527.竜よりも神よりも恐ろしく
「「父の恵みを」」
光輪からの清らかな祝福。
彼らを照らす投光器。
藍夜の中で、騎士と戦士と天使が照り映える。
「「残念でしたね。悪魔よ。打ち倒される者よ」」
遅延。
或いは低加速度地帯。
それは満足に働いていない。
「「私の魔法は、依然何の差し支えもなく行使されます」」
ここがダンジョン内であれば、当然ではあった。
魔素なのか、それとも別の何かなのか。
ダンジョンは“伝える”機能を持つ何かを保有している。
そして“聖聲屡転”は、それを媒介に利用できる。
その意思を、霊を、深き辺獄の底にまで届かせる。
「「それで勝ったおつもりでしたか?」」
ローカルは強まったかもしれないが、それすら解呪する世界三位の魔法発動は継続。
それが天敵たる吾妻漆を確保、彼女の全能力に委細異常なし。
“奔獏”のダンジョン生成、或いは召喚は、肉体の傷をリセットする事以外の効果で、ほぼ不発と言えるだろう。
「「御覚悟を」」
「今度こそ仕留めんぜー」
掌印を結び直し、離れた地点に一本足着地をした道化師を視界に収め、完全詠唱準備に入る吾妻。
そして救世の白輝が、黄金板によってその矛先を向き直され、まるで見せ場が来たとでも言うように、ピエロ目掛けてサーチライトのように投射される。
それを征途として騎士団が駆ける。
ここが何処であろうと変わらず、先程の包囲討伐を再現するつもりだ。
“奔獏”はそれを、ただ黙って見ている。
否、
見てすらいない。
彼の頭は、一色の空にたった一つ浮かぶ星光に、
眼球を貫き脳に刺さり止まる魅幻の方角に、
一心不乱に固定されていた。
〈夢王星……、散りばめられた夜景の一つ〉
乗研は黄金板の一つが、妙に重いように感じる。
〈だがそれは惑星であって、恒星ではない〉
どうやらうっかり、救世教の光から外れてしまったらしい。
〈それは、撥ね返した綺羅めき〉
天使の後光の力を借りて、それを回収しようと、別の黄金板の角度を変える。
〈火球から出て、星にぶつかる〉
黄金の端から火花が散った。
固い石と擦り合わされたようだった。
〈あの光には、二重の“過去”が、もう無くなった今が、籠められている〉
黄金板が、炎上した。
「なんだ、とおぉお……?」
人間達は、止まった。
自らのすぐ横で起こった現象が、理解出来なかった。
全くの未知だったから、ではない。
既知なのだ。
彼らはそれを知っている。
「あ、あれって……!」
〈このタイミングで現れた…!?否、ダンジョン内で待ち伏せていたか…!〉
「ち、ちげー……!話がちげーぞ…!?クソチビ……!」
『ありえない、のです…。それは滅ぼされたと、そう聞いているのです…!』
〈なに……!?〉
中でも丹本陣営の動揺は、目に余るものがあった。
幽霊を見たかのように、蒼白だった。
『それは、“可惜夜”の手で、融滅されたと…!』
〈……!?ばかな…!証言者の考え違いでは……!〉
〈思い出したか?皆々様よ〉
“奔獏”は、手足が細長い道化はやっと、
暗い水晶の中に、一点だけ星を宿した、その目玉を人間へと向けた。
〈その口で今こそ呼んでみよ。お前達が付けた名を〉
暴き立てるようにも曝し上げるようにも、
そして祭り上げるようにも見えるライトの中で、
デフォルメされたピエロ頭を柄にした、一本の杖を後ろ手に持ち、片脚ずつ曲げ伸ばしを繰り返す舞踏。
〈ご唱和ください。彼の名は?〉
全員が異口同音に、頭の中で答えを揃えた。
“火鬼”。
「急いては尽く焼き損じる」。
〈おっと、これは私が言わにゃあ〉
口元を片手で押さえ、「しまった」のポーズを取ってから、
〈“紅洛炎”〉
聞き覚えの無いダンジョン名を唱える。
それは、もう滅んだ筈であった。
もうどこにもいない筈であった。
よりにもよって、“可惜夜”が下手人。
仕損じる事など、無い筈だった。
「どう、なって…!?」
「「けれど、けれどしかし」」
「そっ、そうだよ、ガヴが言いたい事わかるっ!こっちの魔法でローカルが解呪されてるのは、変わらない!」
その通りであった。
鳴り物入りで姿を現した、ダンジョンの亡霊。
だが、ローカル無効は変わらない。
“聖聲屡転”がその息吹をここまで届けられているのなら、依然状況は優勢なままである!
〈虚仮脅し!流石、舞台演出家としては一流か、伊達男!返礼として、こちらも得意をお見せして差し上げよう!各騎続け!折角の余興を盛り下げぬうち——〉
カッ、と、
時間が大きく跳んだ。
飽く迄、「そう見えた」という話だ。
彼らの頭上の明度が上がり、そこに含まれる白が増え、昼の空のように冴えわたった。
太陽が上った。
これも、比喩だ。
太陽のような強い光源が、彼らの肌をチクチクと焼いた。
その正体を、皆が確かめようとした。
向いた先には、白金が立っていた。
巨神が、燃えていた。
〈………それしき……〉
フルマラソン後のインタビューでも受けているかの如く、
メナロの祈りは浅く息を喘がせる。
〈それしきのこと……、兄上には、神格の前では……!〉
〈そこの彼の魔法は、自分を神に高める事〉
歌う。
飛び切りの喜劇を演じる。
〈その所作の節々に、髪の一靡きにも神秘が宿る。
自身の動作の全ての結果を、極大の事象へと昇華する〉
ルカイオスが目指した神とは、スケールの大きい者達の事だ。
涙や血から別の神を生み、
腕を振れば天候が割れ、
のたうち回れば地を崩す。
〈その神が空を裂く、その結果として生まれた火とは——〉
——どれほど素敵なものなのだろうか
全ての動作に神性を付加する。
その魔法が、空力加熱を増幅するローカルと合わさり、
神話級の火炎を、混沌を生み出す。
〈これからここは地獄になるのだ〉
赤熱し、青熱し、白熱に至り、
収縮し、膨張し、拡散し、
爆裂する。
波濤が神経を熱々に溺死させる。
空は正午のように気持ちよく澄んで、更に晴れを濃くして闇以上に人の目を覆う。
〈物の喩えでなく、聖典に書かれるような「地獄」に〉
まず始まりに、巨神ありき。
〈巨神の体から火が生じ、それが世を白々と覆いて、
功も罪も斉しく焼いて、一つの無秩序に還帰せり〉
神が死に、
その偉大なる骸から、
世界は再創生される。




