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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十章:だとしても、そうだとしても

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556.包摂されし自由 part1

 今更な話をしよう。

 物質には、幾つもの姿が存在する。


 酸素や窒素という気体が冷やされて、液体や固体となったように、分子の運動の程度によって、その外見や質を変える。


 そして分子が最も自由な状態こそが、気体である。

 という言い方は、厳密には正しくない。


 固体、液体、気体と来て、その先。

 より大きなエネルギーを受け取り、分子が更なる変化を見せた後の姿。

 

 分子は原子核と、その周囲を漂う電子で構成されている。

 その電子が、エネルギーを受け取って離れて、“自由”になってしまった状態。

 全体としては、プラスとマイナスの釣り合いが取れているにも関わらず、分子が剥き出しの電子と陽イオンにバラされているそれを、


 「プラズマ」、そう呼ぶ。


 物質は安定する状態を求める。

 このプラズマは、普通はくっつこうとする電子とイオンを、高エネルギーによって無理に仲を引き裂くことで生まれる。


 故に恐ろしく不安定であり、だからこそ電子は安定を求めて、エネルギーを捨ててイオンの隣に戻ろうとする。

 この時、捨てられたエネルギーは光として放出される。


 よって、プラズマは光を放つ。

 太陽や雷、より卑近な例で言えば、地上で見られる火炎に到るまで、プラズマによる発光は、日常の中で簡単に目に出来る。


 エネルギーか物質かで議論が分かれる“魔力”という代物シロモノも、プラズマの一種なのではないか、という説もある。


 さてこのプラズマ、電子が割と自由になっている状態なのだが、ある物とよく似ている。

 金属だ。

 金属結合は、整列した陽イオンの間を、自由電子が動き回る形なのだ。


 金属に電流がよく通るのは、電子が自由に動けるから。

 そして同じことが、プラズマにも言える。

 諸々のただし書きを省き、えて二つ、乱暴に言い切ってしまえば、




 金属とは、プラズマである。

 そして炎は、通電する。




 雨が止み、地が固まった。

 虫の殻と群れの重さで、上から押し固められた。


 遠目から見れば丘となったその地形は、カタカタと揺れて沈んでいる。

 ダンジョンの掃除機能はもう生きていない。

 ただこの世から脱落しているのだ。


 その上の二箇所で、下が開けたかのような渦が生じ、それぞれから人型が這い出してくる。


 欠けばかりの身体から、見えぬ圧を放射して、障害物を排除する少年。

 天然クリスタルに似た形をした、カーボンブラックの金属を生やし、そこにバッタ共をびっしりと閉じ込めた、急ごしらえの構造物を着込む大柄の人物。


 少年は相手の胸に鳥籠型の金属結晶を確認して安堵。

 それからそいつの全身の有り様を見て、質量だけでも破壊的なあの蝗害を、先程のイグルーのように敵で作った鎧をまとうことで、どうにかやり過ごしたのだと理解する。


 なんでもいい。

 “右眼”は無事だった。

 けれど強奪犯も、まだ生きている。


 ダンジョンが完全に消え、外で待っている別のill(イリーガル)から攻撃を受ける前に、やらなければならない事がある。


 どちらかが最後の一人になることだ。


「ひゅ、ぅぅぅううう…っ!」

〈ご、オオオオオオオン…ッ!〉

 

 呼吸気と重低電子音が、がっぷり四つ。

 言葉という高度なテクノロジーは、純粋な闘争の世界から削ぎ落されている。

 互いに装備の大部分を食い千切られ、道具すらその手から離した後。


 肉体と、魔力、魔法。

 抜き身の決闘。

 生身なまみに備わった能力のみが、全てを決める。




 そう、思われた。

 が、この勝負、見た目ほど尋常フェアではない。




 “刺面剃火オール・ラウンド”。

 それは“ある人間”を所有した、グループの名前である。


 本来の計画では、それはあらゆる戦局に対応した万能兵士となる筈だった。


 ある人物に、意図的に解離性同一性障害、所謂いわゆる多重人格障害を発症させ、それぞれの人格に別々の物語を刷り込む。

 これを技術として確立すれば、戦車や戦闘機の装備を換装するように、好きな魔法をセットした兵隊を、適切に配備する事ができる、という内容。


 これは結局、実現不可能とされてしまった。

 肉体、精神、魔法、それらが人間の思う以上に、密接に結びついている為、そう考えられた。


 そこで央華は発想の転換を試みた。

 様々な人間の体を遠隔で繋ぎ合わせ、一つの肉体という判定にしてしまえば、同じ魔法を共有し統率がぴったりと取れた複数の兵士、という図を完成させられるのではないか?


 人間の精神は、肉体から作られている。

 だがその肉体は、新陳代謝を絶えず行っており、一日ごとに全くの別人と化している。


 感情というものは、その時その時に体が起こした反応から生まれるもの。

 自我というものは、日ごとに変わる「肉体」という不安定なものが由来の「感情」を、時系列で並べて後付けの整合性をこじつけたもの。


 人間の“自己”は、意外といい加減。それが彼らの仮説だった。

 自我を分裂させるのに失敗したので、ならばと「肉体認識」の側を書き換える方向に転換した。


 彼らが被験体に教え込んだ物語は、“央華”という思想そのもの。


 その名称、その言葉の内には、様々な民族、様々な王朝の栄枯盛衰がある。

 世界の中央、中心。その矜持を同じくしながらも、前任者を追い落として取って代わる、その革命と簒奪を何度も繰り返してきた経緯。


 ただそれぞれの時代、同じ場所で支配者になった者達。

 ともすれば滅ぼし滅ぼされの、敵同士とすら言える間柄あいだがら

 そんな関係性の、数々の勢力を、彼らはある言葉で纏めた。


 「央華四千年の歴史」。

 

 「央華」という言葉は、

 誇りは、

 その土壌を作った屍達を、一つにひっくるめて「同志」と呼んだ。


 人間が矛盾する身体反応を繋ぎ合わせ、一つの“自分”と総括するのと同じように。


 包括し、受け入れ、同じくする。

 その人間的な営み。

 それを叩き込み、他者との融和、連帯、統一を、「自然なこと」と享受きょうじゅさせる。


 「自分と同じ」の範囲。

 「自己」がえ太る限界。

 それをどこまでも広げさせる。


 そして、彼、または彼女の「肉体」の定義を、一個体のそれから大きく解放する。

 何か明確な繋がりさえあれば、自分のからだだと理解するように。


 “右眼”を単体で生存させたテクノロジーは、元はこの計画に伴って発達したものだ。

 被験体が、肉体の一部だけでも生存できるように。

 彼から取った欠片かけらを、生きたまま配布できるように。

 

 “刺面剃火オール・ラウンド”の機体には、ベースとなる人体——主に脳——と、“被験体”のパーツ——計画上の呼称で“下放シィアファン”——が搭載されている。


 人体は電気駆動だ。

 つまり本体の脳から電流が繋がり、思い通りに動かす事ができれば、それは彼の身体なのだ、という理論。


 また、“下放シィアファン”は、媒介である。

 どれだけ遠くに離れていても、自分から出たもので、今も代謝を続けて「生きて」いるのだから、それは彼の一部、体の端っこのままなのだ。


 その認識が、彼の本体と“下放シィアファン”とを魔学的に繋ぎ、彼の脳から出た命令信号を、機体に積まれた人体に届け、受けた機兵の脳はそれを増幅。

 その電気的刺激の出入力で、機体の制御を行う。


 これにより、「人体に近い形をした」半生体的機械仕掛けを、まるで本物の手足のように、自在に動かすことに成功している。


 彼の魔法が、電気の伝達に適した「プラズマ」であったのも、「プラズマ」という語が持つ多面性を具現化させるものであったのも、そういった背景によるものなのだろう。

 一見矛盾する様々な己を受け入れ、それらを電流で統御する。

 自分の電流が届くなら、その範囲が“自分”なのだ、という不遜ふそんの表れ。


 しくも救世教の天使と似た発想だが、そこに自らのを弁える慎ましさなど見当たらない。

 当然のことながら、反動も生じる。


 複数の身体を動かすわけなので、本体の脳だけで全体を処理するのは、かなりの困難を要する。

 別々の自分を同時に操れるほど人間が器用なら、スマホゲームのながら歩きで物にぶつかったり事故に遭ったりする者が現れる筈もない。


 更に、一部の機体は多脚であったり多腕であったり尻尾を持っていたりと、人体から少し遠くなっている。

 余計に負荷が無視できない。


 だから彼の脳は、央華本国最高のスーパーコンピューター“神帝シェンディー”とも魔学的、電気的接続を行い、その補助を受けている。

 常にその周囲に高濃度の魔素を発生させる設備と合わせ、機兵複数を全力で稼働させた場合、エネルギー、経済両面のコストは天井知らずに高騰こうとうする。


 機兵がその性能を十全に発揮する際、それなり以上の権限を持つ者による申請が必要とされるのはその為である。

 不況の影がちらつき始めた央華にとって、それだけの懐の痛みは、軍用ナイフに刺されたように馬鹿にならないのだ。


 この作戦中も、どれだけ本国高官面々の胃を締め上げたか、分かったものではない。

 が、そのお蔭で、今までこうして、“右眼”を守ることが出来た。

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