486.人でなし共
「「父の瞋りを」」
“聖聲屡転”の一声で白い炎が林立する緑を薙ぎ焼く。
カーボンブラックとエネルギーを相殺し合う。
火の粉が互いにぶつかり合って消滅。
黒き炎影の先端が揺らめきに振り切られ宙に舞ってからするりと空に溶ける、かと思いきや質量を持ったカッターに変相し白を破って憑座である二人組を狙う!
「「父の命を」」
白輪が飛翔進路を遮りぶつかった黒刃が砕け散る!
「「火から固体へ。これも間違いなく、“刺面剃火”の魔法」」
寸分違わず、全く同一の気配。
印象がコロコロ変わるものの、そこには幾つかパターンが存在する。
それら能力の多側面が、完全に一致しているのだ。
「「私と似たやり方、ですか」」
洗礼による矯正、どころの話でなく、同じ魔法を複数の人体で共有する。
神聖ローマ市国に存在する深級ダンジョン、“奇譚行”のZ型が為した所業であり、救世教会はそれを足掛かりに、“聖聲屡転”を作り上げた。
例外的だが、人間が頭を絞れば出来ない事ではない。
急激過ぎる相転移についても、魔法能力として前例を知らないだけの話。質量を一時的に失わせるようなやり方と見れば、似たような話を聞き及んでいる。
それは不思議や超自然ではない。
天に御座す偉大なる父は、人の理解が及ばぬ力と智恵を携えている。
たかが見た事のない魔法の一つや二つ、世に生み出されていてもおかしくはない。
「「未だ深くまで、読み解けはしませんが」」
左右二つのスラスターノズルを背後から突き出し、カーボンブラックの正六角多面体的装甲を纏い、縦型スコープのような物を顔の正中線上から生やす、SF人型マシンのような外見のそいつを見て、
「「何が出来るかは、大凡理解致しました」」
その正体不明さ加減を、彼らは決して恐れない。
父の生み出す物が、理解を超えることなど、有限の身には日常茶飯事。
星くずの運行一つ、正確に予測できない彼らに、未知未確認を与えた程度で、強力な攻撃になると思わない事である。
今はそれより、リーゼロッテの安否の方が気掛かりだ。
向こうに遣わした全員が、先程の爆発と続けざまの猛攻で旅立った。
魔法能力での連絡も試みたが、何かしらに妨害されている。
彼女が無事である事を確定させ、そのサポートをするには、別の二人を現地に向かわせるしかない。
空から降って来るとは思わぬ障害物だが、地から生えようと風に運ばれようと、天使の行路を遮るならば父の下に罰するのみである。
「「父の腕を」」
固体化し壁となった黒炎を、輪を潜って現れた白い左手が貫く!
その時にはもう敵は回り込んでおり、彼らの左側面を狙って帯状の炎を右手首の下から伸ばし突く!
空いていた右手が握るように彼らを守った事で中途で遮断!
燃え移ろうとしても聖なる魔力が持つ耐魔の力に弾かれ不可!
黒鎧の右腕が打ち振られる!
炎を固体化し長細い剣として切りつける!
破砕!
あっけなく散らされる!
が、その破片が地に落ちると同時に炎となって燃え広がり彼らの周囲を巻き囲む!
白い右手が指を開きながら風を伴い払われる!
それを潜るようにして下から迫る蛇火!
腰や腿、脹脛等の身体各所にある装甲の隙間から黒炎を噴射して加速した敵本体が背後から遠心力を乗せた回転蹴り!
「「父の国を」」
白い輪が二人の四方と頭上を囲って幾重もの壁を展開!
4、5枚を破られるも完全貫通に至らず!
「「父の雷を」」
白
く に
潰 染
す ま
稲 る
妻 世
! 界!
発動した彼らには影響を与えない大電流攻撃が密かに上に回されていた光輪の束から放落!
「「父の腕を」」
白い両手がダメ押し握り潰そうと十指を開き、黒き奔流に押し返される!
焼身自殺すら思わせるカーボンブラックの流動の内からバチバチと電子回路のショートで見られるような火花が散り、そこまでになっても腕を引いてからのラッシュパンチで攻勢を続行!
「「父の命を」」
輪の一つが衝撃波に近い反撥力を放ってその黒法師を飛ばし離す!
「「あなた……」」
横に並び、それぞれの片手を差し出して一つの輪を作る二人は、振り返ることはしない。
必要ないからだ。
人体に付いている眼球を使わずとも、天使は敵を見張れている。
「「その、中身……」」
そして、それははっきり認識した。
縦に裂けた装甲、その内で炎が燃え盛り、それが覆うのは肉や骨でなく——
「「人形、ですか」」
本当に、良く似ている。
正反対という意味で、そっくりである。
“刺面剃火”は剥がされた外殻に炎を移し、随意に固体化。
補修を行う。
内側が人の身体でないので、形さえ合わせれば元通りに近くなる。
細かい機能は失われるだろうが、それでも膝を屈するには遠い。
良く出来ている。そう言わざるを得ない。
「「惜しいですね。仮初であっても我が身を捨てる覚悟、それを正しき信仰に向けてさえいれば」」
輪の一つが彼らの右横に移動。
ボール状の黒い塊を跳ね付けて投手に返す。
キャッチして炎に戻し吸い取ったのは別の一体。
戦闘音を聞きつけたか何かで、それに惹かれてやって来たのだろう。
「「数と、不屈さ。それらに因って互角以上。そう仰りたいのでしょう?」」
しかしながら、優位は天使の方にある。
「「どれだけ傀儡を束にした所で、あなたは畢竟一人きり。一方我々の背後には、父の御加護と、信ずる者達の力添えがあります」」
接続中の憑座達の総魔力量を自由に使用でき、且つ現在枢央教会において捧げられている信徒達の祈りによって、新規供給は絶えず続けられている。
枯渇はほぼ有り得ない。
体だけ多いと言うのは、独活の大木のように体積だけしか誇る所が無いと言うこと。
本物の人間の団結に、勝つ由があろう筈がない。
「「父の腕を」」
輪から現れる数対の両腕。
それが邪悪な黒騎士達まで伸びて、
羽虫でも潰すように一組ずつ掌を合わせ——
その甲の部分に穴が開いた。
黒機兵の上半分が高々と宙に打ち上げられた。
もう一体が黒炎刃を咄嗟に振って牽制。
だが横入りしてきた影は翼を持った腕でそれを掬い上げ、その下から節足を伸ばして痛打を撃ち込んだ。
装甲は破壊され、黒い炎と黒い昆虫群が激突。
固体化による防御も為され、肉が鉄板で焼けるような音と白い煙と共に穴を開けられる。
そんな攻撃を左右の中肢で何度も入れられ、機兵は折れ曲がりながら吹き飛び木々を破砕、ドミノ倒しかボウリングめいて倒壊させる。
先程の部屋に居た旅装姿のillと、同じ服、同じマフラー、同じ帽子を着たそいつは、“聖聲屡転”の方を向いた。
バッタ、なのだろうか?
複眼が四角形の点上に四つ。
黄色く光る四ツ目。
服の下でゾロゾロと小さき命共が蠢いている。
前肢2本が鳥の翼のように変質し、後ろ肢は関節が胸まで届く高さになるほどに折り畳まれているが、けれども背は“刺面剃火”達と同程度には高い。
〈ぐぅぅぅぅぅ、ぎゅるるるるるるるる……っ!〉
喉と腹、どちらから響いたのか判じさせない唸り、うねり。
そいつはベトベトと涎を垂らし、
それが地面に着くと、
ジュウジュウと音を立てて
窪みが穿たれた。




