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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十章:だとしても、そうだとしても

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557.それができれば、どんなにか

「“愛国心”、だ。愚かだと思うか?」

 

 黒い炎が、そう言った。


 ここは、何なんだろう?

 遠くに山脈が見える、砂っぽい草原。

 稜線を越え、点にしか見えない何かが沢山、こちら側に駈け下りている。


 空気の感じに、覚えがある、気がする。

 これは、そう、夢だ。

 カンナに稽古をつけられている時の、あの感じにそっくりだ。


「『おおやけへの奉仕』を、悪の都合で人生を浪費させる罠だと、そう感じるだろうか?」

「……ちょっと前の俺だったら、怖い考えだって、きっとそう思ってた気がする」


 土色も混じる渇いた草の上で、風に煽られながら延焼もしない黒火くろびに、なんでか返事をしてしまう。


「今は、違うのか?」

「ある人……『人』なのか微妙だけど、まあ、ある話を聞いて、少しだけ思い直した」

「どのように?」


 国粋主義ナショナリズム

 時に過激な暴力を生むことで、恐れられているその思想は、


「人が平和に生きるなら、必要なことなのかもって」


 捨ててしまったら、社会も約束も忘れてしまう、そういう大事なものでもあった。

 黄金色こがねいろの髪を持つ女に、そういう話を聞いた。


「人は、一人では生きられないって」

「そうだ。だから我々は、“仲間”を求め、その多さ、大きさに安堵する」


 人間はたった一人だと、ちっさいものだから。

 小さいままで、正しいことをする勇気はないから。


「あの大陸で長い歴史を積み上げてきた同志として、一つに強く連帯する。そうれば我々は、弱さを克服して時間を超える」


 それはどこか方便で、言い訳で、言ったもの勝ちで、こじつけで、

 だからきっと嘘なのだろう。


 でも嘘は、信じられれば意味を持つ。

 約束なんて、どこにも実証が無いものが、信頼があれば力を持つように。


「央華には、四千年の歴史が折り重なっている。たとえ民族が変わろうが、何度も崩壊と新造を繰り返そうが、それは『央華の歴史』なのだ」


 全然関係ない人間を、一つの約束事の下で、自分達へと繋がる仲間と定義する。

 そうやって時代越しに引き合う力を利用して、今生きている人達を纏め束ねる。


「太古の生物の死骸が、積み上げられて地層となったからこそ、今の地面があるのと同じように、『央華』を掲げた全ての人間が、今の央華を作っている」

「でもそんなの、他の全員にだって、言えることになるんじゃないか?」

「そうだ。だからこそ、『それを言えるかどうか』、『そこに誇りを持てるかどうか』、その高潔さの有無こそが、人を二分する」


 自分が踏んでいる地層を誇れる人。

 それはつまり、自分を立たせるその土が、屍の山だと知っている人。

 善悪あらゆる物事がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられた、そんな泥から自分が生まれたと、それを分かっている人。


「過ちであれ、汚名や悪名であれ、『央華』はそれを残し、次に来る者がその上に国を作った。行動と、それが生んだ事実が、次代の踏み場となった。それが失敗であったとしても、次の、その次の足下で、無意味とは無縁な有り様で、彼らを支え続けている」


 点々が近付いて、輪郭が何となく見えてきた。

 馬だ。

 それに、人が乗っている。


 騎馬の大群だ。

 あの軍勢が、これから滅ぼすんだ。

 何故か、そんな事を思った。


「それは、責任感?」

「そうとも、言えるかもしれない。我々は生まれた時から、一人ではいられない。何千年もの時間の後に、我々が現代で生まれたということは、それだけ多くが死んだということ。我々を生む為には、それだけの悪と滅びが必要だったということ」

 

 秩序を生むには、それ以上の無秩序が無ければならない。


「その成果物を、たった一つの肉体として、たかが2~3メートル立方りっぽうに収まる物体として消費する。それほどの野放図のほうずが、『醜くない』などと、正面切って言えるのだろうか?」


 そいつは、言えなかったのだろう。


「私は少しでも、その土を豊かにしようとした。それが含む希望を、濃くしようとした。そこに一切の妥協は許されなかった」


 ああ、こいつ、真面目なんだな。

 そう思ってしまった。


「私は私の思う全てを実行に移した。それだけだ。そこに間違いがあろうと、無駄を見つけ出そうと、無意味ではなかった。正であれ負であれ、無為とは誰にも言えなくなった」


 自分個人が思う正義。

 良くないんじゃないかという躊躇い。

 それで止まるのを、こいつは許容出来なかったんだろう。


 本気でやって、減速ナシにぶつかって、勢い余って滅ぶいくらい全身全霊でペダルを踏んで、

 そこまでやらないと、父祖に報いたって、子孫に残せたって、そう胸を張れなかったのだろう。


 こいつは、一人の人間として物を見てない。

 肉体が一人に収まってないから、当たり前だ。


 こいつの視点はもう、群体そのものになっている。

 いつか見つかる正しさの為に、いしずえになる事が最優先で、だから自分が引き出せる可能性を、余すところなく実現させ、事実として堆積させた。


 分かった。

 

 こいつの考えてることが、なんとなくだが腹に落ちた。


 こいつにとって、俺みたいな敵もまた、探究の材料なんだ。


 自分達が間違っているなら、それが確実に間違っていると証明する事に価値があって、だから最後まで敵に抵抗する。

 それで負けたら、「目的か手段のどちらかは間違っていた」と判明して、それが行動の意義となる。


 こいつはどこまでも、本気で世界を正しくしようとしていた。


 「四千年」を継承する為に。


「だとしても、」


 そうだとしても、俺は、


「俺は、お前から『希望』を、次に残したい物を奪う」


 その高潔さに、道を譲れない。


 俺の器は、結局160cmにすら満たない狭さしかない。


「良かろう」


 太鼓が小刻みに打ち鳴らされている。

 違うか。

 これは馬の足音だ。


「それが、“勝者”、だ」


 土の震えが感じ取れるくらいまで、その隊列が近付いている。

 重なり連なる轟音が、土煙つちけむりと共に景色を呑む。


 親指を立て、人差し指を伸ばし、指ピストルの形にして、黒い人魂に向ける。


「……なあ」

「なんだ」

「そっちでは、永遠のサヨナラって、なんて言うんだ?」

「……『永别了ヨンピィエラ』」


 小さく息を吐く。

 吐いたつもりになってるだけかも。

 ここでの体感は、当てにならない。


 ただ儀礼的に、もう一度しっかり吸って、


「ヨンピィエラ、オール・ラウンド」

「…サヨナラ、カミザ・ススム」

 

 砂が頬を撫でるのを感じながら、

 吐き出した。


 


 ブヨブヨとした肉に爪を食い込ませ、内からき広げた感触。

 それは吐瀉としゃぶつの臭いみたいに、指にこびりついて離れなかった。




「………」


 目に映る光景が、戻った。

 さっきのは、相手の魔学回路に侵入したせいで、幻を見たのだろうか?


「………」


 崩れていく黒い塊。

 それが差し出しているかのように見える、鳥籠型の物体を、よろめきながら受け取った。


「……くそ………」


 パリパリと、その表面を覆う金属に罅が入っていき、


「くそぉ……!なんで……!」


 それが割れて、中から“右眼”の入った装置が出て来る。


「なんでだよ……!」


 それを強く抱き締め、両膝を屈してしまう。


「なんで、どいつも、こいつも……!」


 道眞さん、トオハさん、ガネッシュさん、壌弌の刺客、“号砲雷落ワールド・ウォー”、三都葉瑠璃、“刺面剃火オール・ラウンド”、そして、“醉象ローカスト”。


 みんな、みんな、なんでだよ。


「なんでみんな、スッキリ憎ませてくれないんだよ……!」


 なんで、気楽に殺させてくれないんだよ。


 敵のクセに。


 手段を選ばない、卑怯で過激な大人達のクセに。


 人でなしの、化け物のクセに。


 なんで、どこかに、美しさを持ってるんだ。


 誇れる何かを、磨き上げてるんだ。


 光を捨てても、なお眩しいんだ。


「なんで、お前ら、そんなに、()()()()んだ……!」


 厭なのに。


 生きている何かを殺すのは、厭だっていうのに。


 ただちょっと強いだけなら、少しズル賢いくらいなら、凡百ぼんぴゃくのモンスターと同じように、“駆除”できたのに。


 斬り捨てるにも、捨て石にするにも、何の呵責かしゃくも無かったのに。


「ちくしょぉ……!ちくしょぉおおお……!」


 やめてくれよ。


 俺は、弱いんだよ。


 動けなくなったじゃないか。


 こんなことしてる場合じゃないのに。


「なんで……!」


 ダメなやつなんだよ俺は。


 怒りに酔ってないと、一番欲しいものすら、自分の口で求められない。


 そういうヘタレ野郎なんだよ。


「ぐ、ぅうう…!ぐうううううう、ぎ、ゅ、ううううううう…!」


 目を限界まで開き、奥歯を削りながら、耐える。

 

 まだ終わってない。


 最後の仕上げが残っている。


 気絶するな。


 全霊探知状態のオンオフの頻繁な切り替えの後に、全身修繕の為の全開使用。

 

 脳の負担が大きく、沸騰したようにすら感じる鉄の臭いが、目から鼻から液体となってしたたり落ちる。


 でも、まだ、寝るな。


 意識を保て。


 ここから、逃げろ。


 全ての死に、意味を持たせろ。

 



 彼らを“殺した”のは、お前なんだから。




 クラクラと、今にも上下が逆転しそうな、空に落っこちそうな不安の中で、


 どうにか立って、備える。


 ダンジョンが消えたら、即跳び立つつもりでいて、


「うぇっ?まぁ~じぃ~?」


 倒れそうになり、左膝が下がる。

 

 慌てて立とうとして、


「ロー君レベルにまで育てるの、すっごい時間掛かるんだけどぉ?」


 すねから下が炭化していることに気付く。


「はぁ~、メーワクぅ!カンベンしてよぉー。メンドくさいなぁ~」


 ガキの浅知恵を嘲笑あざわらうかのように、


 麦わら帽子が軽い調子で不平をこぼした。

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