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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十章:だとしても、そうだとしても

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543.人肌の嘆息

「「二度と、使わないでください」」


 強い口調で厳命されている時、彼女は何故か嬉しくなっていた。

 怒られるのは好きじゃない筈なのに、不思議な話であった。


「でも、使えるように、なっとかないと……」

「「その前に、あなたの命を含んだ、大量の知見が喪われます。その試みは、大いなる損失に見合いません」」


 「やるのであれば、あなたの価値を最大に引き出した後、被害を最低限度に抑える安全管理が整ってからです」、

 情緒ではなく、情報量として、彼女を使い捨てるのは無駄遣いである。


 だから、今はやらない。

 もっと他に、出来る貢献があるから。


——なあんだ、ちょっと残念


 そう思った自分に、また少し驚く。

 残念?

 何がだろうか?


 彼らが理を説くのは、いつものことだ。

 そしてそれには、納得できる。

 納得したから、彼女は心から救われた。


 彼らが言う事に首を傾げたことなどなく、それは今だってそうなのだ。


 神に言われたからではなく、細かい事にも過剰に回転する彼女の頭が、彼らの言葉に頷いている。

 少なくとも、反証の理屈を見つけたことはない。

 それらしき事を言っても、大抵は自らの視点の浅さ、狭さを思い知らされて終わる。


 それに不満を持ったことはない。

 なかった筈だ。


 それでは、何が残念だったのだろうか?


「「リーゼ?聞いていますか?」」

「聞いてるよ……ガヴ……」


 とりとめのない思索を止め、目の前の大切な“隣人”に向き直る。

 彼女はベッドから起き上がり、けれど肌寒さを感じ、両肩を抱く。

 

「「どうぞ」」


 差し出される紅茶を口にすると、ほうっとした薫香くんこうと共に、喉から胸へと暖房が伝導する。

 その一瞬だけ、普通の少女に戻れた気がした。


「ありがと……」

「「あなたにさちおおからんことを」」

「ちょっとあったまったら、またお手伝い、するから……」

「「いいえ、それには及びません」」


 変わらぬ底冷え以外、特に体に異常はない。

 彼らの魔法によって、治療も万全。

 だから彼女は、特別疲れているわけでもなかったのだが、どうしてか研究の続行を制止された。


「「あんな事があった後です。今日は休みましょう」」

「別に、良いんだよ……?体力ならまだ大丈夫」

「「機材が破損しました。復旧に時間を要します」」

「だったらもっと小さい所で出来るやつやろうよ。いつもやってるやつ」

「「けれど精神に不健康な負担を掛ける事に——」」


「ガヴ?私、『覚悟』してるよ?」

 

 少し様子がおかしい彼らに、不思議がりながらも改めて教える。


「ガヴが、教えてくれたんだよ……?私達って、『無限』、なんだって……」


 彼女はもう、それを理解していのだと。


「だから、ね?そんなに、その、ショックじゃない、からさ……」

「「………」」


 沈黙。

 彼らがここまで答えに窮するなど、思ってもみなかった。


「「いえ、やはり、今日はお休みなさい」」


 そして、理屈を跳び越えて、そんな事を言われるのも。


「ガヴ……?」

「「あなたに自覚がなくとも、僅かな負荷が積もり積もって、という場合もあります」」

「ねえ、」

「「あなたは価値ある恩寵の拝受者ですから、焦りに惑わされず慎重に慎重を期して」」


「もしかしてだけど、“心配”、してくれてる……?」


 むっつりと押し黙ってしまう。

 いつもの応酬とは、まったく様相を異にする戦況に、彼女は困惑しながら重ね問う。


「自惚れだったらゴメンだけどさ、さっきのアレ、私が自害したって判定になっちゃうかもって、それでやりたくない、とか……?」

「「………」」


 面白くなってきた。

 ここまで口が弱い彼らを見るのは、初めてかもしれない。


「……結構、心配性しんぱいしょう……?」

「「返答もないまま、決め付けないでください」」

「ふーん…?そうなんだぁー……?」

「「リーゼ?聞きなさい?」」


 自然に緩む口元を誤魔化そうと、逆に不自然なくらい大袈裟な笑顔を作る。

 今すぐ毛布の上で飛び跳ねるくらい嬉しいのを、悟られないようにする。


「さっきも、怒ってたの……?」

「「怒ってなどいませんよ」」

「咄嗟にカッ、ってなっちゃうくらい、心を動かして、くれるんだ……?」

「「………」」


 愉快さがクスクスと、綿毛のような吐息となってこぼれる。

 二人の男女の頭上、こちらに面を向けていた円環が、横へとはん回転。

 それがまるで、バツが悪そうに顔を背けているみたいで、可愛らしくて笑みが深まる。


「じゃあ、今日はお休み、するね……?さっきのも、もう使わない……。誰かさんが、『心配』、してくれたし……」

「「過程の認識に齟齬が生じていますが、問題にするような内容ではありませんので、寛容にその理解を受け止めます」」

「うんうん、ありがとうね……?」


 一頻ひとしきり笑っていたら、本当に眠くなってきた。

 まだ日が傾いたばかり、しかも気絶から復活したてなのに。

 もしかしたら、本当にどこかで気疲れしていたのかもしれない。


 それとも、喜んで、安心して、気が抜けたのか。


「おやすみ、ガヴ」

「「おやすみなさい、リーゼ」」


 彼女は、彼らの言いつけを守った。

 と言うより、どんな事であれ、従わない事はほとんどなかった。

 

 我儘を言って困らせたりする事はあっても、最後はちゃんと言う事を聞いた。

 その辺りが、彼女の「甘え」のラインだった。


 彼女は彼らに親をやって欲しかったのだろう。

 自分でそう分析できる。

 そして妙にさといから、どの程度までそれを求めていいか、どこからが“契約違反”になるか、それを見極めるような事もしていたのだろう。


 彼らが、彼女との協力関係として、一種のビジネスとして、その頭を撫でてくれる。

 彼らから与えられているものは、特別なものではないのではないかと、どこかでそう恐れていたのだろう。

 

 「無償の愛」を信じきれていないのか、或いはそれに、実は価値を見出せていなかったのか。


 ともかくとして、彼女は彼らの意思を、裏切ったことなどなかった。


 


 だから、これで一回目だ。

 そして、たぶんこれが最後だ。




 “奔獏ジェスター”がダンジョンをび出した、それを察知した時。

 彼女はすぐに、その判断を実行に移した。


 被害範囲がどうなるか、それで最後に生き残るのは誰か、それは分からない。

 だが、それがなければ全員全滅、が確定した。


 負け確実の中で何もやらずに、甘んじてそれを受けるよりは、断然良いという道理が通った。


「「!いけません!リーゼ!」」


——ごめんね、ガヴ


 彼女は既に、それをスタートさせていた。

 

 完全詠唱時と同じ掌印で、魔法に刻まれたシステムをフル稼働。


 気温も、水温も、壁や床の表面温度も、一斉に引き下げられていく。


 自由落下のように、低く低くと加速していく。


 本来ならその程度の広さ、数秒で平らげる。

 遅延の中にあっても、侵略はそれなりに速い。


 凍土を作る?


 雪崩を起こす?


 ()()


 もっと確実に、息をするもの全てを殺す。

 

じろ、“零景カキュタス”」


 ここからは、


 神以外の全てが即死圏内だ。

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