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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十九章:人も神も怪物も龍も、みんな等しく明日に狂う

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521.導きの星

——りかい、できない。

——なにを、されたのだろう。

 

 真っ暗な、

 本当に眼球をマジックで塗り尽くされたような、

 真っ黒。


 さっきまで、昼だった。

 午後に差し掛かっていただろうか。

 薄暗くなる事はあるだろう。

 急に天気が崩れるというのも、無い話ではない。

 

 けれどこれは、

 この、くろさは、

 目蓋の裏でいつも暴れる、頭痛をもよおさせる、絵具のようにぶちまけられたプリズムすら、触れ得ないほどの深淵は、

 

 違う。

 これは、

 夜だとか、

 闇だとか、

 そんなものではない。


 「触れ得ない」、

 そうだ、

 感触が、

 手足の先が、

 舌の渇きが、

 鼻を擽る燃焼反応が、

 鼓膜を叩く振幅が、

 喉を通る唾が、

 胸を打つ拍が、


 何も、無い。


 無、


 無だ。

 

 今、

 

 浮いているのか?


 沈んでいるのか?


 情報が、


 感触が、


 無い。


 恐怖、なのだろうか。

 孤独、なのだろうか。

 ただ、麻痺していた。


 “麻痺”という語も、違う。

 五感を全て、奪われたのだ。


 それは、自分の形を感じ取る全てが無いのと同じだ。

 感情の源を、身体の反応に求めるなら、“自分”という主体すら、情緒すら、残っていないのと同じだ。


 それは何か?

 死、

 死だ。

 これが、死。


 恐ろしい。

 それは分かった。

 「何も無い」という身体反応が、「恐ろしい」と思う自分を作った。


 その鬼胎きたいに、安堵する。

 まだ、恐ろしがれている。

 まだ、彼は死んでいない。

 喪われて、いない。

 

 目の前の黒は、余りにも純然であった為、そこに脳内が簡単に投影された。

 太陽が沈み、人の灯りが寝静まる事で、初めて星座が見えるように。


——私は、


 メナロは、

 あの時、

 場を包む何かの存在を、肌で悟った。

 「何か」に、支配され掛けていた。

 

 それが何であるのか、部下の声で振り向いて分かった。


 楽園。


 白青いイルカと、超越した白金。

 その二つが舞い戯れ、踊り回る、この世のものではない美景。


 物理と物質の世界に、あんなものが存在していいのか。

 そこだけどこか平面的、絵画的な質感で、

 しかし確かな奥行きもあった。


 一つ下の次元に展開された、仮想の神秘。

 その中に踏み入れてしまったような、

 夢と現実が地続きになったような、

 そんな瞬間。

 

 それを見て、

 感銘を受け、

 そして、それから、

 それから——


——どうなった?


 それこそ、眠る直前を憶えていられないように、

 意識の切れ目が茫洋ぼうようとしている。

 彼の頭蓋に内蔵された幻灯機が、黒に記憶を高速投影する。


 答えはすぐに見つかった。

 “奔獏ジェスター”。

 奴だ。


 彼らが我を忘れ、魔法の手綱すら放して突っ立っていた間に、

 恐らく奴の指で貫かれたのだ。


 今、彼は“遅れて”いるのだ。

 体内の反応の全てが、脳と受容細胞との間の連絡が、酷く重たくされているのだ。


 見たとして、その光景はまだ視神経の途中。

 聞いたとして、鼓膜から内耳に差し掛かったあたり。

 触れたとして、それに触れた情報が届かない。

 

 何も、分からない。

 世界と、接する事ができない。

 ただ本能的に、危機に瀕して走馬燈を見るのと同じように、脳内の一部の活動だけは反射的に魔力で強化され、だから思考する事が出来る。


 だが、脳から一歩、一指いっしでも外に出れば、そこでは全てが遅い。

 脳からの命令が手足に、魔学回路に届かず、考えを実行に移せない。


 高速思考、それで見掛け上延命している。

 だが、あとどれくらい?

 こうしている間に、上から奴が迫り、一瞬で8騎全員を殺すだろう。

 ドラゴンも、あれでは長くない。


 もう数秒あれば全滅。

 今、何秒、

 何秒経ったのか?

 主観以外のことごとくを没収された彼には、知るよしなどない。

 

 いつ来るか分からない、けれど直に来る、本物の虚無。

 それを前に、彼の意識はジタバタと跳ねく。

 

 動け。

 命じる。

 動け、

 動け動け動け、

 動け動け動け動け動け動け動け動け。


 感じる筈の無い鼓動の早まりが彼を襲う。

 

 何でも良い。

 どこでもいい。

 感覚を取り戻せ。


 魔学回路に接続し、魔力を充填し、魔法を行使し、強制的に加速させろ。


 早く、

 速く、

 気ばかり逸る。

 だが何も答えない。

 何もない。


 土壇場の底力で思考が超加速するも、それが体の神経に届かないのなら、

 何の意味もない。

 今の彼は、自分の骨肉にさえ見放されていた。


 何か、

 何かを、

 せめて、

 せめてあとどれくらいなのか、

 残り時間を知りたい。


 暗がりに、

 一寸先すら存在しないような場所に、

 せめて、時間感覚だけでも、

 

 今が断頭台の、何段目なのか、それだけでも。


 基準が、

 夜道を見上げた時に見える、北の極天に位置する星のように、

 しるべが欲しい。

 自分を規定する、基礎が欲しい。


 無など、耐えられない。

 こんなのは、厭だ。

 彼は死ねない。

 その反骨精神は、鋼のように。


 けれど、どこで手遅れになるのか、それが分からないと、

 危機感すら、ぼんやりとボヤけてしまう。

 ようとして溶け崩れてしまう。

 

 だからまず、正しく焦る為に、

 恐れるのでなく急ぐ為に、

 彼に導きを、

 夜を歩く寄る辺を——

 



——ああ、




 十字の上に、菱形。

 煌めき。

 あそこで何かが光っている。


 星だ。

 星が見える。

 ただ一つの、しるしだ。


——夢王星だ


 何故か、そう思った。


 彼はそこに向かって走った。

 走ったと、そうイメージした。

 彼という意識が、電気信号のパターンが、

 そういう自分を虚像として作り上げた。


 空へ駆け上がり、白光びゃっこうを目指し、片時も止まらず、


 黒の中から真っ白の内側へ。




「「父のめいを」」




 騎士の首に白い輪っかが嵌められた。

 その途端、世界は元の形を取り戻した。


「「父の罰を」」


 白き円環が横から大量に飛来。

 装甲の隙間から入って彼らを串刺していた複数の指に当たり、その径を回りながら切断。


 首輪が引っ張られ、空間の裂け目のような黒い楕円の中に引き込まれ、暫くしてから断裂し隆起し炭化した大地に投げ出される。


「「父の慈しみを」」


 彼らに穿たれた穴が、輪から差し込む浄き光で癒されていく。


「ご…、ゴホッ……!救世……!」


「今日だけで何回目だ?俺達が駆け付けて人を助けるのはよー」

「さあな、一々数えてねえよンなもん」


 白い壁で囲まれた結界、聖域の中。

 周囲に数組の男女が、二人一組で肩を寄せ合い、それぞれ一つの輪を手指で作っていた。


 “聖別能徒パウエルズ”。

 “聖聲屡転ガヴリール”の端末。


 それと共に立っているのは、


「でもよー、なんかアレみてーだなー?あーと、アレだよ、わらしべ長者」


 “徴崚抜湖トランスポーター”、吾妻漆。


「ハイハイ!しってま~す!助けた人からもりゃったもにょでぇ、次を助けるってやつぅ~」


 “全仇冬結スノウ・ボール”、リーゼロッテ・アレクセヴナ・ロマノーリ。


「それになぞらえた場合、財産じゃなく厄介事が増えてンだよ。枕元で語るにはスリリングなおとぎ話だな、オイ」


 それとあれは、明胤学園の校内大会で見た、卑劣な魔法を使う落ちこぼれ。

 名前は確か、乗研竜二。


「よー、おひさじゃん、紅茶(けん)クン」

「……これはこれは、Miss(ミス)馬車馬ばしゃうま様…」


 杖を使って立ち上がるメナロと、挑戦的に歯を見せる吾妻。


「あなたのような民間商人風情が、斯様かような所で一体何を?」


 儀礼的に、棒読みで聞いた狼に対し、


「決まってんだろーがよー」


 狂犬は掌に拳を打ちつけ、唸りを隠しもしなかった。


ill(イリーガル)をぶっ倒すんだよ。争奪戦が終わっちまう前に」

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