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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十九章:人も神も怪物も龍も、みんな等しく明日に狂う

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厳冬が生まれた日 part1

 キリル連邦第二の都市、サンク=ピョートルフに存在する、“六花スィニエーク宮殿”。


 国内有数の長河に面し、寒空の下のその水面に似た、緑がかった寒色の青色、そして白い石材から成るそれは、旧キリル皇国の王宮として建造されたものであった。


 中央に上から見ると正六角形の建物を囲み、横から見ると長く四角ばった姿をしており、所々にあしらわれた金や尖塔が上品な瀟洒しょうしゃを醸す一方、全体としては「質実剛健」といった堅い佇まいとして纏まっている。


 その中の、宗教画や非日常的純白で囲まれた、アーチの連なる洞窟のような構造の中、左手に木立が並ぶ中庭を窓外に見下ろし、護衛の騎士団が居並ぶ廊下を、背格好がほぼ同じである二人の男女が静々と歩く。


 彼らの頭上には、大きな一つの白い輪が浮いている。

 大衆が思い描く天使、それが三次元の肉を持ったら、そのような形になるのかもしれない。


 二人はある両開きの扉の前で止まる。

 その脇を固める者達に目で合図を送り、距離を取らせる。

 それから二人ともが外側の手で、全く同期したノックを3回。


「「入りますよ」」

 

 そう言ってから押し開けようとするも、


『こないで!』


 内部からの声に、動きを止める。


「「入室を、お許し頂けませんか?」」

『はいっちゃダメ』

「「御顔を拝見しながら、お話したいのですが…」」

『そんなことしたら、あなたたちも……』


 その声に混じる怯えるような色が、一枚隔てた外にも伝わる。

 彼らは了解していた。

 彼女が何を恐れているのか。

 彼女に近付くのがどういう事か。


「「我々は、あなたのお手伝いがしたいのです」」

『ダメ。そんなことしたら、あなたたち、しんじゃう…!』

「「いいえ、平気ですよ」」

『へいきじゃない!あなたたちは、しらないから!』

「「大丈夫、我々は理解しています。あなたの力の事も、今、その身に何が起きているのかも」」


 彼らは、それを解決する為に、ここに来た。


『……しって、るの……?』

「「はい。我々には大丈夫な自信があります」」

『どうして……?どうして大丈夫なんて言えるの…?』

「「ここを開けて、あなたに歩み寄る事をお許し頂ければ、お教え致します」」

『………』


 誰も巻き込まない。

 その決意は立派だ。

 しかしまだまだ幼くか弱い子ども。

 孤独への覚悟なんて、それほど強く固まっているものではない。


 パキパキと、扉の向こうで何かが割れ落ちる音がした。

 木の幹が折れ倒れるような、軽さと重さの両方を持つ響き。


『……はいって』


 二人は改めて背後の者達を振り向く。

 彼らそれぞれが防護用の盾型魔具を設置し、備えが完了している事を確認してから、重々しく入り口を開いた。


 まだ射しこんでいる日も影も短い時間。

 そこに、夜も山も深いと思わせるような、寒冷が破裂するように溢れた。


 床の表面に薄く氷が這い、騎士団の前線から内側には、凍える青を含む白色が吹き付ける。


 二人はその中でも、震えも見せず中へと踏み入る。

罪を知らぬ真っ白な円から、二本の腕が出現し、彼らを守るように包み込む。


 中では家具も空気も凍り付き、天井から滴る雫が氷柱となり、電灯も熱を奪われ暗く沈黙している。

 屋内であるのに雪が降り、床に積もって冷たいクッションを作っていた。


 この部屋の内にだけ、冬がある。


 その寒風さむかぜ根本ねもとには、天蓋付きベッド。

 その上にちょこんと、毛布の山が作られていた。

 暗い中でよくよく目を凝らせば、それがぷるぷると小刻みに震えていると分かる。


「「こんにちは」」


 呼びかけに応えて顔を出したのは、両目の上半分が隠れるような、恥じらう前髪を持った童女。

 カチカチと歯を鳴らす彼女は、不安と疲弊とで蒼褪めていた。


「「初めまして、お会い出来て嬉しいです」」


 彼らの背後で、扉が閉まる。

 ここからは任せた、という事だろう。


「その、すごいまほうが、だいじょうぶなりゆう……?」


 彼女の力に、対抗できるだけの強力な奇跡。

 それは希望でもあり、だがそれだけのものがなければ、矢張りその寒波は人を傷つけるのだと、その幼心についた新しい傷を抉る。


「「いいえ?」」


 だが彼らに言わせれば、そんなものは奇跡でも何でもない。


「「我々はあなたに、もっと、とびきり素晴らしい物を、ご覧頂く為に参りました」」


「すばらしい、もの……?」


 話している間も、彼女はいつ、二人の命が尽きてしまうか、気が気ではない。

 その不安が、更に室温を深く潜らせる。


 その心の動きを知ってか知らずか、二人はまた、ゆっくりと距離を詰め始める。


「……!だ、だめだって…!」

「「何故、でしょうか?」」

「だ、だって、そんなちかくにいたら……!」


 彼女の目前、ベッドの端に彼らは立った。

 

「「我々は、平気ですよ?」」

「いまはそうだけど、でも、ずっとこうしてたら、しんじゃうよ…!」

「「お生憎あいにくですが、我々は——」」




——この程度で滅びません




「あなたたちがつよいことは、わかったけど、で、でも、もしかしたら…!」

「「いいえ。もしもがあろうとなかろうと、我々は滅びようがないのです」」

「……?ど、どういう、こと……?」


 その言い方ではまるで、「死」という概念が無いかのような。


「「内緒ナイショに、できますか?」」


 二人は顔布越しに、口元がある辺りに人差し指を持っていき、「隠し事」のジェスチャーをする。

 童女はそれに倣い、自分の口元を人差し指で塞ぎ、「しぃー……」と頷いた。


「「善い子ですね」」


 同時にしゃがみ、顔を近づける。

 童女も布団を引っ張りながら、縁に寄る。


「「我々は、魔法なんです」」

 

 彼らが話した内容は、一言ではよく分からなかった。


「ま、ほう…?」

「「はい」」

「あなたたちが、って……?」

「「そのままの意味です。我々は、神聖ローマ市国教王猊下が行使する、天上の父から与えられし祝福、その権限体」」


 魔法能力そのもの。


「「かねて、人は父からの伝言を、その真意を解こうとし続けています。その探究の一つとして、父から下賜かしされた力、権能そのものに、人の言葉で語らせる、そういった試みが提案され、実行に移されました」」


 魔法。

 神から与えられたその奇跡自身なら、真理を知っているのではないか。


 そこに活路を見出した教会は、教王候補の教育の中で、「天使」というメッセンジャーの占める割合に重きを置く。


 それは命令者であり、導く者。

 それは神と人間を繋ぐかすがいであり、架け橋であり、人にも理解できるよう、噛み砕いて単純化した教えを授けるものである。


 例えば「恐れる事(なか)れ」。

 例えば「これを書き留めよ」。

 例えば「栄えは全地に満つ」。


 これは神の力の中でも、「情報」が含まれている奇蹟だと解釈できる。

 その物語を子らに刻み、歴代の教王の役割を「神の声を聴く」事と定義し、その魔法を代弁者として構築する。


 魔法という、情報で統制されたエネルギー、現象。

 その中に、“人格”というより精緻な秩序を作り上げる。

 “霊格”を人の目に映る形へと生み直す。


 一代だけでは、為せる業ではない。

 だが物語が“教王”の号と共に受け継がれ、その座に就く者達が試行の重なりを後世に連綿と残し、魔法は誰かの死で消滅せず、個々の命を超えて磨き抜かれていき、いつしか言葉を語るようになった。


 教王という座に、魔法が宿る。

 その構造が、その偉業を成した。


 そしてとあるダンジョンを見た者達から、人々の肉体の中にその精神を直接注ぐ、そのアプローチが発想される。

 両性具有的、或いは無性的であり、人を超越した存在であるそれが、この世に命として降り立つ。

 その為の器は、必ず一対の男女で構成されなければならない。


 教王は今も、市国の枢央教会に座している。

 だが枢機卿団を始めとする信者達の祈りと、魔素を絶えず生成し続ける機構によって、世界中にその声を、神の代弁者を届け続ける事が出来る。


「「分かりますか?教王猊下がご健在であらせられる限り、いいえ、“教王”という地位を教会が擁する限り、私は消えてなくなる事はありません」」


 だから、


「「ですから、他の何を壊してしまっても」」


 彼女がその力に覚醒した、その瞬間の悲劇を繰り返したとして、

 例え国中を氷漬けにしたとして、


 彼らだけは、彼女を一人ぼっちにはしない。

 絶対に、置いて行く事など有り得ない。


「……でも、」


 それでは——


「あなたたちに、からだをかしてる、そのひとたちは……?」


 賢い子だと、彼らは微笑む。

 優しい子だと、心を温める。


「「それも、心配御無用です」」


 だが、そこは救世主教会を信じて貰う。


「「皆、覚悟を持っています」」


「かく、ご……?」


「「はい。我らが父の為に、その身を捧げる覚悟が」」

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