559.不可触
ぷっ、
ふ、
ふふふ、
ふふふふふふふ、
ふく、
くふ、
くふふふ、
ふくくくくく………!
忍び笑いが玉響む。
くす、
くすくすくす、
くすくすくすくすくす………!
耳心地が良く、それでいて落ち着かない。
あは、
あっは、
あっははは、
ふふふふふふふ、
あはふふふ………!
楽しげに、胸が跳ねる。
恥ずかしげに、顔が熱くなる。
心臓が速くなって、なのに体は危機を感じず、
もっと、もっとと、深みを目指す。
このまま、破裂してしまってもいい。
この苦しさを、
内からの圧を、
ずっと味わっていたかった。
陽が昇って、
西に沈んで、
それが数回、
ほんの幾日、
それだけで、この動転、この騒ぎ。
取り乱しよう、
熱の上げよう。
溺れているかのように、後先のない藻掻き。
じんわり、
赤くなる肌を冷やそうと、
浮き出る汗露も、愛おしい。
おばかさん……
そこに風が吹きつけて、
冷たさを、記憶に沁み付けてくれるから。
言い訳しようがないくらい、
あなた、
私に、
首ったけ、ですね………?
後ろから、灰色の左手を回される。
意識する前に、右の掌をそれに合わせる。
飛びつくように、触れてしまう。
一二三四——
出来るだけ、隅々まで、皮膚の一片も余さず触れようと、
指を絡みつけてしまう。
——五六七八九十
ひんやりと、
薄闇を固めた肌感が、
それに応えて、握り返してくれる。
〈開 宝〉
「はぁあああああああん♡」
“臥龍”が、A型の上で倒れ、身悶える。
〈ひっ……!〉
〈か、あ……〉
原因不明の“醉象”の活動停止、それを好機と見て“靏玉”の無事をその目で見る為に走り出したill2体。
「ン、だって、んだよぉー……」
「さむ、い……?」
「ハ…ッ!ハ…ッ!」
〈フゥー……!う、ゥー……ッ!〉
『ガガガジッ、gh75Y%#(((3jiolgbaq…!』
名を揚げる為に、彼らを絶対に逃がさんと闘志を燃やす吾妻や、復讐心を滾らせるメナロも含めた、人間達。
それまでの勢い、好戦の度合い、それらに関係なく、
狂怖、
或いは戦慄に憑りつかれる。
足を止め、焼け残り、燃え滓になりかけた木々の向こう、
見えていない筈のものを、全員が凝視する。
下に働く以上の引力が、
その方角を指し示す。
「おねえさま……、あなたになら、ワタクシ……」
海老反りになったゴシック衣装が、
一本一本解される絶望に、
心酔する。
「うるせえ……、うるせえぞ……、わらうなよ……!」
「違う、モン坊、俺は、お前を……」
〈あ、あにうえ、ぼく、ひとりにしないで……〉
『み……’%N(ajkhfakみなさん……!&Y%)ziWxhvgaEoifjd』
「………!こっ、」
コおン……!
六波羅が心音に乗せた、最も原始的なリズムを打ち、なんとか周囲を落ち着かせようとする。
〈あ、ああああ……!えん、プレスゥゥゥゥゥゥ!〉
〈うあ、ま、まってよジェスタぁぁ~~~~!おいてかないでよぉぉぉ~~~~~~!〉
illは、動けている。
これまでで最も速く、遠ざかっていく。
と言うより、身の竦みよりも、懼れから凶行に走る衝動が優先された、というように見える。
そこに思考は無い。
隠れていた石を引っ繰り返されたダンゴムシのように、
その場に丸まって動かなくなるか、自らの全力で遁走するか。
人間の側は前者、モンスター共は後者を選んだ。
そう、彼らは怖がっている。
この感覚には、憶えがある。
「いつもの、やつか……!」
窮地。
九死。
死線。
「あっ、これから死ぬんだ」、
そういう諦めを認めさせ、残された数秒をどう使うか、その選択を迫るプレッシャー。
六波羅は今までのように走馬灯をキャンセルしながら、魔法によって他の人間の意識を呼び戻そうとする。
が、気配が濃い。
これまでで一番。
ここに鏡があれば、くっきりと死相が認められた筈。
暗霧を払えない。
大胆不敵で有名なチャンピオンですら、そこから抜けられていない。
破壊工作員であり、戦闘能力的に最強格でないが故に、何度も不可抗力に見舞われてきた黒衣。
彼以外で辛うじて現実から離れずにいられているのは、彼女くらいなものだ。
他の全員が、悪夢に魘されるが如く、きっと正確な景色を見ることすら出来ていないだろう。
「いったい……!?」
さきほどの、リーゼロッテの極寒。
それと同等以上に、体全体が落ちていきそうな、誘引力。
息を喘がせながら、六波羅はその発生源に思いを巡らせる。
「まさか、これが、そうなのか……!?これが……!」
これが、
〈これこそが……!ああ、なんと、これが……!〉
彼が追い求めてきた、真理の一端。
〈おお…!おお……!本当に……!感動的ですぞ…!なんという…!すぐ、そこに…!〉
ガネッシュは眼鏡の反射をギラつかせ、腕を、魔法で作られたものでなく、自らが生得的に持っていたそれを、矢も楯もたまらず“それ”へと伸ばす。
〈見れるなんて……!ああ、それを、この目で…!垂涎…!据え膳…!探究心が、止まりませんな…!!〉
彼が見ているのは、極夜。
昏さの濃淡だけで描かれた、水墨画のような引き算の美。
侘びも寂びも漂い吹かせ、
けれども重ねて塗られた黒から、
淫蕩をも滲ませる。
扇情的な至高善。
麗厳たる絶対悪。
少女の腕の中、少年が見上げる先に、
揺蕩うが如く、柔らかく佇む媚態。
〈こんにちは、お元気ですか?〉
「………ナ、」
“可惜夜”。
最強。
最上。
最高。
絶世。
絶無。
「………」
〈あれ、お返事は?〉
自身に向けて、話し掛けている。
それを先に理解したのは、“提婆”の脳ではなく、その躰の方だった。
全身から、生えてもいない毛を毟り抜かれるような、
耐え難い、屈辱的で嗜虐的な、
神経の鋭い悲鳴が上がった。
その動きで、相手の気に触れないようにと、
恐る恐る、おっかなびっくり、
片手で、反対の二の腕を摩る。
鑢と紛うザラつきが、
鳥肌だと解るまでに
十秒は掛かった。




