最高の一撃をはかれ。

 目標を、達成条件を、見誤るな。


 “彼女”の後ろの、人間一つ。

 それさえ消せば、こちらの勝ちなのだ。


 “可惜夜ナイトライダー”を殺せなくていい。

 小僧っ子の命だけ。簡単だ。


 魔学現象を起こすきっかけとなる、脳。

 そこを確実にり抜く。


 彼女が持つ攻撃手段の中で、最速のものを使う。

 世界の限界にして絶対の不変運動者、光子で焼き貫く。


 少女のリボンも、普通に突破できることを確かめてある。

 それを止めることは、何者にも不可能。


 少なくとも、“提婆キャメル”は不可能だと確信していて、「絶対に止まらない、減速もしない」という効果を魔法に持たせている。

 光が止まれば時間も止まる、などという空論があるが、他の全てを止めたとて、光が止まることなど有り得ない。


 そこで警戒すべきは、“鳳凰トリッパー”が見たという停止現象。

 黒い球体の如きそれは、光まで捕まえているように思えたと言う。


 恐らく熱として吸収したか、外からは入れるが中からは出られないようになっているか。

 “靏玉エンプレス”のような鏡のトリックに近いのだろうか?

 あの防御だけが、問題になってくる。


 だが“火鬼ローズ”は中に侵入出来ていたらしい。

 なら“提婆キャメル”に出来ないことではない筈だ。


 単純な力で干渉可能な以上、“向こう側”に逃がしてどうこう、という話でもない。

 ついさっきill(イリーガル)最高の盾を、それ以上のほこで蜂の巣にしてやった、それと同じことをやればいい。


 必要なものを持ってくる用意をする。

 移動用のエネルギーと、攻撃用の光線だ。

 

 一撃、それだけだ。

 それだけしか許されないだろうし、それだけでいい。

 狙い澄まして、その一撃を——


 “可惜夜ナイトライダー”が、薄く網状の手袋に覆われた、指を開いた両の掌を相手に向け、それを胸のあたりまで掲げる。

 ビクリ、後ろに踏んでから、キャメルはそれが自分の右足だと気付いた。


 「待て」、「降参」、そういう意味の肉体言語、と、表面だけ掬えば、そう言えなくもない。


 けれど、違う。

 何が正解かは分からないが、「負けを認めている」という推量が、的外れな事だけは分かる。


 その態度は、雰囲気は、

 これから重大ニュースを告げて、サプライズを決めようとしている、いたずら精神を絵に描いたようだ。


〈十〉


「………?」


 つぼみ初々(ういうい)しさと、黒百合のあやしさ。

 どちらをもはらむ二枚の花弁が、そっと数字を口にした。


〈あなたは相当、運に恵まれています。今の私は、有史以来他に例を見ないほど、機嫌が良いんですから〉

 

 続く言葉も、説明になっていない。

 なっていないのに、“提婆キャメル”にはその意味が分かりかけてきた。


〈今から改めて、十まで数えます〉

 

 隠れ鬼のルールを読み上げる童女、

 しくは我が子に教え伝える慈母。


〈その間に、私の手を煩わせずに立ち去って頂けましたら、大サービス、〉


 その顔で宣告されるは、執行猶予。


〈今日のところは、数々の無礼を不問としましょう〉


 それも、死罪に適用されたという、異例措置。

 

〈では始めますね〉


 事の整理の時間どころか、返答、相槌すら待ってくれない。


〈ひとぉ……つ〉


 右の小指が折り畳まれる。

 それで、“提婆キャメル”の寿命の一割が消えた。


〈ふたぁ……——〉集めていたエネルギーを解放し後退大幅跳躍。〈——つ〉右の薬指が畳まれるのを尻目に反転。


〈みぃぃ……つ〉


 右の中指。

 何度も追加で加速しながら離れる。


〈よぉぉ……つ〉


 右の人差し指。

 離れている筈なのに、声が遠ざからない。

 ずぅ…っと、すぐ後ろにぴったり張り付いて、

 耳元で声をひそめられているように。


〈いつぅ……つ……。“ベー”?〉


 右手の全てが握り込まれた。

 位置が変わらない。

 異変を感じて振り返る。


〈むぅぅ……つ〉


 左手の親指。

 白い髪が横にそよいで、覗いた左耳からキラリと小さな輝き。

 耳飾りに、“提婆キャメル”が映っている。

 その鏡に映った大きさを変えないように、空間の側が歪んでいるのか。


〈ななぁ……つ〉

 

 左手の人差し指。

 進行方向が圧縮され、“彼女”の視界から逃れる運動を阻む。


〈やぁぁ……つ〉


 左手の中指。

 “提婆キャメル”の腕を掴む鳥の足。

 

〈ここの……つ〉

 

 左手の薬指。

 “鳳凰トリッパー”が“向こう側”を経由して全速力で彼方かなたに飛び去る。

 

〈とお〉


 十指じっしが残さず畳まれた時には、“可惜夜ナイトライダー”の、その持ち主の肉眼可視範囲から、2体ともが消えていた。


〈そそっかしいと言いますか、意気地がありませんねえ。少し考えれば、分かりそうなものを〉


 そんな都合の良い逃げ道など、存在する筈がないのだ。

 彼女が用意していなければ。

 魔の者を前に、異空間を進む技能など、なぐさみにもなりはしない。


 ただ、最初からそこを通って、逃げることが許されていた、というだけ。


 とっとと何処かへ行って欲しい、その考えを隠す為に、


 派手な登場の仕方をして、

 如何いかにも余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)に、見下みくだすがゆえの情けを掛けたように見せて、

 逃したくないのかと思わせる、ちょっかいまで仕掛けたのだ。

  

〈ミヨ〉


 彼女は振り向き、傾国の妖狐に視線を絡み付かせる。


〈後はそちらで、お願いします〉


 呼ばれた詠訵は、自信を持って頷いた。


「任せて。ススム君とカンナちゃんのフォローには、慣れてるから」

〈ええ、そうでしたね。いつもお世話になって——〉


 そこで術者の、

 日魅在進の意識が切れ、


 後ろ暗い艶姿あですがたは、


 風のようにさっと立ち消えた。


 何もかも、少年の夢だったみたいに。

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