500.それは決して王駒ではない
「まーた鳩かよ?」
「いやよく見ろ、あれは違え。いつぞやと同じくベースはバッタだ」
戦闘前の軽口で、体の強張りを解していると、合成バッタの首の切れ目から、太い線虫のようなものが顔を出し、その先端が幾つもの触手に割れて、傷を内から縫い塞いでしまう。
「なんだありゃあ?ハリガネムシか?」
「「L型、そう見るべきかと」」
「ちゃーんとそーゆー法則に対応してんだなー、illでもなー」
「って事は、あの合成型のベースは、W型あたりかにゃあ?」
「相手にとって不足はねーな!この俺に挑む権利くらいは認めてやろーぜ!」
「勝手に認めてろ」
合成バッタは腰を低くし、スタートに備えて発条を溜める。
リーゼロッテは杖を押し込むようなポーズ。
「“氷々とした絶対零土”!」
氷雪広達。
土の上、パリパリと霜が張り埋める。
あちこちに氷塊が生え立つ地形をその場に展開。
「すげえなコレ…、俺達を巻き込まずにやれんのかよ……!?」
「ニハーッ!こう見えて鍛えてますからにぇ~。決めた相手への不干渉はぁ、得意なんにゃ~!」
得意顔の彼女を目掛けた水平跳躍マッハキック!
その衝撃波も含めて黄金板によって抑止される!
虚像に釣られただけでなく、破壊力を閉じられる!
だがこれで2回目だった事もあって合成バッタも学習済み!
即座にそれを蹴って反動でまたもや水平に離れ、
ていた途上に黒いゲートが開いたのを察知!
翅と翼、マフラーが起こす風も使って直角に近い急旋回緊急回避!
その先に更にもう一つ!
出口側だ!
そのまま飛べば胸を持っていかれると瞬時に理解し横殴りの風力を掛けて体を傾け、左翅部分を半分ほど欠けさせる程度に食い止める!
「「父の腕を」」
その飛翔方向に沿って白い筋が雪原の表面に奔り、壁のようなものがそこから天へと立つ!
それは2本の腕によって左右両側へと引き開けられる!
白く聳えるカーテンの如き現象、二つの空間が接する境界面である!
天使はそれに従って、両引き戸を開けるようにその場を分断したのだ!
それは限定条件を要求する、二段階の魔法。
まず魔法を作用させる範囲、ある種の“門”の大きさを指定する白の光だけが引かれ、神の腕がそれを広げる事で、そこに“別の場所”から空間そのものを持ち込む。
本来そこには無かった隙間が生まれ、それは隔たりとなる。
能力が解除されるまでの一刻、他から干渉出来ない“空”を生むのだ。
横切られれば、当然繋がりは断たれると言う事。
海をも割る神の奇跡、その逸話。
水中、及び水上であれば、そのように魔法光の上にある物を、「割り開く」事が出来る能力。
氷の上でも、その能力の対象範囲内!
リーゼロッテと共に在る事で実現する連携プレー!
バッタは翼となった腕の肘部分辺りで地面を叩き回転、直前で躱したかのように見えたが、右の前肢、中肢をその断裂攻撃によって失った。
「動きが鈍くなってる…!私の魔法で体温奪ってるのが地味に効いてるにゃあー!」
「畳み掛けんぞだったらあ!」
「「いいえ、防御を」」
“聖聲屡転”からの短く鋭い警鐘。
直後氷柱を何本も薙ぎ倒しながらけたたましく現れる、三角頭の巨大バッタ!
黄金で一度止めるも、直後めげずに再加速!
貧乏ゆすりのように逆関節の後ろ肢が秒間複数回も地を叩き、乗研の魔法を壊しては前へ前へズイズイと!
「ショウリョウバッタみてーのが来たぜー!」
「わあお、まっしぐらって感じだぁ」
「「C型相当と推定します。父の国を」」
白い壁を建造するも、2、3度の頭突きで順番に壊される!
黄金で隠し、吾妻のゲートで場所を何度も移し、彼らの座標の特定までには至っていない筈。
だが総当たりで全ての黄金板を破壊する、といったやり方であるなら、それは一定の成果を上げている。
そこに滑り込んで来るは茶色の体色を持ち、カサカサと六足を動かしながら、後尾を地に引き摺って現れた一匹!
5、6mクラスの大きさのそいつは、腹部分がブクブクに膨れ上がっており、そこからバッタの群れを吐き出す!
「うわっ、増えたっ!?」
「A型にしちゃー迫力がねーよなー。V型だろ知らねーけど」
「よっしテメエら、悪いニュースだ」
層構造の橇の上、黄金を生み出し続けていた乗研が、他の面々に一報を届ける。
「バッタ共が俺の魔法に片っ端から攻撃を仕掛けてやがる。俺が供給するより、黄金板がダメになってくペースのが早い」
「お決まりの良いニュースは?」
「ねえよ。自分で作れ」
「クソがよ」
マウントポジションのように、一方的に顔を殴り続けられる、なんて事はなかった。
生死を賭けた戦場である以上、それもやむなしか。
「俺達の大まかな位置を誤魔化すのは諦める!こっから俺の能力はピンポイント防御に使うぞ!」
「「かしこまりました。父の腕を」」
水面分割!
C型にざっくりと深手を刻む!
だがそれを使っている間、他の能力を同時使用する事は出来ない!
食って喰って食いまくったバッタ共が、更なる餌を求めて乗研達に殺到!
それらはすぐに固体となった血を吐いて地を埋める!
「ニハハ!その程度の耐性なら!」
ウォーターブルーの雪片花!
「私の冬からは逃げられないよ~ん!」
その場に集まって来た下級モンスター達が次々と固められ、細胞という水分で出来た単位同士の結びつきを破壊される!そこに彼女の踵落としやジャブ・キックによって、スケートブレードで割り砕かれる!
氷点下まで急激に冷却されると、ゴムや金属等様々な物体の軟質、弾力が失われ、硬く形が変わりにくく、つまり脆くなる。しなやかさが失せ、破壊されやすくなるのだ。
冷やされた船底が氷山に衝突し大きく損傷、沈没した巨大客船が、事例として有名である。
バッタ達の体は素材として優れていたかもしれないが、そのパターンには漏れなかったようだ。
C型1体がざらめの煎餅のように白点に纏わりつかれながらも彼女を氷山の影から奇襲するが、黄金板が即座にそれを守る!
その首が黒いゲートで異界送りにされ、別の場所に捨てられる!
「ズっルくていいにぇ~それ!」
「テメーがゆーな!」
「「父の恵みを」」
光輪の一つが彼らの頭上に置かれ、そこから真っ白な太陽と言える輝かしさで照らされる。
彼らの肉体を守るように、力が分け与えられたのを感じる。
「「通常より数段、身体を酷使しても問題は起こりません」」
肉体の強度を高め、傷がつけば治してくれる、加護の光。
「「術の効力も、上がっている筈です」」
下級モンスター達も、その攻撃も、冷気によって活動を停止。
丁寧に一つずつ踏み砕かれる。
そこに颯爽と滑り現れるのが、傷を治し切った合成型バッタ。
その身体が揺らぎ、瞬く間に彼らの傍へ。
黄金でのガードが入る前にまず乗研を蹴り、次に“聖聲屡転”へと羽根を投げてから、彼らがまた黒い入り口に消えて行って、別の場所に転移した事を認める。
「追い着いてみやがれ!俺のトリックプレーによーっ!?」
自身満々に言っている吾妻だが、小型バッタ達が吹き荒れエリアを満たすが為に、移動先の位置も早期判明!
一歩で自慢の後ろ肢のリーチ内!
乗研が壁役として前に出た事で、双方インファイトレンジまで肉薄する!
「「父の瞋りを」」
「オオオオオオオオ!」
白い炎を付与された黄金のガントレットで、普段よりもずっと肉体への反動を顧みない大振りで殴りつける乗研!
それと真っ向から打ち合った拳を伝って、翼が浄火に焼かれてしまう!
小型バッタの群れがそれに突っ込み、炎の持つエネルギーを捨て身で喰らう事で消火!
その間反対からもう一撃!
否、二撃!
後ろ肢で踏み切り前肢と中肢を繰り出す縦二段正拳突き!
上は右腕でガード!
だが下はそのまま腹に刺さる!
肉が煙を上げながらズブズブと鋭い肢先を受け入れる!
合成バッタの口から唾のように溶解液散射!
「ぐぅあああっ!」
顔面でモロに喰らった乗研はヘルムが溶け割れ顔の皮膚が爛れ落ちる!
視界を塞いだと判断した合成バッタは更に右の中肢で左胸を貫く!
拳の間合いでの数合、計2秒程度で一人詰み!
「これは豆知識ってヤツだが」
変だ。
おかしい。
顔面を満遍なく焼いてやったのに、致命打になり得る損害を幾つもくれてやったのに、そいつは意味のある言葉を吐いた。
「金ってのは、高い腐食耐性を持ってたりする」
ばきん、
そいつの顔が割れた。
胸も、腹も、攻撃を叩き込んだ点を中心に、放射状に破綻が広がる。
「劣化しづらいからこそ、永遠性を感じさせ、多くの権力者を魅了した」
黄金が、そいつの身体に貼り付くように纏われている。
さっきまで殴っていたのは、虚像だ。
どうせバッタに砕かれるなら、最も良好なタイミングで壊されるよう、待ち伏せて準備していればいい。
「さっきから一つも、お前は俺に届いてねえぞ?」
敵を蹴り飛ばし距離を取ろうとする合成バッタ。
その背中に一枚、いつの間にか配置された黄金板が当たる。
二つのそれらに挟まれ、両方に押す力を掛けたバッタは、反対側に掛かる筈だった力も全て反作用と共に打った側へ戻すという、黄金が持つ倍返し能力によって、前後から自慢の脚力で挟み押さえられる事になった。
止まる。
その頭が黒いゲートに飲まれ、離れた場所にポイ捨て。
首無しのバッタの後ろ肢が突如撥ね上がり、乗研の肩から先を捥ぎ取る一撃を下から振り抜く。
首に開いた伽藍洞の中から、触手の束が覗いている。
L型。
——こいつ…!仲間の死体を…!
使っている、と言うのか。
割れた骨を露出する断面。
その場所はさっきまで腕で塞がっていたのだから、黄金はまだ貼られていない。
そこから胴を袈裟懸けに抉り削るべく飛行を実現する強腕力が右フックを放ち、その羽の先から徐々に這い覆っていくはウォーターブルーの氷点下。
「君もう、W型じゃないし」
日光に照らされ、“提婆”のローカルで凍った端から解凍されていくも、雪の結晶は頸部の空洞から体内に吹き入り、光の届かない暗闇にまで侵入。
「さっきまでの耐性は、もう無いでしょ?」
W型の抜け殻が全身凍結。
そこに滑り来たリーゼロッテが腰を低くしながらの横蹴り。
内部のL型と共にバラバラに撒いた。
「「お見せください」」
乗研の元まで来た“聖聲屡転”、それが操る輪が傷痕の前に浮き、
「「父の慈しみを」」
それがスキャナーのように前に進むと、その輪の中で腕が再構築されていく。
「欠損を繋げるでもなく、再現して作り直す…。しかも無生物まで行けんのかよ。見事なもんだな。助かった」
「「お互い様で御座います」」
『わ、私の出番が無いのです……』
いつからそこに居たのか。
顔に二次元正方形を張り付けた黒づくめが、機械音声でじりじりと嘆く。
「「我々は強力な攻撃に手を回していると、リソースを割けない場合が御座います。その補助をお願い致します」」
『お気遣い、痛み入るのです……。優しさが沁みるのです……』
バッタ共でも、小物はリーゼロッテに近付こうとしただけで氷像にされる。
当面の安全は確保された。
「「他の“聖別能徒”との合流を急ぎます。何としてでも“奔獏”の手で作られた界面を突破し——」」
彼らの背後で爆発。
100mほど先。
木々はそこまで鬱蒼としておらず、戦闘の痕によって緑が禿げ、だからそいつの姿も見える。
「……まあ、W型だからな………」
「そうだよな。そうなんだよな……」
「取り敢えず……」
旅装姿、鳩の翼、四つの複眼を持ったバッタが、そこに3体立っているのを見てから、
彼らは互いの顔を見合わせ、奇遇にも通じ合う事が出来た。
「逃げよっか」
「大賛成だ」
『全力で頭を縦に振るのです』
「テメーら初対面なのに息ぴったしじゃん。神の奇跡ってヤツ?」
吾妻の冗談には誰も応えなかった。




