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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十章:だとしても、そうだとしても

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546.「解くな!」

「思い上がったクソフランキーも、頭のおかしなNS(労働者党)も、ぷるぷるこごえて逃げてった……!」


 リーゼロッテは聞かせてやる。

 キリルという国を、不沈ふちん不落ふらく城塞じょうさいとした、

 天理天然てんりてんねんにして世界最硬(さいこう)の防御力について。


「お前もこれから加えてやる…!その敗軍の列の末尾に…!」


 双頭の鳥を手指で作りながら、左の肘を円環に引っ掛けて持ち堪える。

 だが今この時も、ダンジョン内の酸素濃度は薄まっている。


 肉体の時間遅延は解除された。冷気と合わせて、低酸素大気の害が及ぶのは、人間もモンスターも平等になった。

 いいや、肉体の脆弱さで言えば、不利がどちらかは明らかだ。


 “奔獏ジェスター”が手を離し、“嘆きの湖”に囚われ死んでくれれば、それは勝利だ。

 だが気道を痛めつける極低温や、低い酸素分圧で、リーゼロッテの意識が先についえてしまえば、その殺傷能力を自身で受ける事になってしまう。


 冷たい殺意は、諸刃のつるぎ

 つかに棘を持つ薔薇の牙。


 人が持つには、手にあり余る。

 使うにしても、限度があるべき。


「「リーゼ…!この、この冷却速度では…!」」

「………」

「「リーゼ…!」」

「大丈夫、ガヴ……、だいじょうぶ……!」

 

 彼らに背を向けるリーゼロッテは、何の根拠も語らず続行、どころか出力をますます上げる。


「足りない……、あいつ、まだ、つかめてる……!」

「「リーゼ!これ以上は!」」

「まだ、まだ、もっと、もっと…!たりない…!あいつを、振り落とさないと…!」


 互いを片腕で抱き寄せ合う“聖聲屡転ガヴリール”の器、その片割れがリーゼロッテの肩を揺さぶる。

 ツン、と、指を貫く、痺れるような痛み。


「「やめなさい!先にあなたが呼吸できなくなる!」」

「まだ…!もっと…!だいじょうぶ…!ころす…!もっと…!だいじょうぶ…!」

「「リーゼ…?」」


 この魔法の威力を最大化する為には、厳しい寒さをその素肌で感じていなければならない。寒がりな彼女が戦場でも厚着をしない理由はそれである。


 強力に発揮されるその必殺技の副作用として、彼女の精神力は凍傷《凍傷》のザラつきで削りおろされていく。

 脳が暑さを錯覚する“矛盾脱衣”現象のような、一時いっときの救いすら働かないよう、身体機能を調節する効果すら、その魔法は孕んでいる。


 その結果、

 

「だいじょうぶ…!ガヴ…!わたし…!だいじょうぶ…!」

「「リーゼ、あなた…!」」

「わたし、できてる…!」


 聞こえていない。

 この極限環境下で、“零景カキュタス”にほぼ全魔力と処理能力を注ぎ込んでいるため、会話能力すら喪失している。


「できてる…!とっくに…!」

「「リーゼ、お願いです…!」」


「『覚悟』…!私には、ある…!」


「「止まってください…!」」

「!まずい!移動してください!」


 悲痛な嘆願に応えたのは、彼らの背後の六波羅。

 反射的に円環が出力を上げ、横に引っ張りズラす。

 

 そこに現れるのは胴長イルカ!

 “飛燕サルタドール”!

 

 口先での一穿いっせんを外したそいつは頭を横向け、その額から三半規管を狙った音波攻撃!

 だが六波羅の演奏で相殺される!


「「父のめいを…!」」


 そこから再度飛び込んで来るそいつをビートの爆発力と円環の推進力で回避!

 この極寒低気圧の中、動きが鈍くはなっているが、けれど意識はハッキリと研ぎ澄まされている!

 

〈海棲肺呼吸をナメないでよねっ…!〉


 その頭を幾らか床にズブズブと沈め、


〈日常茶飯事なんだよ!ずっと息を止めてるなんてさッ!〉


 それと共に人間達を挟み込むように、彼らの背後から上下逆の尾ビレが現れる!

 地中では腹を上に向け、ラッコのような姿勢を取って、彼らが口先に突かれるのを嫌がり下がった所を、っぽに待ちせさせたのだ!


〈削り取ってやる!〉


 打ち上がった尾ビレが床へと振り下ろされ、そこにゲートが開かれる!

 そこに円環は突っ込んでしまい「“神呪拝授供犠饗餐リューカー・マイナー”」


 金色の騎士!

 それが炸裂し彼らを押し戻す!


「やっとお目覚めですか!」

〈成程腕の良い探偵だっ!口の利き方なんか特に!〉


 知恵の輪のように、メインの光輪と噛み合わさっていたもう一つ。

 そちらに嵌まった状態で運ばれていたメナロが、六波羅の拍動の影響で覚醒し、取り敢えず目に見えた危機に即応!


「ロイヤルファミリーの礼儀作法に則った方がいいですかい!?」

〈無駄な時間を割ける局面に見えているのなら、かなりの大物とお見受けするっ!〉

「普通に『必要ない』って言えよエスプリボンボンめ!」

 

 “飛燕サルタドール”の細い口と金色の騎士の細剣が決闘のように打ち合い、こすれ合う!

 白き円環の軌道はより不規則に、そこをなぞるスピードは速くなる!


——なんてこった、だよ…!

 

 イルカは歯嚙みする。

 状況が良くなさ過ぎる。

 

 “奔獏ジェスター”を口の中に保護し、腹の中、“向こう側”に拡張した空間に匿うのが最善。

 に見えるが、ある一つの駒の存在が、それを許さない。


 吾妻漆。

 “徴崚抜湖トランスポーター”。


 奴の能力を上手いこと使えば、腹の中まで踏み込んで来る危険がある。

 それでも、一対一なら“奔獏ジェスター”は負けないだろう。

 けれど、実情は一対一対一なのだ。


 イルカの腹の中、その拡張空間には、既に一体が軟禁されている。

 “臥龍メガサウリア”、催眠状態の彼女だ。


 その眼を覆い幻術に閉じ込めている鏡を割られ、彼女が自由を取り戻したら?

 “右眼”を破壊させまいとする側に付く。

 つまり今だけ、彼女はれっきとした潜在敵対者なのである。


 吾妻の前で、迂闊に口を開けられない。

 となると、狙うはリーゼロッテを狙い撃ち、あの魔法を止めさせること。

 エントロピーは増大していくのが摂理。それを曲げているあの現象は、魔法による働きかけがなければ、確実に破綻し消えるだろう。


 だからこちらに突撃した。

 けれど、二組残った“聖別能徒パウエルズ”と、六波羅とメナロというグランドマスター2名までもが護衛となって、それを阻んでいる。

 

 この空間は閉じているから、遠くに逃げられることはない為、冷気と酸欠の巻き添えは喰らわせられるが、時間が掛かり過ぎる。


 その前に“奔獏ジェスター”が落ちてしまう!

 

——もう、ここまで、かな…!


 潮目、潮時が見えていた“飛燕サルタドール”。


 一方、「時間」に追い詰められていたのは、“聖聲屡転ガヴリール”側も同様である。

 彼らの目には、リーゼロッテが持つ全てのリソースが限界に見えた。

 ill(イリーガル)が音を上げる前に、一人の女が折れる方が先。

 その予想は正しいように思えた。


——やめさせるしか…!


 それは奇妙な思考だった。

 信じる何かの為に、戦い抜くと決めた戦士の背中を見ながら、

 天使はそれを引き留めようとしていた。

 

 そうあれかしと、彼らが教えたと言うのに、

 知らず知らず、彼女を助けようとしていた。


 根底にあるのは、疑念。

 これは、“自死”なのか。


 これがもし禁忌に触れるなら、彼女はその身を焼かれなければならない。

 審判の日に、置いていかれる側として裁かれる。

 天国には、二度と到達できない。

 信じるがゆえの行いが、自らの救いを捨てる事になってしまう。


 それは、

 それはあまりに——


——あまりに…!


 器の右手に、小さな光輪が生成される。


「「父の罰を」」


 それを首枷としてリーゼロッテに装着すれば、魔法発動を強制抑制、彼女は敵の手で負かされて死ねる。

 天国から見放されることはない。


——もう“奔獏ジェスター”の肺と腕は、ボロボロだ…!

 

 “飛燕サルタドール”の焦燥が強まる。

 魔法が消えても、この現象そのものが、すぐに収まるわけではない。

 早めに死んでくれなければ、その残り香のような極寒で、諸共道連れで殺されてしまう。


 それに傷や身体の失調が深まれば、逃げることにも支障をきたす。

 この嵐を生き残り、或いはダンジョンごと消滅させても、ヘロヘロになった所をリンチされて、殺し切られるという危険がある。


 判断が後ろ倒しになるほど、生存率が低まっていく。

 ギリギリになってからでは遅い。

 今ならまだ、遠くへ逃れられる。


 ダンジョンを追い遣り、あの寒冷爆弾も一緒に無きものにするのだ。


「「リーゼ…!」」

 

 密かに円環を首元に近付ける“聖聲屡転ガヴリール”。


〈ジェスター!〉


 ダンジョンの構築に手を掛ける“飛燕サルタドール”。










               〈「くな!」〉










 声は同時だった。


 奇遇にも、その二つは重なっていた。


 考えを共有されていたわけでもないのに、

 互いに何かを感知したかのように、

 彼らは救いを拒絶した。


 両者ともに、耐えるつもりだった。


 刺し違えてでも、敵を滅する構えだった。


 今やドーム内の床、壁、天井に薄い氷膜ひょうまくが張られ、


 気流のはげしさや熱せられた気性きしょうとは裏腹に、


 室温の寒々しさは深まるばかりだ。

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