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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十章:だとしても、そうだとしても

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540.「逃げていい」と言われたのなら part1

 走る。


 両手で土を掴み、体を引き寄せる。

 両足を後ろに蹴って、頭から更に前へ。

 水切り石のように跳ねながら遁走とんそう


「ハッ…!ハッ…!ハッ…!ハッ…!」


 爪の間に土砂が入る感触。

 カサついた皮が、ボロボロ剥がれていくような不快感。


 魔法が自分の一部とは言っても、変身部位が触れるイヤな感覚まで感じられるほど、神経がびっしり繋がっておらずとも、いいじゃあないかとそう思う。


「ハッ…!ハッ…!ハ、ン…ッ!」

 

 左足に籠める力を大きくし、右に飛んで木の幹でキックジャンプ。

 さっきまでの自分の背中側、真後ろから突っ切るのは気を裂く塊。

 たぶん、あいつの表皮だ。

 あの恐ろしい、岩肌のイルカ共。


 木から木へ、時にはまた地上へ。

 倒木とうぼくを跳び越え、地面を蹴り抉り、直線ではない不規則方向転換軌道。

 空気抵抗が少し大きくなることを承知で、耳を張り立てて音に傾注けいちゅう

 発射音を聞き、大きく横へ。


 高い草の中に身を隠すも、枝の上に飛び乗ったイルカの一匹が、散弾を幾つも撃ち下ろす。

 足下を削りながら全力四足(よんそく)跳躍疾走。

 粉塵を煙幕がわりにするも、迷うことなく追ってくる。


 “逃げている”ことで能力に上方補正が入っている今であれば、遠距離からの亜音速弾を避けるくらいは出来る。

 音とほぼ同じレベルのスピードで撃たれていたら、為す術もなく背中から砕け散っていただろう。


 逃走者本人は詳しくは分かっていないが、それでもこの時点でかなりの幸運に恵まれたことは、本能的に気付いていた。


 あのダンジョンの中で、全く異なるローカルを成立させる為、“奔獏ジェスター”は大規模遅延領域を解除せざるを得なかった。

 “雄戴噛惣ダイアウルフ”の爆熱から遅延と屈折によって守られていた林の中へ、駆け込む者にとっての最大の障害は、勝手に消えていた。


 見晴らしのいい平坦な地を逃げるより、視界が幾らか遮られる木々の中で、曲折きょくせつする逃走コースを描く方が、遥かに敵の命中率を下げられる。

 そこに入れた時点で、勝率は飛躍的に上昇した。


 道化とイルカ、ill(イリーガル)本体が両者とも、戦線を離脱する相手に構えるほど、余裕を残せていなかったのも幸いした。


 「辺獄現界アマゾニン・ダンジョンを成立させた人間」、それの殺害は本来最優先事項となってもおかしくはない。

 それでも合成イルカ数体が追い掛けるに済んでいるのは、「将来の脅威」より「目の前の死」に対処せざるを得ない、という切実な理由からだ。


 八守月夜の、主と共にある逃避行は、そういった複合要素によって、いまだ続けられている。


「ハッ…!ハッ…!ハッ…!ハッ…!」


 また地を掘り上げ、弧を繋ぎ描く連続跳躍。


 背中の背負子キャリーボーンに固定され、揺られている巨漢。

 主であるニークト。

 身の丈180cm超の長身。

 脂肪から筋肉へと変わった体重。


 おのが体躯を遥かに上回るそれを負っていながら、追い着かれないくらいの速度を出せているのは、その魔法が“逃げる”事に関して、極めて優秀である事を示していた。


 ルカイオス本家の騎士団に同行し、この島に乗り込むと主が決めた時、自身も同行すると言い張ったのは、今から思えば随分な命知らずである。

 ニークトはあれこれ、ill(イリーガル)や永級ダンジョン、日魅在進と“可惜夜ナイトライダー”について語り、思いとどまらせようとしていたが、八守は聞く耳を持たず、意地で付いて来た。


 その命は彼の為に使うと、そう決めていると一点張り。

 お蔭で今、彼の命を救えている。

 だから、後悔などしていない。


 ダンジョンを破壊する為に、ニークトが成し遂げた何らかの無理。

 あのダンジョンの中で、絶えず吸っていた燃焼後の外気。

 彼が戦闘続行不能になる理由は様々だ。


 特に激しい燃焼現象は、周囲の酸素を瞬く間に吸ってしまう。

 人間は呼吸が止まった状態にはある程度耐えられるが、酸素の少ない大気を吸えば、一瞬で危険な状態に至る。

 ディーパーであっても、それは同じこと。


 外見からは想像が難しいほど、内部に重篤な機能不全が発生している、そう見るべきだ。

 ニークトは、暫く起きない。

 

 同行していた六波羅探偵は、これ以上の追跡者が差し向けられないよう、ill(イリーガル)の本体を押さえてくれている。

 詠訵三四は、どこに行ったか、戻って来るのか分からない。その命はもうないのかもしれない。


 これ以上、他の誰かの助けは無い。

 八守だけの力で、この難局を抜け主を生かすしかない。


 この場に自分が居なかったらと、そう思うと、

 山中で道を失ったかのような、苦しく詰まった不安に襲われる。


 あの勇気、あんな無謀、主の意向を無視するワガママ、

 そういったものを押し通していなければ、八守は何も出来ずに、最も大切な人をうしなっていただろう。


 それら、運が向いた上でなお、薄氷を渡る道。

 こちらから甲乙判別つかない、単なる偶然を乗りこなすしかないという、人が最も不得手ふえてとする走路。


 八守はそこを走るしかない。

 己の身一つ、それが持つ能力以外、何一つとして頼れない。


 人が、他者から完全に切り離されて、たった一人で“自然”や“摂理”というものの容赦の無さと向き合わされる、それを自覚した時に、感じずにはいられない孤独、恐怖、怯懦きょうだ

 

 それが体を震わせ、ふるい立たせる。

 自分がここに居なければ、主は死んでいた。

 彼が助かる唯一の道に、自分はれている。



 それは重圧でもあり、幸福でもあった。

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