522.異形を討伐せよ、偉業に到達せよ part1
「ンだと……?」
「だからよー」
唯一“奔獏”ラインを素通り出来る能力の持ち主は、
煙を点す肺焼き玩具を指で弾き捨て、
「今が一番チャンスだろ。考えろよちっとはよ」
協力的でないどころか、破滅願望と紛うアイディアを宣い放った。
「リュージ、俺達、『デケー事』が出来んぜ。今ならすぐそこだ」
乗研はまず偏頭痛を覚え、力を籠めて目を瞑ってから、一度開き、そっと周囲を確認する。
表情が見えないのは、“聖聲屡転”と黒衣。
だが黒衣の方は、全身が愕然を表している。
リーゼロッテは、驚いているんだか、感心しているんだか、どっちともつかない顔をしていた。
吾妻とは有力者同士、チャンピオン同士知らぬ仲ではない。だから、このノリに慣れている側の人間なのかもしれない。
どうやらこの中で、突っ込んでやるのは彼の役目になりそうだ。
再度目を閉じ、開き、
「どういう意味だ」
意を決して真意を問うた。
「意味ったってよー、そのまんまだぜ」
「だから…!さんざっぱら言っただろうがよ…!意味が分かんねえ伝達なんて、何も伝えてねえようなもんだってよ…!」
「相変わらず細けー事にうっせー男だなー。クソの度にケツの穴が詰まってねーか心配になんぜ」
飄々《ひょうひょう》と惚ける吾妻に苛立ちながら、辛抱強く詳細を語らせる。
「だってよー、お前、さっきの見ただろー?あの、ラポルトっぽいのが何かを呑み込む所をよ」
「見たよ。ああ見た。見たとも。それが何だってんだよ」
「んで、そこのガブガブ君ちゃんがゆーには、それってーのはバッタのデカブツが、カミザと“右眼”を持ってった、って事なンだろ?」
「なー?」、
吾妻に振られ、それは確かだと改めて認める天使の憑座達。
「『持ってく』ってーのは、中で何がどうなってんだ?」
「「入って数秒でロストしてしまいましたが、感覚的には、ダンジョンに入った、という説明が最も近いかと」」
「ガキが言ってた、イリーガルがダンジョン作るって話、ありゃ大マジだったわけだ。んで、イリーガル連中って、ローカル持ってるよな?んでそいつは、永級のローカルと重なるっぽいって、俺達そー睨んでたわけよ」
「それは出発前に聞いたぜ」
永級10号。
そのローカルと、illモンスター“鳩槃”のローカル。
その二つが、恐らく同一であるという話。
「っつーことはよー、かなりの確率で、カミザその他がぶち込まれた所ってのは、永級ダンジョンの中って事になんよな?ガキがイリーガルぶち殺して、一つ閉窟、って繋がりもあるし、イリーガルと永級はセット、そこは確実って思っていーよな」
「だろうな。それが自然だ」
「だったらよー——」
——死ぬだろそりゃ
「……なに……?」
ヘッドセットの下で、乗研の眉根がくしゃくしゃに寄る。
「イリーガルの中で最悪まで言われてる、“醉象”のヤローだぜ?それと一緒に、永級の中に収容だぜ?そりゃムリだろーが。逃げ回って数分長生きが精々、何かを守りながらとか、無理ゲーなんてレベルじゃねーって。だろ?俺何か間違ってるか?」
「テメエ……!」
拳を握る。
数歩詰め寄る。
それでもその後が続かない。
彼の理性が、一理を見出してしまっている。
永級ダンジョン。
彼は今回の案件に関わることで、初めてその内部の詳細情報を得た。
そこは、深級と比べても遥かに危険。
モンスターの質も、量も、明らかに別次元。
Z型だけが何故か不在、という事実があっても、国家最強の精鋭を1、2個小隊集めなければ、踏破は不可能とされている。
そのダンジョンの主、最強の存在と共に放り込まれて、生きて帰ってくるなどというのは、枕元の英雄譚の類である。
それは禁句?
正確な現状把握が求められる戦場で、「言ってはいけないこと」とは何か?
認めるべきだ。
日魅在進は、ほぼ確実に死ぬ。
蓋然的な結果として、それを元に今度の行動を決めるのは、実に理のある考え方だ。
「今から行っても、俺達にゃ助けるとかできねーだろ?急に出現したダンジョンの入り方が、分かんねーんだから」
ならば、可能なのは出待ち程度。
出て来るのを待つしかない。
しかし、待っていたところで、
「で?待ってどーなんだよ。イリーガルが出て来たら、とーぜん手ぶらだぜ?あいつらの目的は、ぶっ壊す方なわけだし」
時間を損するだけだ。
彼らが行こうと行くまいと、隔絶された異界の中で、“右眼”は破壊される。
面妖な術で永級ダンジョンに呑まれた事で、ほぼほぼ結果は決まっていた。
「俺達の手に入らねーけど、央華も利用できなくなった。それでおーけーじゃね?こんだけ騒いで、ウチの被害は兵隊3人。まー上出来だろ」
「だがそうじゃねえ可能性だってあんだろ…!カミザの野郎だけが入れられたんじゃねえ…!周囲一帯まるごと連れてかれたんだ…!他の国の連中と協力出来てるかもしれねえ…!それで奴らが必死こいて“右眼”守り抜いて、外に出た途端、別の敵に叩かれるんじゃあ、そんな間抜けはねえだろうが…!」
その可能性は、ゼロではない。
有り得ないなどと、言い切る理由はない。
「どうせ大丈夫だろうと思った」、そんな言い分を通せるほど、呑気な事態ではない。
一つのミスが、国を、国際社会を、揺るがしかねない。
備えるべきだ。
全てが上手くいった、その奇跡を拾い上げる為に。
奇跡を起こした者達が、馬鹿を見ない為に。
「じゃー、助けに行ったとしてよー、あのガキが上手ーくダンジョンから出れたとしてよー、その後どーすんだ」
「後」。
日魅在進か、或いは他国の勢力が“右眼”を持って逃げようと出て来て、それと合流するなり交戦するなりと話が運んで——
「で、そこに次のイリーガルが来るわけだろ?ダンジョン作ってよー」
そう。
この島に居るillモンスターは、“醉象”1体だけではない。
“右眼”の破壊という同じ方角を向いた、両勢力合わせて、確認出来ているだけで7体。
一つ欠けても、あと6発の“残弾”が残っている。
「そーなると今度は、ノコノコ出向いてグータラ待ってた、俺達まで巻き込まれる事になんぜ?イリーガル側が全員で息を合わせて襲い掛かって来て、それで死んでみろよ?被害が一気に倍だ」
「んみゅ~、ショージキ、私達が全部やられるのは、救世教会としても結構痛いんだよね~」
一つ切り抜けた程度では、何も終わらない。
この局面で、日魅在進を待つ為に奥に行くのは、各勢力の最高級戦力を、無意味にベットするのも同じ。
「そうは言っても他にやれる事があるとでも……、テメエ、まさか」
「おっ、やっとテメーにも分かってきたかー?」
問題は、ダンジョンという強力な檻を作れる、illモンスターと呼ばれる強敵。
それが何体も居過ぎること。
今から進が消えた地点まで行って待ち伏せでは、“右眼”を持ち帰るどころか、誰か一人でも生き延びる可能性までゼロに近似。
やるとしたら、ダンジョン内で奇跡が起こった時、それをバトンとして次に繋げられる、その期待値が大きい方。
それは、
「減らしゃー良ンだよ。イリーガルを」
先に各個で殺しておくという手順。
「このまま、イリーガル対ルカイオスの戦いを無視してコソコソ行くより、狼さんに助太刀してやる方が勝ち筋が広い。だろ?」
争奪戦に参加する、人間勢力を増やす事と引き替えに、最大の脅威を削っておける。
リスクとリターンは、ギリギリプラス収支。
「俺はそっちがいーと思うぜ。だから、今はテメーら、向こーに運んでやんねー。俺を使いたきゃ、協力しやがれ」
「「………人数を揃えた我々の魔法であれば、壁を突破する所までは、可能ではるでしょうが………」」
“聖聲屡転”は計算を巡らせる。
ここで吾妻達と分かれて先を急いだとして。
そこから先、リーゼロッテと彼らだけで、全てのillに対処できるかと言えば……、微妙な表情を作らざるを得ない。
策に乗り、吾妻と行動を共にする方が、目的達成までの望みを繋ぐ、それに通ずるより太い道のように思える。




