厳冬が生まれた日 part2
彼女は、顔の曇りを濃くする。
「でも、それって、かみさまに、でしょ……?わたしにころされたら、かなしいよ……」
「「彼らを想って頂いて、ありがとうございます、優しい人。ですが、それは彼らの決意と、父の腕の広大さとを、共に過小評価すること……乃ち、甘く見る事に他なりません」」
「わたしっ!あまくなんて……!」
焦ったように弁明する彼女に、彼らは掌で撫でて落ち着かせる。
そこに悪意がなく、純然たる思いやりである事くらい、承知していると示す。
「「父は広く、この世の全てです。全てを内に宿し、全てそのものであり、全ての内に宿ります」」
その意思を読み解くのは、世界を解くのと同義。
そして世界の仕組みの中で、最も色濃く恣意的であるのが、ダンジョンと、それが生み出す魔法の数々。
「「あなたの力に向き合う、それは、父と向き合う事と同義です。我々信徒にとって、最もせねばならない事であり、最もしたい事なのです」」
「でも、しんじゃっても、やりたいの……?」
「「そもそも我々は、『死』、そのものに重きを置きません」」
「え……」
死を軽んじているのではない。
その逆。
死を絶対のものだと理解している。
「「父は、無限の存在です。その偉大さを深く知る者ほど、翻って我々が如何に有限なのかを知るのです」」
「え、っと……」
「「つまり、我々はいつか、必ず命を落とす、その事実から、父から与えられた宿命から逃げない。それが、我々の使命であり、誇りなのです」」
いつまでも死にたくない。
それは原罪を忘れ、神の作った世界に背く邪念。
地上に生きる者達は、有限であるからこそ、限られているからこそ、貴重で尊いものなのだ。
神から与えられた役割が、「有限なるもの」であるのだから、いつかは終わるものとして生きるべきなのだ。
人が人として死ぬことは、
神の法に従うという、
至上の行いと言えるのだ。
「「我々にとって、『死ぬか死なないか』は問題ではありません。確定した事実として、『いつかは死ぬ』、それだけです。我々を作るこの魔法でさえ、人の世に絶対が無い以上、遥か未来では滅んでいるでしょう」」
「い、いのち、いらない、の……?」
「「それもまた、認識が違います。我々は命を捨てないというだけです。そうですね、我々が思う最も重要な事は、『死なない為にどうするか』ではなく、『正しく生きる為にどうするか』、『正しく死ぬ為にどうするか』」」
死ぬことは分かっている。
それは受け入れる。
その上で、それではどうやって死ぬか。
命という一回限定の権利を、何に使うか。
どうやって、理想的に世を去るか。
「「我々信徒にとって、あなたの力と渡り合い、その結果として命を落とすのは、望むところなのです。命はいつか消えます。それを信仰の為に、世の真理を目指す巨大な運動の為に使えるとしたら、それはなんと素晴らしき事か」」
彼女は神に関係無いから、命を捧げるに値しない、なんて事はないのだ。
何であれ、そのものの本質を掘り下げる事は、神と相対し、それに傅くのと同じなのだ。
特に、人の身で抑え切れぬ彼女の力。
それを意に沿って操る事を実現したのなら、それは神の試練を一つ越え、明確に一歩前進した事になる。
自らがそこに貢献した、そう信じながら永遠に眠れる事。
なんて素晴らしい今わの際か。
「そ、そんなの、みんな、きもちがよくなったら、じゃあもういいやって、しんじゃうってこと……?」
「「それを赦さない為に、救世教では自死が絶対の禁忌とされるのです」」
「あ……」
「「父は我らの刻限をお決めになっています。役目をお与えになっています。どれだけ苦しむとも最後まで生き切る。父から与えられた終わりに至るまで、最期まで全身全霊を賭す。それが一番の信仰なのです」」
神からの使命、天寿の中から、自ら降りない。
短く生きた者は不公平だと怨み、
長く生きた者は苦しみが続くと嘆く。
その両者が存在する中で、逃げを選ばない。
平等ではない、馬鹿馬鹿しいなどと冷笑せず、
生きる苦しみ、いつか知らぬ時に死ぬ恐れ、
それらを抱えながら、霊峰を登り続ける。
「どうして、どうしてそんな、かみさまをしんじて、そこまで……?」
「「その魂が、救われる為に」」
「たま、しい…?」
「「我々は有限です。しかし、神の国が到来するその時、有限なるものは時間を超えて、全てがそこに召されます」」
人は神の教えによって繋がれ、その先端が神に引き上げられ、連なる者達は神の手で無限となる。
一つ一つではちっぽけな有限が繋ぎ合わさる事で、いつか無限に至るという希望。
「「それは、『有限』である事から逃げた、降りた者達には、二度と訪れない幸福」」
「てん、ごく……?」
「「はい。我々は有限である事から目を逸らした時、永遠に有限のままになり、無いも同然な小さな一つである“個体”の枠に閉じ込められ、虚無の中をどこにも着かずに彷徨い、自らの生の全てを、必ずや消滅する無意味としてしか捉えられないという、真の地獄に堕ちる事になります」」
絶望を癒す唯一の特効薬。
真理への探究。
神の導き。
その道の一部となっている実感こそ、人を永遠にする。
その中でなら、人は笑って逝ける。
世界に挑むには、人は小さ過ぎる。
だが矮小さを自覚し、対応策として時間を超える術を見つけ、それによって無限に至る道を見出す者達が居た。
人は彼らを、求道者と呼ぶ。
「「我々に、あなたの事をお手伝いさせてください」」
彼らは再度、彼女に要請する。
「「あなたのその力を、あなたの、人の意思で御する事が出来るように」」
どれだけ肉体が滅びても、それに挑戦させて欲しいと。
「「それがあなたや我々を滅ぼす罰なのか、それとも超克する事で人を正義に近付ける試練なのか、それはこれから分かります。そして、どちらであったとしても」」
「みんな、うけいれる……。かみさまのきめごとのなかにはいって、かみさまのいちぶになる……。それが、しあわせ……?」
「はい。その通りで御座います」
彼女にとって、それは世界からの呪いであった。
彼らにとって、それは神からの伝言であった。
彼らはそれを才と見て、どのような形であれ、それと関わる事を幸福と感じた。
触れる者全てを傷つける、そんな彼女と、心から一緒に居たがった。
信仰。
彼らが彼女に見せたかったもの。
人が唯一つ、自らの手で紡げる“奇蹟”。
「わたし」
後年に彼女が、救世教会からの洗礼を受けるのは、一つの自然であった。
「わたし、リーゼ」
彼女が最も信を寄せるのが、
「リーゼロッテ」
言葉を持った魔法であった事も、
「「私は“聖聲屡転”と、そう呼ばれています」」
疑う所のない当然であった。
「ずっと一緒に居てね、ガヴ」
彼女が差し出した手を、二つの掌が包み温める。
「「ええ、お約束します。神の元に召される——」」
——その時まで、ずっと




