506.おとぎ話から出て来たような
岩礁で砕かれる白波のように、
白金色に打ち上げられたイルカ共。
彼らは潜った地面ごと放り出され、それでも宙に滞する間、フープを潜って横軸で回り、鼻先や尾ビレでボールをトスする。
「転鰭、閑を生さず」。
跳び上がる時、飛び降りる時、足掛かりから離れて空気に囲まれている間、魔力による制動が容易になる。
その時の動きが見事に映えれば映えるほど、切り取られたが如く目立って、周囲の注意を惹くという“窟法”。
如何なる時にも見る者の目を娯しませるという、プロ意識の表発のような在り方。
それを使って、彼らは魔法の威力を分散、境界を守ろうとした。
だが、たとえ相手が下品な色彩だったとしても、眼球を直接塗り潰されてしまえば、余所見という概念は消えて無くなる。
その見事な芸は、荘厳にして尊大なる純色によって掻き消された。
白金の足が、地を離れる。
風が吹き、岩肌が裂ける。
重心が、前へと傾く。
大気を構成する分子が、振動すら許されず前方に押し退けられていく。
不安定さから、前を支えるように脚が立つ。
露出した土壌が縦に割れ、白金色が直線上の異形を蹴散らす。
狼の鎧を着たそれは、頭の後ろの円を輝かせ、月の光を背負ってまた一歩。
右腕が、ゆっくり、上げられて、いく。
それだけで白熱金輝の熱波が放射される。
昆虫の形をした猥物共が、それを食おうと口を開けて突っ込み、体内の水分を蒸発させる。
より近くまで着いた者は、白金に染まって溶折され、形すら変えられて丸まり死ぬ。
溶け崩れて水溜まりになる者も、灰になって散っていく者も、抗えないという意味では同じだった。
歩き、腕を振る。
そこに何の技術も、技能も宿らない。
普通の動き、普通の流れ。
どころか、少しぎこちないくらいである。
それは、ある種の巨人だ。
行動一つ一つが伴う、その結果が膨れ上がり過ぎている。
——素晴らしい……!
メナロは、兄の勇姿を前に、視界が呆けそうになるほど、感動していた。
ルカイオスは“人間”を遡り、その中から獣を取り除き、神から生まれた部分だけを掘り返そうとした。
そして遂に、父祖なる神々の更に源流、巨神達へと辿り着いた。
彼らルカイオスの物語、それが背景とする神話にて、最高峰の神々に王座を奪われた、旧き世界の支配者達。
失われた神格が、今ここに甦っている。
彼ら人間に罰を与えた上位者共、それを上回る原初が喚び出されたのだ。
この存在感。
質量すら確信させる熱力の肉。
それは神性を持つ何者かの体だ。
それが届く範囲内では、その者が全てを決める。
人の肉体が、人を生かすのに都合の良いように働くのと同じように。
モンスターが滅却処分を受けているのは、人体が病原菌を熱殺するのに似ている。
脳から伝達された命令が、一種の窟法のように体内を統治する。
スケールの大きさ故に、在るだけで小規模な“世界”を作る。
それが起こした行動は、最大の現象を伴う事になる。
手を挙げれば空が割れ、歩けば大地が砕かれる。
身動ぎで押された大気の流れ、それが嵐を生んでいる。
ドラゴンやその他の能力によって防御を張って、真後ろから慎重に近付いている彼らでさえ、些細な動作が起こる度、ビリビリと痺れるような震えに襲われる。
分厚いフィールドを通して尚、振動が殺し切れていない。
外で猛威を振るう爆嵐が、鼓膜にまで打ち届き、
〈壮、観……!〉
狼の遠吠え、
彼にはそう聞こえた。
〈壮!観!じゃあないかっ!!はっはははははははは!!〉
ほんの端に触れるだけで、ルカイオスのスタート地点、それに匹敵するという事だ。
これまで彼らの魔法が利用して来た、破壊的荒々しさ、それが末端、吐息の切れ端でしかないという事だ。
〈ルカイオスの理想が!文字や絵画の上でなく、目の前!この肉眼で触れ得る卑近に広がっている!〉
あの中心では、どれだけの神秘が、どのように化学反応を起こしているのか。
本当なら、盾も鎧も脱ぎ棄てて、生まれたままの姿で感じてみたい。
だがそれは許されない。
個人の感情を超えた道理が言っている。
彼は死んではいけない。
彼の役目は、あれを絶やさない事だ。
後世に残す事だ。
あの状態では、兄は子を成せない。
その寵愛の前には、人の体は無力この上ない。
当の兄でさえ、あのフルプレートアーマー型魔具が無ければ、その力を押さえつけられないのだ。
魔法を発動していない間でも、微量の魔素から自動的に生み出される魔力が、体内に定着してしまい、極度の肉体強化現象が発生する。
筋肉、血流、細胞の増減、シナプスに走るシグナルでさえ、巨神のそれに増幅されてしまうので、ただ生きているという活動だけで、その身を内から破裂させてしまう。
それではと魔力を意図的に体外へ吐き出させようとすれば、そのエネルギー量に周囲が焼壊させられる。ルカイオスの実験施設は、それで一度全損した。
人の身は、まだ巨神の力に適応し切れていない。
代替わりが、より長い時間と進化が、物質的人間そのものの変化が必要だ。だがそんな存在を性的に受け入れて、壊れないでいられる者がそもそもいないという堂々巡り。
けれども、魔法とは物語。
ルカイオスの血統に、それは宿っている。
兄が子を成せずとも、メナロは違う。
彼が子を作り、その者に基本の物語と共に、オーンの話を、情報遺伝子を受け継ぐのだ。
記録映像を、見せてやるのもいいかもしれない。
文字で流し込むより、遥かに直接的な刺激が刻み付けられる。
“ルカイオス”にはこれが可能。
その認識こそ、魔法を変える。
魔法は現実を変え、巨神降臨が再現される。
彼の役目はそれだ。
彼は全身でオーンを、完成形を感じ憶え、その物語を次代に克明に継がなくてはならない。
神話を継ぐ者と、肉を嗣ぐ者。
別々に用意する2本並列体制で、時間という壁を突破する。
その先の遥か末代で、身も心も完全な巨神に至る、そこまでバトンを受け渡す為に、彼の順番で落としてはならない。
成功と完成の間を繋ぐ橋。
それがメナロなのだ。
〈“遅らせる”!『夢幻の如くなり』!結構な事だ!そうとも!大いに結構な事だが!〉
“奔獏”が張ったであろう、時間の流れの変節線。
それは奇跡のような力だが、
〈ルカイオスには、無意味だ〉
彼らの神には無効だ。
既にその身体は、時間すら超越している。
こうして現れてしまった時点で、歴史に刻まれるのが決定した事で、
“ルカイオス”の物語として、
知られ、認められた結果として、
死すら凌駕する超常となった。
〈道化風情が…!王に頭を垂れるが分というものだろう…?〉
空間が、神話的生物の体内へと、その定義を塗り替えられる。
ローカルが、新法に定め直される。
その歩を辿った先、“奔獏”ラインより手前の横一列に、カラフルな服を着た青白いイルカ共が次々と顔を出した。
そのすぐ後ろから、一際巨大な一体が、牙がチラつく長顎で威嚇する。
〈頭が高いぞ原始鯨…!地中に埋まれど未だ足りぬ!〉
“飛燕”が超高周波振動水流メスを、眷属達に一斉発射させる。
金属加工工場で聞こえるような、火花と共に散る鋭い擦音。
〈先祖返りし、己が何者だったかを思い出す。そのやり方一つが重なるだけで、我々と同じであるつもりか〉
表面温度を低める事も出来ず、
冷却ジェルシートの如き気休めとしての用すら為さず、
〈結果は見事に好対照だがなあ!〉
次の一歩で、“奔獏”の遅延による防御の上から、踏み倒された。
〈進!軍!せよ!我らが祖に、続けえい!!〉
紛い物の超越者気取りに、
神話を、
本物の神秘を分からせる時だ。




