522.異形を討伐せよ、偉業に到達せよ part2
『ま、待つのです……』
その制止は、吾妻と対する側からではない。
彼女の背中側、丹本勢力から為された。
『あなたの論は、戦術的合理性などではないのです』
「なーに言ってんだ?聞ーてた通り、これが今の最善だろーがよくノ一ちゃーん?」
『一見理論立てていますが、その実あなたの目的は、シンプル一つなのです……!』
乃ち、その手でillの討伐をする。
『今奥に向かって、そこで敵性モンスターだけがダンジョンから戻った場合、私達の取るべき行動は、言うまでもなく全力離脱なのです…!ですが………』
「成程、こいつはそれじゃあ困るわけだ」
「おーいなんだよリュージまでノリわりーこと言ってよー」
乗研が知る吾妻漆。
その本筋根幹が変わっていないとするなら、
「『デケエ事』か。よぉく分かったぜ?魂胆が」
世界最強と戦える機会、
そいつらを国の“目”が見ている前で倒せるチャンス、
彼女がそれを、タダで逃すわけがなかった。
「この島での戦闘が終わる前に、とっとと手近なイリーガルと一戦交えて、それで派手にぶっ飛ばせれば、テメエにとってはミッションコンプリートか。いや、そのまま進軍して、より沢山殺せばよりベター、か?どこまで欲張るつもりでいやがる?」
「リュージ、おいリュージー?何言ってんだよ、なぁに言っちゃってんだよー?留年のし過ぎで脳味噌ふやけちまったかー?糠味噌になって腐っちまったかー?」
ズカズカと歩いて近付いた吾妻は、乗研の両肩を叩くように手を乗せて言う。
「デケー事やるにゃ、功績が、信用させる何かが必要だろ?デケー案件を回されるに足るヤツだって、証拠が要る。そーだろ?俺達が『ドデカいプラス』だって、『当たり前』じゃねー連中だって、そう見せなきゃ、偉くはなれねー。どんだけ俺がシゴデキでも、“上”に立つ事を認められねー。そーだったよな?」
「………!」
予想、していなかった。
予想以上、予想外に、
彼女は彼の予想通りの言葉を吐いた。
彼女はまるで、変わっていなかった。
「『コーケン』だよ。43回折った紙で、ケツ拭いてポイ捨てしちまっても許されるよーな、デッケー幸福を作んだよ。そーじゃなきゃ、マジにスゲー事をやったとは言えねー。その為に、ジョーシキから外れた、ヤベー功績がなきゃいけねーんだろーが」
「だろ?リュージ」、
肩と、それから胸板をノックするように叩く。
そうだ。
彼が、そう言ったのだ。
そんなことを。
「まだ、そんなことを…!」
「まだってななんだよ?俺は最初っからずっと、その話しかしてねーよ。だからコーボクとかゆー性に合わねー事もやってんだ。マジでドカンと、スゲーデケー事やったって、その満足と納得の為に、俺は進んでるんだぜ?」
「あんなのは、ガキの遊びだろうが……!」
「だからそのガキの屁理屈が、俺の人生で俺を一番納得させたんだって…!『納得』だ、リュージ…!その言葉の重さが分かっか?俺はずっと、納得行かなかった…!俺は他より何でも出来んのに、なんでこんなにしょーもねーのかって…!」
けれども彼女は、「納得」した。
してしまった。
「まだ俺は、ホントの『デケー事』、やってなかったんだ。ホントのホントに、ムズくて偉い事、手を出してなかったんだよ、リュージ…!お前がそー教えた…!」
『任務より功名心を優先する、危険な思想傾向なのです…!その私的主張をこの場で強行した場合、い、五十嵐特別防衛局長に、ご報告させて頂くのです…!』
「好きにすりゃーいーじゃねーか。だがよ、俺はそんなもんで止まらねーぜ?」
彼女は遅延領域に背を向け、明滅する白金色へと歩き始める事で、反論に一切取り合わない態度を固持。
「五十嵐のオッサンはたぶんよー、俺の事気に入ってっからあんま言わねー。信頼関係とか、リョーコーな関係ってヤツ」
「つっても、他の連中の手前ってのもあるだろーからよ」、
そう言って身を反らしながら振り返り、
「土産話くらいは、持って帰んねーとな?」
例えば、
永級ダンジョンの化身に人類が勝利する、
その歴史的転換点を作った、であるとか。
「結果出しゃーいーんだよ。それに、他にもっと良ープランあるかよ?俺がどんなバカだろーと、作戦が合理的なら、テメーら文句言えねーだろ」
『………』
黒衣は黙る。
恐らくその口元は、強く軋んでいることだろう。
「やるぞ、リュージ。
悪徳企業様なんか目じゃねー、倒すべき巨悪ってヤツだ。
明胤生徒会総長なんて比べ物になんねー、最高の称号ってヤツだ」
彼女に迷いはない。
今の此処には、そういう職務だと割り切り、覚悟が済んでいる者と、
乗研竜二その人だけ。
「巻き込んでも良いやつ」しか、立っていないのだから。




