491.生きているのか死んでいるのか
央華が保有する極秘人工島“疎州島”。
その上空に出現した球形物体には、よくよく見ると丸々とした手足や、顔の描かれた小さな球がくっついている。
それは、モンスターのボディなのだ。
ill本体ではないが、彼らが生み出した眷属のような、ダンジョンの中に棲まうような、上位クラスのモンスター。
「夢幻の如くなり」。
伝達をインタラプトするローカルを周囲に展開し、魔法を使った意思疎通すら堰き止めている元凶。
その周囲には、不思議と群生相バッタがいない。
遠巻きに囲んではいるが、近付こうとはしていない。
それらの大元の意思が、バルーンを見逃せと命じている。
人間達が外に何かを伝えられない、それはどちらにとっても好都合であるからだろう。
破壊するなら、人の手で行うしかない。
そんな無謀に挑戦する人間が居ればの話。
そして下方から翠針が乱れ撃たれた所を見るに、そういう輩はちゃんと居たらしい。
「全弾想定通りに炸裂!されど敵モンスターに目立った損傷無し!」
「そう簡単に終わってはくれないか」
メナロは報告を聞きながら舌を打ち、それから首を僅かに傾ける。
耳元を過ぎる衝撃波。
弾丸は鼓膜を揺り脅すのに留まる。
彼らが立つ小高い地形の前方では、盾と弓兵の隊列が並び、その前では騎兵が機兵と火を交わしている。
黒炎を操るその敵は、四つ脚は地中から、二足は空から現れたものだ。
一切の通信を断たれ、直接視覚・聴覚のみで連携をしている状態にしては、どちらも一糸乱れぬ統率を見せていた。
「どう思う?」
「はっ!我が投射炎は目標に近付くにつれて大きく減速!目標から発生した小型モンスターが針路上に入り、身を捨ててそれらを相殺!大型には一切の損耗を与えず!」
「ああいや、私が言いたいのはそちらではなく、」
彼の視線の先には、央華が出し惜しみを繰り返していた機械兵士達。
魔法による遠隔操作だとしたら、バルーンのジャミング能力によって、身の自由が奪われる筈。
ああして動けているのだから、それぞれ自律したスタンドアローンであると理解するのが正しい。
だが固体ごとの能力の差異が、無さ過ぎる。
寄せる手法は確立されているが、あそこまでぴったり一致するのは、見た事も聞いた事もない。
「極東の成金が、また何か珍しい商品でも買ったのか?」
「それこそ貴族的な、人を限りなく道具に近付けるやり方、その成果でしょうな」
〈「気が合いそう」というご発言、訂正なさいますか?〉
「とんだ思い上がりだった。その分野においては、彼らより後れた場所に居る事を認めるしかない。いやはや完敗だ。あそこまで“個”という概念を踏み躙れるものか。素直に脱帽だな?」
メナロが背後を見上げれば、そこには深緑と金ラインの鎧を装備したドラゴン。
その頭の部分は丸々覆われ、顔の前には丸い明かり窓のようなものが付いている。
三つ首が吐く炎の持つエネルギーを、より限定的に、点として集合させるレンズのような役割。
別の騎士が変身した、特別製防具である。
圧力や燃焼を発散させるので、範囲や打撃に優れる兵器だった爆発火球を、一点集中の侵徹用狙撃弾に生まれ変わらせるコンビネーションであり、ダンジョンの深層から現代の人類間戦闘まで、幅広く活躍する組み合わせ。
それにバルーンを撃ち落とさせて、すぐに機兵狩りに加勢させるつもりであったが、あんなフワフワと牧歌的なオブジェ一つであっても、ill共は易々と壊させてくれないようである。
「如何、なさいましょうか?」
「童心に還って風船を求めるのは後にする。全隊、火力を正面へ。中央を突っ切るぞ」
「承知致しました閣下!聞こえたな!ここから“霧”に入る!足を止めた奴は栄光ある戦列からその英名を省かれると思え!」
〈仰せの通りに!〉
ドラゴンが吠え、その睨みの先を黒炎へと移す!
レンズの内側に搭載されたカメラシャッターのような“絞り”が窄められ、奥からビビッドグリーンが滲み膨れ、
発射!
連連連連連連連連連!!
連射連連連
発射 発射 発射発射発射連射連射連射
発射 発射発
発射 射発射 連射連射連連連連
連射連射 連連連連連連連連!!
発射
発射
発射 射連射連連連 連連連連 連連!!
発射発射連射連射連 連 連連
火球、火針の放出ペースを上げていき、その間隔が詰まりに詰まり、一連なりの線形に見えるようになる!
三門のプラズマビーム砲が地を抉り延焼を起こしながら黒炎を貫き機兵達の移動可能域を囲い狭めていく!
「推して参る」
「すぅすめええええ!!」
乗馬兵が攪乱し盾が押し上げ弓が射圧する!
四脚戦車の対物重機関銃でさえそれを止める事は出来ない!
だが上空への目立つ攻撃によって、この位置に異物が存在する事は周囲から丸見えである!
降下した機兵のうち、周辺で索敵態勢だった機体も集まってくる!
チャンピオン級の能力を持った量産兵士達が団結する事で、勢いは再び敵方に、
「“神呪拝授供犠饗餐”」
傾く、
前に、
金色の魔力が最前線に躍り出る。
マントをはためかせ、黒檀のようにツヤツヤとして上品な杖を、くるりと回して遠心力で加速させながら、二足兵士の一体に横から叩きつける。
透過した体を持つ金色の狼が打撃部位を噛み砕き、引き千切る。
膝を曲げ上げ、伸ばすという単純な動作で横から豪速で迫る一体を蹴り刺す。
その足先からも狼の顎が現れ、牙で炎と鉄とを裂く。
メナロは狼を纏っていた。
それは毛皮を着るという意味でなく、エネルギーで構成された複数の狼型魔力弾を、全身に走らせているという状態を指す。
ある程度の自律思考を持つ忠実な従獣達が、彼の一挙手一投足をより破壊的にする!
それが彼の魔法!
一匹が黒炎で焼かれながら使い手より離れ、敵の腿辺りに噛みつき自爆!
杖の先端が四脚戦車の関節部を次々と突き抜いていき、その一つ一つに凶悪な咬合が付加される!
カーボンブラックが破壊された脚を再度直そうとするも、英国きっての騎士達の前で、秒単位でも足を止めるなど許されるわけがない!
全身から矢弾や火焔を生やして損傷が深刻化!
黒炎の爆発噴射を使ってキルゾーンから逃れ、欠けた部位を補修して立て直す、それを済ませるまでに4割が完全破壊される!
形勢は決し、押し込まれていく背中が“縄張り”に入った。
最後列の一体が黒いバッタに集られ、更に旅装を着込んだ大型バッタ達が現れ侵入者を徹底消去に掛かる!
押し込めた事を確認し、完全詠唱を一旦解除しようとしたメナロだが、手応えに心地の悪さを感じて術を延長。
近くで退却し損ねた一体、その胸に杖を突き立て狼に食わせる。
——ほーう?
彼の能力は、敵が生体であればその破壊力を増す。
味の好みのようなものだ。
故に、生物かどうかの見分けに長けている。
モンスターが相手でも、それが生物に近いかどうか、鑑定出来るくらいだ。
“刺面剃火”の食った狼が、肉の匂いを嗅ぎつけている。
ほとんどは無理矢理噛むしかないが、ほんの一部、大好物と言いたげに喰らい付きの良い部分がある。
——生物か?こいつ……
機械化人間、サイボーグ、呼び方は何でも良い。
ほとんどが人工物に換装されているが、ごくわずかに人間の面影、残り香を有している。
モンスター以上に、境界のどちら側に置くのか曖昧。
こんな相手は初めてである。
その不可思議な在り方を元に、メナロの考察が能力統一の絡繰りに及び掛けたその時、
〈!右翼!構えろ!〉
防御動作。
命令即実行。
しかし前衛の内で助かったのは、X軸の値が彼より負に近かった者達だけだった。
〈下郎…っ!〉
下品な催しで、人を驚かせる為に放り込むパーティーグッズのように、
手や足や頭や腸が飛んだ。
巻込まれながら、悲鳴を残せた数人は、幸運だったと言えるだろう。
現れただけで30%近い部下達の体を削ったそいつの頭には、黄色く光る四つの複眼があり、更に顎には別のモンスターが咥えられている。
熱せられた岩のような部位と、それに不釣り合いなくらい涼やかで色素が薄い肌を持つ、イルカのような個体。
そいつから出る煙は、高熱によるものに思えたが、違う。
鼻につく悪臭が事態を語ってくれている。
溶けている。
腐食している!
〈ちぃ……!〉
杖を振り抜くも垂直跳躍で回避される!
マフラーがつむじ風を起こすとパラパラと雨のようなものが降り、騎士達の防御が削れてしまう!
〈閣下!強酸のような体液が!〉
「解している!」
消化液を武器として、風に乗せて撒いたのだ。
〈こいつが音に聞く『複合型』か……!〉
そして奴が今食っているあれも、同様のものだろう。
いつからかは分からない。
だがいつの間にか、これは始まっていた。
〈知性を持つなら慎みも覚えろ…!化外の虫ケラ共め…!〉
既にこの島は、 illモンスターの蠱毒と化している。
奴らは飽くまで片手間に戦力を削り合わせ、
その「片手間」の余波を受けて、
英国の精兵の三割が再起不能だ。




