3.崩れるとか聞いてない part2
仕方ない。
心の中で何度も呟く。
ローシでギリギリ長らえる、“普通”の生活以上を望んだ、そんな俺が悪かったんだと。
この生き方から抜ける為に、俺は個人で配信活動をしていた。
元々は自尊心だ。支援なんてなくても、ローマンでも、一人立ちできる。
俺は一人でも大丈夫。それを証明してやりたかった。
やれる事で思いつくのが、潜行者だけだった。
だけど、俺達は弱い。その稼ぎだけでは足りなくなる。
だからローマンである事を隠した上で、少しでも足しになればと、藁にも縋る思いだった。
教えたがりが多いネットの心理も利用して、経験者・先人達の知恵を借りてダンジョンでの立ち居振る舞いを教わる、そういった利点も軽視できない。
けれども、活動開始から少しして、自分と同年代の少女が、ダンジョン配信で大成功した。
“くれぷすきゅ~るちゃんねる”こと“く~ちゃん”。美少女中学生で、強く、優しく、勇敢で、絵になって、
何よりも、人を笑顔にした。
俺も、笑っていた。
彼女の姿を見て、その背中に希望を抱いた。
悪意だらけの世界で、彼女は俺に与えてくれた。
出口が見えず迷っていた俺に、唯一の活路が、見えた気がした。
燦然と輝く彼女を見て、「自分もこんな風になれたら」、なんて、そう思った。
俺も強くなれば、誰かを助けられる人間になれば、心を揺さぶる事が出来れば、
自分勝手に生きるだけじゃなく、人の為、社会の為に、なれるんじゃないかって、
支え合いの輪の一員に、ローマンが加われる方法が、やっと見つかったんだって、
思ってしまった。
久しぶりに、「自分の金で生きる」以上の夢が生まれ、
つい先月、それがぶち壊された。
ローマンだとバレるのは、人気商売では致命的だ。いいや、潜行者としても、それは変わらない。
世の中には、ローマンへの執拗な嫌がらせを繰り返し、それを配信する迷惑系なんて人種まで存在する。純粋に憎悪を持つ者から、愉快犯まで様々だ。
公然と批判できて、打ち据えれば賞賛され、戦っても圧倒的な格下。ストレスの捌け口としてもってこい。境遇を受け入れてしまった結果、サンドバッグ役を生業とした、そんなローマンが居るって噂まである。
「“日進月歩チャンネル”の主が漏魔症」、それはアンチローマンコミュニティ内で瞬く間に拡散。配信一つ点けようものなら、大量のbotアカウントに荒らされ、初見はローマンと言う単語を目にしてブラウザバック。それでも折れずに強行すれば、通報連打からのアカウント停止まで有り得る。
俺の場合は本名すら晒されたわけだから、リアル住所まで特定され、路上で待ち伏せを受け、ダンジョンに潜るのすら妨害されることも。
自分が映らないので認知されにくく、強いディーパーの稼ぎとなる為、不用意に邪魔されにくい。そんなダンジョンカメラマン以外に、働き口が見つからなくなってしまった。
しかも、ランクの高いディーパーに強請られ、週一ペースで金銭を要求されている。
「警察にチクったら…」と脅して通報させないのが常套手段だが、俺の場合は頼みの綱の国家権力すら、まともに取り合ってくれない可能性の方が高く、効きは覿面。
払わず逃げ回っていたら、ある日急に路地裏とかから襲われて、どっかの過疎ダンジョンに連れ込まれ、その場で死ぬかどうかを選ばされる。それで手持ちが足りなければ、深めの層に一人で置いてけぼりだ。死体も残らない。
かと言って、今のペースで貯金を切り崩していれば、いずれ要求額を満たせない日が確実に来る。
もう俺は、地上での生存すら危ぶまれるのだ。
その内ここにも居られなくなって、どっかの国の新規ダンジョン開拓、その最前線に沈められるかもしれない。多重債務者の末路だ。ダンジョンの底の住民になる、その未来も遠くない。
全て裏目、
罰、
因果応報。
「砂漠で枯れて消え去るように、誰にも知られず死にたくない」、
そんな贅沢に眩んだ俺への、ある種見事なしっぺ返し。
諦めが悪い俺は、それでもダンジョンでの一攫千金にしがみついているが、そのうちに心か命、どっちかが折れる事になる。
それが分かっていても、「諦める」事を選びたくないなら、それ以外に道はない。
だから、仕方がないんだよ。
今日何度目か、俺は自分に言い聞かせ、撮影係を続行する。
ランク8相当のディーパー、且つ人気TooTuberでもある二人、“ブルー・ブル”と“あっしぇん”。今回は彼らのコラボ企画である。
チャンネルは“ぶるぶる”側。俺以外のカメラマンは、後衛と並んで録画のみ。俺という「不適切なもの」が映っても、編集でカットする為だろう。俺が死んだときの、予備要員でもある。
場所は深級ダンジョン、“爬い廃”。内装は高湿の洞窟。窟法は、「地に足を着けて進むべし」。
彼らの合同パーティーによって、何層まで行けるかのチャレンジ企画中。
現在その第3層。ここを突破すれば、10階層ある全体の、30%を達成したということだ。
流石は深級。G型は数が多いくらいの変化だが、V型は明らかに浅・中級のそれと別格だ。
今回はエンカウントの内訳的に幸運な方で、更に熟練且つ中規模程度のパーティーによる協力潜行。危なげなく勝利を重ね、俺もまだ怪我をせずに済んでる。けど、その分撮れ高的には物足りないようで、さっきから“ぶるぶる”の苛立ちの高まりを感じる。
できれば戦闘以外で、命に関わらないくらいのハプニングが起きてくれないものか。高望み丸出しな願いを抱きながら、俺は一団に同行する。
何か、
何か無いのか?
何か、
何か俺が、
俺がここからどうにか、
そんな、何かが………
プツッ、
「いたっ」
慌てて口を押える。幸い、俺が収録中に声を出したことについて、聞き咎めたヤツはいなかったみたいだ。
でも、今のはなんだ?
反射的に「痛い」と言ったが、どっちかと言えば、極細のドライアイスで突かれたみたいな、凍えも混じったような一刺し。
「痛い」のでなく、
——怖い?
何が?
俺は脚を震わせ、
違う、
震えているのは俺だけじゃない。
「なんだ!?」
「地震!?」
「馬鹿な!このダンジョンにそんな現象、今まで一度だって」
「でも今実際に」
「掴まれ!」
ぞぞぞ。
俺は今度こそ、全身を鑢掛けされたような、凍傷的痛覚をはっきりと感じ取った。
本能的にカメラすら投げ棄て、なるべく自重を身軽にする。
「!上だ!G型!」
「なに!」
天井に張り付いていたらしいイモリが落下し、一人のディーパーの頭上を目掛ける。“あっしぇん”が手にした槍を投げ、貫き、そのコース上に俺がいたので慌てて転がって回避。すぐ横に突き立った穂先に刻印された魔法陣が、獣めいて不機嫌に呻いた。
その間も揺れは大きくなり、
「うわあああ!?」
「じめんあああ!?」
崩
れ
た。
ヤバイ!足下!跳躍!なんとか足場が残っているところまで、ダメだここも崩れてる!次!クソ!次!そうだ!“ぶるぶる”!あいつなら足場を作れる!次!ほら!今も!ああ!チクショウ!次!分かってたけど!俺が最後かよ!次!後回しにされてる!次!こっちの下はもう持たないんだよ!次!はやく!こっちに!次!ほら!全員!次!助かっただろ!次!俺以外!次!こっち
「うあ」
腹の奥、胃だか腸だかが押し上がる感覚。
落ちてる。
目星を付けた先が、踏む前に沈みやがった。
自然の摂理で、俺はこれ以上、上には戻れない。
落ちる。
下に。
したに。
したにいいいぃぃぃぃぃぃぃ