515.ホール・イン、ゴール・イン!
地に肢が着いた。
そいつは愛しの地面と再会した。
〈それほど恋しかったのですなあ〉
後ろ肢から順に、3対6本の先をめり込ませ、身を沈め、衝撃を受けながら全身を止める。
〈張り切って頂き、歓待を用意した我々としても、嬉しくなりますぞ!〉
その運動の最中に、巨体の下で白い輝きでなぞられていく線。
それらは地上絵を、広く描かれた五芒星魔法陣を構築。
その中心には重量測定魔具と、その下に一枚魔法陣スクロールが挟まれていた。
〈遠慮せず、迎え入れて、抱き締めて貰いなさい〉
新たな火山でも生まれたかのような、
土砂や岩盤を空高く放り投げる程の爆発。
陥没。
“醉象”が降りた地点に、隕石落下クラスの衝突エネルギーが掛けられ、土壌が半液体状と化し穴を深掘った。
最初に着いた後ろ肢を先陣として、胸より下が土中に埋められた!
〈あなたの愛する広原に〉
聖水で描かれた、広域魔法陣。
そこに乗った重みを検知する機能と、魔法陣の元来である「強化」を合わせたもの。
それは魔学非魔学問わず、そこに掛けられた一定以上の作用力を増幅する効果を持たせられている。
巨大な質量を持つ者が、重力加速度に身を任せてそこに降りれば、自分を嵌める墓穴を、自身の足で掘る事になる、という寸法。
聖水、ハーケン、測定装置、スクロール。
こういう時に連動する仕掛けとして容易に改造出来るから、彼の持つ道具はほぼ全てが魔具なのである。
“刺面剃火”とヴァークに地上の残敵を殲滅させながら、ガネッシュは自分が持っているだけを駆使し、その図を張って巨大バッタの落下を待っていた。
その狙いの結実は、見ての通りに明らかだ!
〈狙った通り、脱け出せませんなあ。ただの大穴から〉
翅を畳んで抵抗を少なくした分、圧力を掛けられ流動する地面に、何の取っ掛かりもなく躰がズブズブと入り込んでしまった。
後ろ肢は完全に埋め固められ、下に蹴ろうにも関節が詰まって動きが不自由に。
そして足搔けば足掻くほど、穴の側面が崩れて足場を確保できない、底なし沼と同じ状態に。
〈何せ「詰め込む」事が、あなたの得意でしょう?〉
バッタが持つ重厚長大な節足の中では、ローカルを利かせる為、そして物質的な硬度を確保する為に、細胞同士や小バッタ共がみちみちに押し込み合い、密度が高くなっている。
防御と攻撃の両方を高める工夫であったが、全体の比重が大きくなり過ぎた事で、一度流体力学に嵌まると、沈むのを止める事が困難になるのだ。
前肢と、中肢の一部が辛うじて外に出せている状態。
それらを使って自重を持ち上げ穴から出ようとして、縁を削って現況を悪化させる。
産卵管が地下の底に突っ込まれた事で、バッタ共がそこから生まれられず、増援動員の勢いは明らかに鈍る。
原始的なやり口。
落とし穴で生き埋めにするという発想。
バッタが高く跳んだ瞬間、ガネッシュの疾駆態は右の前脚を支点にドリフト、肉体の一部を破壊してでもUターンを強行し、全速力で戻って来た。
それはこの、子供騙しな細工を施したかったが為。
そのアナログでアナクロなトラップが、人類の最先端を凌駕する化け物に、確かな苦戦を強いている!
アディショナルタイム!
正真正銘最後の勝ち目!
「まだまだ行けるよねぇ!?そうだよねえロォカストォぉおおおっっっ!!」
飴色の翼が有象無象を叩き散らして突入!
カーボンブラックの鉄と炎が惜しみなく叩き込まれ、黒き貪食渦を削り裂く!
バッタの群体防御の供給効率が、初めて殲滅ペースを下回る!
メッキが徐々に剥がされ、六つ目の素顔が露出していく!
その頭が真上を向いて、溶解液散放射!
灰雲が散らばり稲光を散らしながらのアクロバット飛行で茶色の致死を掻い潜る!
避けられた体液は空中で減速、そのまま雨として降り注ぐも、それくらいなら各人の防御で対処可能!
右前肢が横に振られるのを“刺面剃火”はジェットスラストで上昇して回避!
左中肢が畳んでいた分を展開し急速に伸びる突き上げを打つも、ヴァークはバレルロールの動きで避けながら翼で小型バッタを撃ち払う!
通った跡に色付きの光線を残す追跡用ボールをガネッシュが投げ、それが空中に文字を浮かべる!『射線を』、そこにはそう書かれていた!
ヴァークの迫撃!
翼の付け根から先端まで至る所から連射される小型マルチミサイル的魔力弾も追加投入!
それに合わせて“刺面剃火”の魔具砲からの二連プラズマ球弾!
更に左肩に乗った大砲からクラスター弾も発射!
巨大バッタの下唇、人間でいう顎の部分から、一瞬だけ防御が剥奪される!
ガネッシュが象の鼻で右の牙を折って投げる!
それは彼の頭上から始まる、数字の「1」を書くために直線飛行!
ガラ開きとなったスポットにヒット!
欠損!
欠落!
頭の下側、唇の半分が捥ぎ取られ、口内で作られた高圧で飛ばされていた溶解液はその威力を鈍らされ、対空高射が温ついた!
その閉じなくなった口まで、長太い一本の紅が穿たれる!
それを真っ直ぐ辿る灰雲!
巨大バッタは体液をダマのように吐き出して抵抗!
紅白の牛頭の像がそれを防ぎ、一部が人間に傷を付けたとしても古茶の水と協同で治癒を敢行!
空から降って来る雨は、殿の少年の高圧魔力噴射と魔力爆破で一掃!
「病みつき、床に就き、底を突けぇぇぇええええ!!」
瑠璃が操る像が一対の矛をバッタの喉にまで刺し込み、味方だけが安全に通れる紅白のトンネルを開通!
5人の頭上、散開させられていた灰色の氷粒が再集結させられ、雷電嘶く雲海が育っていく!
紅色の物質生成能力によって壁が作られ、雲を狙った攻撃を最後まで防ぐ!
「アッシュ・トゥ・アッシュや…!」
道眞は二連の氷柱をその手の中に生成、
振りかぶって、
「“堕天……灰雷”!!」
重力を味方につけた全身全霊入魂投擲!!
紅白魔力がそれにエネルギーを分けて加速!
深く咥え込ませる!
「散れぇぃや!」
全員が予定電流路上から即離脱!
灰煌!
快晄!
灰は白に!
グレーはブランクに!
潜行大国丹本が誇る、御三家の号を負う者達、
一つ所にそれらが会した連携技が、
音色すら割く真空に似た白夜を開く!
「後半47分、1対0」
マントを払い、地上に立った道眞が、
焦げ臭く静止したバッタに、スコアを宣言してやる。
「人間代表の勝利。以て試合終了や」




