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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十九章:人も神も怪物も龍も、みんな等しく明日に狂う

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505.顔合わせ

 政十家次男、政十道眞。


 彼の突飛な服装や言葉選びの数々は、彼に言わせれば一つの動機で片が付く。


 「キャラ付け」、

 以上。


 彼は、アニメや漫画のように、自らを飾るのを好むのである。

 若い時分は勿論、歳を重ねて落ち着くかと思えば、「おっさんキャラもいけんねや!」と逆にやる気を募らせ、己を演出する事に日夜余念が無い。


 厄介な事に、そうしている時が魔法も最高効率で機能するので、魔学を是とする政十家からしても、彼が実戦で格好つけることに文句を言えない。


 思い込みの強さ、相手に合わせて行われる自身の世界観の柔軟な押し付け、そういった技能が高い人間ほど、魔法の効力を押し通す能が高いのは事実。

 勝手に名乗った仰々しい二つ名も、周囲に認知させてしまえば、相手の認識に深く印象付け、魔法の押し合いで働く有利になる。


 「厨二病」と俗に呼ばれる、自らを無意味に装飾し、人目を憚らず誇大妄想を語り、オリジナルストーリーのキャラクターになり切る精神の動き。

 物語を源とするディーパーの世界において、それは実効力として機能してしまう。



 無論、戦場でもその我を崩さずにいられる、そういった強靭さを持っている事が前提だが。



 長男が優秀な事もあってか、切り盛りやら政局やら難しい事を考えなくて良いと気儘に育った彼は、兵士としては有用だが頭目として置きたくはないタイプだ。

 本人も「現場サイコー」と、少年のような無鉄砲さを宿したまま、日々自分が考えた新剣技やら魔法使用術やらを試しに、足繫くダンジョンに通っている。


 魂は今でも、本家の庭で棒を振って、ヒロイックなポーズを試していた三つ子のまま。

 そこに大人の腕っ節とそれなりの分別がついて、必要な時に必要なだけはっちゃける強兵、などという、敵味方共に混乱に陥れる傑物が完成した。

 

 幼稚だが華があり、馬鹿だが物知らずではない。

 自他のニーズと当人の才がぴったり一致した、ある意味で最も幸せなタイプの人間。

 それが政十道眞だ。


 


 そんな彼が、自らの本当の所属、特作班の事だけは、おくびにも出していない。

 外面からは想像だに出来ないその抜け目の無さも、彼の強みの一つである。




「ヅ…ッ!ギリギリビリビリ来ました、よぉぉぉおおお…?」

「その命拾うただけでも、我に永世の忠誠を誓いいや三都葉のぉ」

 

 瑠璃はスーツから溶けかけた氷の棘のような物を抜く。

 それは魔法行使完了と共に霧散した。


「我の氷雷ひょうらいで汝ら今世いまに立てとるわけや。弁えや」


 その言い草を睨みつけだけで払いながら、己の紅白の魔力で感電とバッタに負わされた打撲、裂傷を治す。


 “刺面剃火オール・ラウンド”も炎を固体化し、装甲の合間を埋めている。


「いっ、…!なんか要らない力入ってませんか…ッ?」


 不平を漏らす進を踏みつける黒衣。


『“脚摩アシナヅ”』


 簡易詠唱後、その足先から古茶ふるちゃの水が生み出される。

 それは進のアーマーのスリットから入り、体内の水分を、それで構成された細胞を操り、足りない分を補修しようとする自然治癒力を助け、内出血を跡形もなく収める。


『あなたの独断専行で、今この窮地です。自らの勝手に対して、謝罪があってもいいのでは?』

「俺が間に合ってなかったらその前に逃げられてたか壊されてましたよ」


 嚙みつく勢いで忠告を唾棄し、三連カメラアイを央華最強に向けて窄める進。


「これが、今居るここが最善です」

『あなたねえ、今やってることは試合とか興行じゃないのよ…!?結果オーライなんて通用しない。あなたがやったことは』

「矛を収めえや。その断罪は命を未来つぎに届けてからや」


 一先ず落ち着いたとは言え、その時間はすぐに終わるだろうと簡単に予想出来る。休息が可能なら、それを許すモラトリアムを最大限享受するべきだ。


 「落ち着いた」?


 ここはill(イリーガル)の秘奥、ダンジョンという彼らの庭、内臓部である。

 そこで敵から隠れられるとは、どういう事なのか?


 その秘密は二つ。

 一つは彼らの周囲を取り巻く、淀んだ水面のような古茶の膜。

 もう一つは彼らが乗っている、無数の魔法陣が曼荼羅(よう)に配置された絨毯。


 それは3枚が敷かれており、央華陣営、丹本陣営が使っている分で一枚ずつと、3名が窮屈に詰まっている残りの一枚。


 鼻歌混じりにフィールドノートにペンを走らせている一人は、その魔具の持ち主であるガネッシュだ。


 幾つもの魔法陣が描かれた布を重ね、一枚の圧布に加工したそれは、魔力の気配を外に漏らさない隠匿機能と、外から近付いた者の意識に忌避感を抱かせる虫除けのような効果を併せ持つ。

 これを、黒衣が操る水面が作る紗幕しゃまくと組ませ、暫く敵から見えないようにしているのだ。


 彼と共に“右眼”を追い掛け、ダンジョン出現に巻き込まれたもう2名は、ヴァークと刀弥である。

 刀弥が坐禅の姿勢で精神統一をしている一方、ヴァークは餌を前にお預けされた犬の如く、垂れた涎を幻視させるようなだらしのない顔で外を見ている。


「まだダメかあい?まだやらない?ねえきっと楽しいよ?早くやろうよぉ…!」

「なんや愚劣女ジャンキーは?ちっとは明鏡止水の心得を胸に宿さんかい。斯様な時こそ静けき池の如き平常心、やで?」

silent(うっさい)!!知らないよう…!僕は楽しそうだからここに来たんだから……」


 彼女との会話を諦め、日魅在進を追って巻き込まれた道眞は、ここに揃った戦力に再度目を通す。


 政十道眞。

 黒衣こと睦月十巴。

 日魅在進。

 壌弌刀弥。

 三都葉瑠璃。

 “刺面剃火オール・ラウンド”。

 “全人未到ワイズマン”ことガネッシュ・チャールハート。

 “号砲雷落ワールド・ウォー”ことジョーナ・Z(セカンド)・ヴァーク。


 これに対し、敵は“醉象ローカスト”本体。


「ま、互角と認めてやってもええわな」

『何故挑戦される側の言い方なんですか……。それより、このキャンプもすぐに破られますよ。あの巨大な個体が近くに来れば、そこから発せられる“河”によって、見つかる見つからない関係無く押し流されます』

「せやな。肯定するで。言うわけやから、」


 道眞はその場を代表して、誰かが言うべきであったアイディアを提出する。


「ここは強敵ともと共闘、と行こうやないかい」

「信用できますか?」


 野次を飛ばすのは進だ。

 

「学校に大砲ぶち込むようなクソ卑劣漢共に背中を預けて、後ろから刺されるなんてゴメンですよ?目立たないよう工夫してた分、マフィアの方がまだ行儀が良い…!」

「他にこの暗黒の荒野に、望みとなり得る道標さきがあるかいな。酸いも甘いも苦いも飲み下してこそ大人や。新人君」

『他はともかく……』


 懸念は、十巴にもある。


『クリスティアのチャンピオン、彼女はこの中でも、明確に目標の破壊“のみ”を目的としています。他に選択は無いと言いたげです。彼女が大人しくしていますか?』

「僕は大人しくなんてしないよ?」


 疑われた側は、ケロリと容疑を認めてしまう。


「大暴れするさ、好きなようにね。ただ、今、は、君達の側で戦った方が、より長く激しいplayを期待できそうだから、僕はそっちを選ばせて貰う」

『それでこっちが納得できるって本気で思ってます?』

「説得力あると思ってるんだけど?」

〈私からも彼女を推薦致しますぞ!〉


 足下の土や麦を採取して、モンスターコアを動力にするはかりに載せながら、止められない記録の手の代わりに、象の鼻を上げたのはガネッシュである。


〈同類として断言致します!この方は己の享楽に逆らえません!この場がより無秩序ケイオティックになるように、強い者の敵側に着くでしょう!必ずや!〉

「全くその通りさ。分かってるね、君」


 分かるような分からないような理論ではあったが、周囲がそれに何も言わない為、飽くまでバックアップのP(ポーン)である睦月は黙った。


「そこの紅色ちょんちょん全身タイツ野郎はどうなんですか?」


 またも進からの難色。


「そいつ、戦ってる時に横から搔っ攫おうとしてましたよ?それも、同じ丹本の戦力の俺達に隠して」

「どこかしらから職務や使命を負わされとるんやろ。恐れる事はないで。この寡黙剣士の事は、幼少のみぎりからよう知っとる。生き残って任を果たす道があるなら、しんの根が止まるまでそこにひた走れる奴や。同盟を瓦解させて命を放り捨てることはせん」

 

 議論の的となっている当人は、姿勢も呼吸も崩さぬまま、話を聞いているかどうかも分からない。

 ヘルメットのバイザーは細く、眼光から見通す事も許さない。


「どうやッ!」


 道眞は鞘に収まった金糸の丹本刀を地面に立て、その上に両手を乗せて取り仕切る。


「ここにおるんは皆、同じ船の上、呉越同舟の運命共同体や!全員でしゅつダンジョン、それまで“右眼”は“刺面剃火オール・ラウンド”の手に預ける。応か否かここで決めえや!」


 互いに目を合わせもせず、けれど案への否認をあらわにもしなかった。

 

 道眞はたっぷり20秒ほど待って、満足そうに頷いて見せる。

 

「審議は終わり、けつさいされたわけや」

 

 「ここから先、二言は許されざるやで」、


 その言葉が合図だったかのように、ポツポツと全員が立ち上がる。


 最高出力で稼働させられていた絨毯型の魔具、


 その魔法陣回路が焼き付きかけていた。


 バッタの波に潰されるより早く、


 魔力の気配の漏出が始まる。


 




 

 瘴気が固まって生まれた巨人のような、


 六つ目の黒が立ち止まり、


 頭をぐるりと背後に回す。


 複眼が黄色く瞬き、


 腹の空しさが木霊こだました。




ぐ、

ぐぐうううううううぅぅぅぅぅぅ……

ぎゅるるるるるるるる………——

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