548.ラスト・マン・スタンディン
ず
き
ん……?
え、
あれ……?
なん、だっけ……?
なん、で、こんな暗いん、だ…?
あれ、昨日は、何時に寝た、んだっけ…?
今って、夜…?
電気が消えて、カーテンから、光が漏れてもいないから、
まあ、夜だよな…?
けっこう、深夜だよな…
いやこれ、目が開いてないだけか?
でも、朝とか昼なら、まぶたの内も、もっとチカチカして、薄明るいし、
っていうか、目、開いてんのか開いてないのか、分かんないんだけど、
なにこれ?
ねむい、で、あってる?
指先が、動かない、
動かない?感覚がそもそもない。
触ってる感じが、しない。
どうして、こうなってるんだ?
昨日、どうやって寝たか、寝る前に何をしてたか、思い出せない。
えっと、大事なことを、考えていた、ような気がする。
最後に、何を考えてたんだっけ。
頭の中で、反芻しようとして、顔も、声も、薄らいでいく。
なんだっけ。
なんで、だっけ?
友だちの復讐?
世界の平和?
日常を守る?
誰かを幸せに?
にーちゃんに言われたから?
ヒーローになりたいから?
生きたいから?
死にたいから?
なんで、
なんだっけ、
なんでこんなところに、
「こんなところ」?
ここは、どこだ?
なんだっけ、
なんだっけ、
なんだっけなんだっけなんだっけなんだっけなんだっけなんだっけなんだっけ
さみしい
なんで?
わかんないけど、なんか、そんな感じがする
なんでか、胸がいっぱいで、息が詰め止まるほど、
切なくて、でもなんでか、
分からなくて。
もどかしい、
じれったい、
固まりみたいなのが、喉の途中に引っ掛かって、
どれだけ口を大きく開けても、吐き出せない。
スッキリできない。
わからないことにイライラするのが、
きっと、これからずっと続くんだ。
こんな、
こんなの、
こんなのが、
いつまでも
じゃあ、もういいじゃん。
寒いし、体ダルいし、重いし、頭もお腹も痛いし、
別に、起きなくても、いいじゃん。
忘れるくらい、どうでもいいことやってたんだろう。
今すぐ思い出さなくても、まあ、そんなもんだろ。
転がったまんま、二度寝すればいいだろ。
楽だし、調子悪いのも、ひと眠りすれば治るかもだし。
今のこのつらさが、終わるんだったら、なんでもいい。
もう誰も殴らなくていいなら、
何も殺さなくていいなら、
それ以上があるか?
やっと、このゲームから降りれるんだ。
NPC相手に無双して終わりなんて、都合の良い話は無くて、
誰かを不快にさせる事でしか、居場所を作れないクソゲー。
何やっても、戦いになる。
どれだけ敵視しても、対等だって分からされる。
倒して良い敵とだけ、戦ってたはずだったんだ。
殺すしかない相手と、向かい合ってたはずだったんだ。
迷う余地なんてなくて、ためらいなんて下らない未熟、
そのはずだったんだ。
でも世界は、オレの為のものじゃなくて、
正義の為のものでもなくて、
人間の為のものでもなくて、
みんな、ただそこにあるだけの物を、
勝手に自分のものだって言ってるだけで、
全部が偶然だから、本当は全部にルールなんてなくて、
全部正しくて、
全部間違ってて、
そんなの、もう、
もういい。
もう十分頑張ったんだし、
もういいだろ。
いいのか?
ここで止まれば、見られないまま、終わっちゃうのに。
見られない?
誰にだよ。
誰に見られてたいんだよ。
どうでもいいだろ、他人の目なんて。
満足だ。
これで、満足だから、
ず キリ
痛い。
また、痛みが強くなる。
右の眼窩底に、隙間風が吹き込んで、ヒリヒリジクジク疼いている。
その下の頬を、腥い一条が伝い落ちる。
ヌルヌルとした、
汗、の、粘り気?
それとも、血?
ずき、
痛い。
なんで、
クソ、
なんで痛いんだよ、こんなに。
これからが、普通なのに。
今までの、なんか意味がある風な物体だった方が、
不自然だったのに。
最初から、そこには何もないのに。
無いことが、当たり前だったのに。
何か持ってるなんて勘違いで、
何も持ってなかったのに。
こんな、
まるで、
からっぽみたいに!
——いいや!
寒い…!
——いや!
ずっと、寒いんだよ…!
——いやだ!
どくり、
暗い中で心臓だけが浮き上がるように、
どく、
その存在感を鼓動で示す!
どくん、
忘れるな!
どグん、
お前に穴が開いている!
ずきり、
詰まりを呑み込みながら、
ずキん、
左胸から全身に活を届ける!
ひゅ、
お前は奪われたんだ!
ゥゥゥウウウ…ッ!
お前は失ったんだ!
ひゅ、
お前が欲しいものは!
オオオォォォ…ッ!
お前が最後に望むただ一つは!
「カンナあああああああああああああアアアアアアアアアア!!」
血流が通る。
失見当識から抜ける。
胸や腹の中からアーマーの破片を摘出。
失われた左腕も骨も器官も臓物も、魔力の流動と細密操作に代わりをやらせ、
原形がある程度残っているところは、細胞同士を癒着させて修復。
破れたり裂けたりしている部分も同じ要領で仮接着。
俺は死んでない!
終わってない!
まだ彼女に逢えていない!
俺が望むのは、
彼女にカッコよさげに見られることだろ!
「コケに、しやがって…!」
血管だけの外見となった左腕を握り、開き、腹に力を入れて腹筋の運動の再現が成り立っている事を確認、上半身を起き上がらせる。
「ひゅ、ゥゥゥウウウ…ッ!」
麦の穂波に脚を浸からせ、三つが立っている。
腕が全部で4本になった“刺面剃火”。取り回しの為か、魔具の剣身が短く切り詰められていた。
その胸に、カーボンブラックの金属で作られた、鳥籠型の突起。
まだ破壊されていない。
他に居るのは、後ろ肢が一本欠けて槍を杖にしている“醉象”と、胸が潰れ抉れて片目も無いのに、口角が三日月みたいに曲がっている“号砲雷落”。
「やあ…、君も、飛び入りかい?」
ヘルムの左半分が溶けたことで、外気に触れている左眼で、その下品な笑顔を睨む。
顔の左側、爛れが風でピリリと痛む。
「ひゅ、オオオォォォ…ッ!」
右の眼窩に比べれば、なんてことなく感じるから、無視する。
皮膚がちょっと焼けたくらいで、治そうと処理を割くほどに、暇を持て余せる状況じゃあない。
「メンツは、まあ、こんなものかなあ……?」
他は、地面に転がされたまま。
傷の深さが酷くなっている人もいる。
俺の意識がトんでる間に、バッタ野郎がもうひと暴れしたのだろう。
立ち上がり、麦畑を踏み倒しながら、死出の列に並び直す。
俺達4名。
円陣のように各々を配し、それぞれが負傷のせいで前傾姿勢となり、鹿が角を突き合わせるみたいに、互いの視線を戦わせる。
「hopper君は、“右眼”を壊したい。僕もそっち側だけど、でも一番は『戦いたい』。2対2なんかダメだ。四巴が良い。cyborg君は“右眼”を守りたくて、で、ボウヤは?」
「誰にも渡さない。カンナは俺のものだ」
〈問題外。ミクロの視点しか持たない、即物的でさもしい俗物〉
〈貧すれば鈍す…、鈍すれば窮す……〉
「僕らの感性が貧しいって言いたいのかい?僕が貧しかったら、殺意を滾らせる理由になるのかな?だったら『貧しい』ってことでOKだけども?」
「どいつもうるせえ…!『自分の思い通りにならなくてイヤだ』ってだけのことを、ゴチャゴチャと…!脳ミソまで虫の死骸でフン詰まりか…?」
喋っている内に口の中が粘ついたから、それを舌で掬い丸めて吐き捨てる。
赤い色をしていたが、知ったこっちゃない。
カンナとの約束も果たせてなくて、恩の一分でも返せてないのに………
それは違う!
「俺は最初から、俺の為だけに拳握ってんだ…!」
俺はカンナのことなんか思っちゃいないだろ!
俺は俺の「厭」の為だけに来たんだろ!
カンナが見てすらいないところで、このまま終わるなんて「厭」なんだろうが!
あいつが見てくれるから、戦える、生きていれるって、そんな相手に寄り掛かるようなこと言うなら!
「全員かかってこい!俺はやりたいことをやる!」
お前が死んでも彼女を守れ!
彼女の「面白い」の為に、動ける最後まで戦え!
「カッコいい」死に顔だけでも、彼女に見せるんだよ!
「Good!気に入った!」
〈こまぎれにしてやぁるるるる…!〉
〈総員に告ぐ。殲滅を開始…!〉
もうダンジョンから出た後の事は考えなくていい。
この数になったんだ。単騎で逃げる以外の道がなくなった。
最後の一人になることだけを目指せばいい!
勝つ!
命を払っても勝ってやる!
俺にそれが出来るって、カンナに見せてやる!
それ以外余計なことは切り落とせ!




