499.量も質も上を行く
“聖別能徒”。
救世教の最高傑作、“聖聲屡転”にその心身を捧げる選ばれし男女。
彼らは潜行者としての能力が高く、洗礼儀式によって使用する魔法を限りなく単一化されており、篤い信仰心から来る献身は、己の全てを天使に使わせる事も厭わない。
棘のある言い方をすれば、狂信者。
“自分”というものを、人間に注がれる救済、それを構成する永劫の中の一現象としてしか見ていない。
他者の魔法を全身で受け止め、それに操られる事を躊躇わない。
それは己を捨てたいから捨てる、という事ではあってはならない。
それだと逃避であり、神の道を進む行為ではない。
大前提としては自己を貴んだ上で、それを神との対話の為に、差し出せる者でなくてはならない。
それをどうやって見分けるのか?
“聖聲屡転”がその身に宿る事で、である。
天使はその身体を掌握する。
まず、そこに何の抵抗も挟まないか。
それが第一関門。
そして身体を掌握するという事は、それが持つ臓器の一つ、脳を明け渡すこと。
その記憶の一切、人格を形成する材料の全てに対して、包み隠さず天使の裁きを受けなくてはならない。
ここで罪を恥じ、奥底に仕舞い込もうとする者は不適格だ。
神の前で誤魔化しが通用すると信じているとは、神の絶対性に無意識の疑いを持っていると言い換えられる。
そして隅から隅まで躊躇いなく開示する者でも、感謝も恥も持たない者は、それもまた相応しいとは言えない。
それは何も考えていない、何も信じていない、見られていると思っていない、不信心と不義理、不明と無思考の塊である事を意味するからだ。
己の原罪、それによる不完全性から来る「羞恥」。
それを他に補われているからこそ、世に立っていられるのだという「謝意」。
それらを持ちながら、神の前で装う事の無意味さを骨身に沁み込ませ、心を開け放てる者達。
その選定基準を超え、魔法能力を使った修行によって、個々の身体の形を互いに近付け、背格好がほぼ同じな男女の組を編成し、そこまで行って漸く成るのが、“聖聲屡転”の受け皿、“聖別能徒”なのだ。
世界で最も大きな勢力を持つ宗教、救世主教と言えど、そういった人材を集める事は困難である。
“聖別能徒”は枢央教会を中心とする組織図の中の、各機関それぞれに一組は配置される決まりとなっているが、その最低限の数を確保することでさえ、多大な労力と苦難を要する。
それがまた一組、地図にも無い島で失われた。
「「宜しくないですね……」」
島が“奔獏”によって分断され、戦場が二つに分けられた。
壁越しに能力を発動し合う幾つかの試みから、あの壁は伝達を著しく遅らせているとしか思えない、という仮説に行き着いた。
かねてより語られてきた噂通り、そのローカルによってコミュニケーションが妨害される現象の本質は、あらゆることを「緩慢にしている」という絡繰りなのだろう。
能力の相性もあり、“聖聲屡転”がその断裂を超えるには、それなりの事前準備が必要とされる。
特に、人数が欲しい。
多人数による魔法陣構築によって以外で、現状持ち得る手札を使って、あの遅延能力による防柵を突破するのは、不可能と言わざるを得ない事だ。
だから彼らは、各地に散らばらせ全体を押さえさせていた戦力を、今一度集合させようと、手番を進めていたのだった。
けれども、その世界一貴重な迷える仔羊達が、容易く手折られていっている。
それが、「宜しくない」。
“聖聲屡転”はサポート的な、パーティー用語で言えば、PやBのポジションを担当する存在である。
戦略的な価値や影響力が高いものの、一組それぞれでの戦闘能力で言えば、実は然程とは言い難い。
無論、「チャンピオンの中では」、という但し書き付きの評価ではあるが、この島の食物連鎖の中で、狩られる側に回ってしまう要因は、充分に持ち合わせている者達だ。
なればこそ、リーゼロッテのバックアップという立ち位置であったのだが、その肝心の彼女と逸れてしまった。
それが持つ魔法能力の中には、“声”を届かせるものもあるが、一向に彼女と繋がる気配がない。
どころか、憑依した“聖別能徒”同士の通信すら、遮断されている。
今“聖聲屡転”は、神聖ローマ市国にて座す教王が行使する魔法現象本体からの、強力な能力行使によって、受け皿それぞれに自らの手を届け操っている。
だが受け皿を経由して別の受け皿へ、という形になると、出力不足なのか繋げる事が出来ない。
恐らく空に浮かんでいるバルーン、“奔獏”が生み出したC型或いはD型相当の眷属が、遠隔意思疎通全般を大幅に阻害している。
枢央教会で行われている信者達の祈りによって、魔法本体の強力さは増しているから、そこを突破して天使の人格を届けられてはいるが、現地での連携はズタズタだ。
対策として、受け皿達を魔法陣型に配置する事で効果を増幅する、魔学的メッシュ無線LAN方式が考えられるが………
と、同じ話に回り着く。
人数が必要だ。
そしてそれは、搔き集めている間も、刻一刻と減り続けている。
境界を挟んで反対側に配置していた者達に至っては、より高密度の残虐戦場の中に放り込まれたが為、こちら側以上のペースで喰い散らかされている。
先程その残存を使って、“刺面剃火”の逃走阻止に成功したが、直後に“醉象”の襲撃と、詳細不明の秘術に呑み込まれ、その中で物量に轢き潰され繋がりが途絶した。
大陸を横切った大洋上にまで届く奇跡が、完全に触れ得ぬ状態。
絶大な理不尽を強いる魔法の向こうに持って行かれた以上、彼らもまた貪り食われるが必定だった。
“醉象”、
その“醉象”だ。
どこもかしこも、あの厄災によって破綻しつつある。
こちら側で“聖別能徒”を屠り回っているのも、“鳳凰”と融合した奴の眷属だ。
四つの複眼を持つバッタ。
一組二組でしか集まれていない時に、あれらと遭遇すると確実に殺される。
そう、あれ「ら」だ。
複数なのだ。
illの手先、その時点で対等な強さではない。
仮にもチャンピオンが、意思の稀薄なモンスター単体に殺される。
その状況、塞がり方が、何より宜しくなかった。
“右眼”を持った者の逃亡に備え、沿岸部への配置を厚くした事を、判断ミスだったかとどうにも悔いてしまう。
そしてまた一組、見つかってしまった。
「「もう来ましたか。父の国を」」
生み出した壁に、カラフルな岩肌の人型が叩きつけられる。
“臥龍”と“奔獏”の合成型か。
そこに目掛けて投げ槍のように飛来するは、同じく熱した火山岩を纏ったイルカである。
その尖った先端は“奔獏”のローカルで減速。
だがその後ろから何体も追加の岩イルカが投げ擲たれ、団子状に連なっていき、有名な球体のゆりかご実験のように先頭を押し出して、何段階にも分けて貫いてしまう。
串刺しとなった合成ピエロは、壁を一枚ずつ割って二人に近寄っていく。
「「父の腕を」」
円から現れた大きな2つの掌が開かれ、彼らを守るように前に出る。
最後の一枚が抜かれ、イルカ達の分も合わせた質量がそこに雪崩れ込む。
キャッチし、振り回すように投げ飛ばす両腕。
空に放り投げられたそれら礫を蹴り飛びながら現れる合成バッタ。
蹴られた側のモンスターはバラバラに砕かれ撒き散らされる。
バッタは最後の一体、ピエロ型を粉壊させ、散弾のように二人を襲わせる。
「「父の国を」」
それを防ぐ為に高々と聳える壁を出した、天使の背後に既に回り込んでいる。
マフラーが複数の旋風を起こし、それらは黒と朱色の二色に染まりつつ、泥土や落ち葉を巻き上げながら挟み込むように彼らを襲う。
彼らは何度もそれに殺された。
故に知っている。
その風は、本来は“鳳凰”に備わった、空中での素早い移動を可能にする補助能力。
威力は目を瞠る程ではなかった。
だが彼らは白い巨腕を使って防ぐ。
その手の甲に切り傷が入れられ、何か有害な物を焼き滅ぼす、ジュウジュウという音が漂う。
警戒すべきは風そのものではない。
それが運ぶ、バッタの体液。
強い腐食性を持つ、フッ化水素酸のような液体。
触れると肉を掘り骨を侵し、気化したものを吸い込むだけでも、人体を内から焼き患わせる危険物質。
それを節操無しに分泌し、風に乗せて飛ばしてくる。
魔力をも纏い、電磁シールドや魔法での防御を削る効果も併せ持つそれは、下手な弾丸よりも彼らを悩ませる武器となっていた。
腕を再び攻撃に回すも、六つ足の残像を掻き消しただけ。
敵は既に上に。
空中で風を吹き生んで加速。
「「父の国を」」
再度の障壁展開。
それらがプレパラートのように手軽に破壊されていくのを、苦々しく思いながら追加の一手。
「「父の瞋りを」」
潔癖潔白の燃焼が、壁を破ったバッタを滅ぼそうと刺し付くも、コートの下から小鳥の苦しむような鳴響と、蜂の巣のような羽音の重奏が飛び出して、小さなバッタ達が燃え盛りながら離れ散る。
“醉象”のローカルによって、密集した彼らは耐性を高め合っており、焼死する数は最低限に、親玉は無傷で数歩先に着地。
「「父の威光を」」
その周囲に待機していた数個の輪の中から強光を焚く事による目潰し。
「「父の命を」」
頭と胸の境、首のようになっている部分を白輪がガッチリと組み掴んで、魔力使用を制限。
「「父の罰を」」
輪の一つが回転円盤飛刃と化して切断しに掛かるのを、前肢で掴み一部を削られながら握り砕く合成バッタ。
複眼のうち二つに小型バッタを被せ、視界の半分を守ったそいつは、首の枷輪も彼らに食わせて破壊。
有効打と思わせる要素なし。
——この受け皿も…、ここまで、ですか
腕を引き戻し壁を新たに立てながらも、被害拡大を予期した彼ら。
これまでと同じように、攻撃を当てられ殺される瞬間に、カウンターで雷霆を撃ち込もうと構える。
思った通り、障害を紙束のように破り捨てながら、超音速の回し蹴りが彼らを縦に切り取ろうとして、
ミシ、バキ、ベキ、
止まった。
スピードとパワーを高水準で併持するそのモンスターが、鉄骨が入った壁を凹ませるような家鳴に止められた。
その四つの複眼に映った、白装束の人影は、罅割れが走り黄金に染まる。
「“罪業と化ける財宝”。景気の良い一発をありがとうよ」
声の側に頭を向けるより先に、何らかの危険信号が節足を駆け巡る。
「“虚世”」
引こうとしかけていた頭の一部、首回りがごっそりと持ち去られる。
黒い楕円が、“向こう側”に送ってしまったのだ。
「っつー!おっしー!」
「ならこれはあ?」
ウォーターブルーの六角星がそいつを服の上から叩き刺し、熱を急速に奪う。
服の下のバッタの群れが、氷に閉じられながら剥がれ落ちた。
本体に目立った外傷はないが、防備をかなり剥いてやった事になる。
「身代わりしぇんぽうかあ」
「歯応えのありそーなヤツが出て来たじゃねーの」
新たに現れた3人。
彼らの後ろに受け皿の男女が、黒いゲートを通して転移させられる。
「ニハハハハハ!ガヴ!おまたー!」
「「助かりましたリーゼロッテ。皆様も、ご助力感謝致します。良くぞ間に合ってくれました」」
「“聖別能徒”がいつもの陣形だったからにゃあ!それぞれが襲われて応戦してりゅポイント見てりぇば、まだ戦ってない、生き残ってるペアがいそーなトコ探しゅのなんてラクショーだってへえ~!ガヴだってそのつもりで、戦いになったらムッチャ高く壁を立ててくれてたんでしょ?」
「「ええ。見事に信頼に応えて頂いております」」
「ワリいが感動の再会とお祈りの言葉は後にしてくれ」
異形の腕を黄金で覆った男、乗研竜二は、ヘッドセットバイザーをコツコツと爪の先で叩いて位置を微調整。
「先を急ぎたいんだ。雑魚はとっとと片付けるぞ」
「さんせー」
吾妻漆は彼の言葉に頷き、両手をポケットに突っ込みながら、
胸を反らして敵を見下した。




