556.包摂されし自由 part2
日魅在進は、相手を一人の人間だと思っている。
だが“刺面剃火”は、それを自分の指先だとしか考えていない。
この差は大きい。
腕でも脚でも、何を破壊されたとしても、増幅装置である脳さえ残っていれば、戦える。
いいや、脳が無くても、“下放”さえ残っていれば、その体への電力伝達に注力することで、魔法を通して充分な電流を届けることが出来る。
四肢はプラズマで幾らでも作れる。
殴り壊されようが、蹴り抉られようが、これよりはダメージと呼ばれるものとはならない。
それこそ、代謝の一種として捨て置かれるような些事でしかない。
日魅在進は、ほとんど身一つだ。
アーマーの損傷も酷く、その機能を活かしきれない所まで追い込まれている。
報告では、魔力による手足の構築も、長く続けられるようなものではないと聞いている。
長くともあと数十秒、速ければ数秒で決壊する窮地。
一方で“刺面剃火”の背は、スーパーコンピューターと魔法能力による、半永久的なバックアップで支えられている。
第二次大戦における丹本と連合国陣営のような、明らかな体力の格差。
問題なのは、ダンジョン崩壊まで時間が無いこと。
なるべく手早くテキパキと、この少年を葬ってから、すぐに逃走準備に掛からねばなるまい。
不幸中の幸いにも、丁度外ではill同士の大喧嘩の最中である。
外に出て、潜伏させた機兵に“右眼”を受領させ、その装備で島から脱出する事は充分に可能。
ダミーの機兵も幾つか飛ばせば、追撃を散らして回収確率を上げる事も出来る。
全てはその少年を、日魅在進をどれだけ早く殺せるかに掛かっている。
その為のプランを、彼は構築し終えている。
「ひゅ、おおおぉぉぉ…っ!」
〈オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオン…ッ!〉
口蓋が奏でる風の音楽と、チタン式増設型人工心臓モーターのうねり。
その後の交錯の始まりを、人類の9割9分9厘以上が視認できなかっただろう。
互いに搔き消えるかのような超速で、地を蹴って一歩を踏み込んだ。
進と同じように、“刺面剃火”は指向性魔力爆破によってブーストする。
更に抵抗が低く大きな電流を流せるプラズマの体で、動作のパワーを上昇、減衰を最小化することで、破滅的重加速を発生させる。
今やほとんどが炎雷となったその五体は、身長を2m程度まで縮小させて空気との衝突を抑え、自らの一部を推進力を提供する燃焼に変えて、これまでで最も速い距離詰めを行った。
関節が軋み哭き、悲鳴のように空気を裂く。
だが、日魅在進は常に後でありながら、先だ。
魔力やエネルギーの反応の全てを察知し、次を読み、先回る。
敵の組み立てた予定を裂き回る。
フックを撃った機兵の左手を潜り躱して、右魔力義手刀でのドリル貫手を、敵の接近に合わせて刺し伸べている。
自らの接近の速さもあって、機兵はそれにあっけなく突っ込んでしまった。
下腹部が貫かれる。
それでいい。
“右眼”がぶら下がっている胸は狙わない。
そう分かっていた。
だからそれを胸当てとして、“下放”を守らせたのだ。
少年の右腕をカーボンブラックが包み、金属化。
固定する。
右拳を、HEAT弾頭に加工。
それを叩きつけ、すかさずのもう一撃で肉体を完全破壊する。
そこまでを企図した所で、ムズムズと痒みのような感覚に襲われる。
彼を構成するプラズマが、何かの刺激を電気として伝えている。
それは腹から上っている。
それは極めて小さくて、そして精密な動きで経路を辿り、
“下放”に迫る。
“刺面剃火”はデータベースの中から答えをすぐに見つけた。
敵体内への魔力侵入。
正体は分かった。
対処法は分からない。
信号伝達、稼働域確保、動作用エネルギー注入、魔力運搬。
様々な理由で、何らかの形での道を通していなければならない。
全く繋がらないようにしてしまうと、そこより下が喪われたに等しくなり、今この状況でそんな隙を晒すわけにはいかない。
そこにはそれなりの葛藤があったのだが、機兵がもしそれを実行しても、結果は変わらなかっただろう。
もう一撃を入れられ、そこからの魔力侵入で同じ状況に陥るだけ。
結論から言えば、止められなかった。
日魅在進の魔力は、“下放”に着いた。
“刺面剃火”はその機体の完全ロストを確信し、次なる一手を打つことにした。
外に待機している子機で奪い返す。
行動計画を素早く修正。
そうして彼は意識を再び別々の体に拡散させ、
ふと、「臍の奥を掻きたい」と、そう思った。
それは、上へ上へと迫り上がってきた。
魔学回路の形をなぞるように。
——それはそうか
彼は納得してしまった。
あれは彼の体の一部で、ここに居る彼と繋がっているのだから、
回路を通して魔力が届くのも、
当然だ、と。




