シーン482「央華人工島第一ホール内にて」 part2
武安高将、両腕を広げたポーズで固まる。
武安高将「如何、致しました?ご質問、でしょうか?」
“提婆”「そうじゃなくてさ。うーん、どっから話したらいいものか……」
“提婆”、縮れ髪を掻き上げるようにして思案。
“提婆”「ダンジョンはさ、永級になるとわたしらみたいに、世界に定着する質量を生み出すんだよね」
武安高将「定着する、質量……?」
“提婆”「そうそう、魔素から取り出されるような、仮の借り物じゃなくて、この世界に元からあったみたいに、残る事が出来るヤツ」
“提婆”「でさあ、わたしらみたいに元からこの世界に居て、でも忘れられちゃったから消えそうになって、現世にしがみついたメンツはともかく、ダンジョンの中には、ここではない別の所から流れ着いた記憶だってあるんだよ。知ってた?」
武安高将「忘れられ……記憶……?ダンジョンは、忘却された記憶であると……?」
“提婆”「他の世界で捨てられた奴らが、この世界に棲みついたらさ、世界の形が変わっちゃうわけ。みんなが頑張って積み上げた本当の姿じゃなくなって、後付けばっかりな偽物の歴史に改造されちゃう」
“提婆”「正しさを求めて歩んだ人類の轍、それを踏み消され、下品に書き足される。そんな歴史からは、本物の教訓や真理は得られない。賢者でさえ歴史に学んだせいで、間違った方へ誘導される」
“提婆”「わたしらは今、そういう類の侵略に曝されてるんだよ。これって、問題だよね?」
武安高将「な、何を……、それは、どこまでが真実の……」
“提婆”「“環境保全”は、世界をあるがまま、あるべきままに残す、それこそが理念なわけ。それについては、どう思う?」
武安高将、困惑で手先を空に遊ばせた後、「休め」の姿勢に戻る。
武安高将「あなた方にも正義がある、それは理解しております!なればこそ、その正義を間違いなく執行する為に、我々と強い紐帯を結ぶ必要が——」
“提婆”「(両手を上げながら)ああダメダメこりゃまるでダメっぽい!」
武安高将「は……?」
“提婆”「全然分かってない!危機感を持ててない!問題の本質が理解出来てない!ダメだよきみ!全然ダメダメ!」
武安高将「し、しかし……!」
“提婆”、両脚を振り上げ体を反らし、反動で跳び起きるように立つ。
“提婆”「きみらの国は信用できない。ただでさえ新陳代謝が早過ぎて、長い間一つの約定を守ってくれる体制には見えないってのに、わたしらの理念に感銘を受けるような問題意識すら欠けてるなんて!世界の命運について、わたしらと一緒にじっくり考えられる度量があるなんて、とてもとても思えない!」
武安高将「わ、我々の態度に問題があったのでしたら謝罪致します!しかしながらこの場は、各自の生存戦略というプリミティブな問題に直面している場であって——」
“提婆”「それを『分かってない』って言ってるんだよー?だってきみら、今の聞いてもピンと来てないでしょぉ?わたしらには、肉体的な生死より、もっと優先しなきゃいけない事があるってのに、そんなことも分からないって言うんだからさー」
武安高将「ゆ、優先…?生きる以上に…?何を……?」
“提婆”「それにさー、世の中には正直の国と嘘吐きの国があって、きみらはどっちかって言うと後者でしょー?別に、それが悪いって話じゃないけどね?そうしないと国として残れなかったんだろうし。でもわたしらが付き合って行きたいのは、前者の方なんだ」
“提婆”「ってことで、主張ばっかりうるさいけどスカスカなきみらより、もっと大人しくて情緒が安定した、付き合い易いのと組んでるから、わたしはこの話パスって事で」
武安高将「ほ、本当に宜しいのですか?その場合、自動的に……!」
武安高将、“靏玉”の方に視軸を移す。
“靏玉”、大袈裟に肩を竦めて見せる。
“提婆”「別にきみらの手とかそんな目玉なんて借りなくても、わたしらが勝てばいいだけだもん。きみらがそれを使いこなす前に、その“右眼”か“転移住民”のどっちか、ううん、両方ぶっ壊せばいいだけってこと」
武安高将「……残念です。それでは、テーブルから片方が脱落致しましたので、必然、共同管理の交渉権はもう一方のみに——」
“靏玉”「否じゃ。妾はオヌシの話に応じん」
武安高将「……なんです、って?」
“靏玉”「何度も同じ事を言わせるな。礼がなっておらんのう」
武安高将「お、お待ちください!まだ話を聞かないうちからそれは、あまりに軽率!あまりに早計!今しばらくお話の時間を頂ければ、必ずや!必ずや我々と共に歩む事の利点をご理解頂ける筈で御座います!」
“靏玉”「覆らん。これは妾の決定じゃ」
武安高将「な、なぜ……!?今“右眼”は我々の手の中です。力づくで奪おうとして、破壊される万一の危険を避け、我々と結び安全にその力を手に入れるという事に、何の否も挟まりよう筈が!」
“靏玉”「オヌシ、勘違いしておるようじゃがのう?」
“靏玉”、欠伸を一つ。
“靏玉”「妾はそれを手に入れる為に、ここに来たわけではない」
武安高将「な、は……!?」
“靏玉”「ここにおる連中のうち、どれだけが理解しておるかは知らんが、その“右眼”、いや“可惜夜”の《《遺志》》は、オヌシらに利用出来るものではあるまい。妾はよっく知っておる。それに搭載されておるは、微生物の目をも抜く超高精度判別機構と、猫の額より狭い、たった一人しか許されない狭量、それらを併せ持つ生体認証じゃ」
“靏玉”「“ある者”のみが、その暴威に浴するという栄誉を賜る。それ以外は、弾かれる。そういう乙女心が、セキュリティとして機能しておる。オヌシが扱おうとしたところで、触れた瞬間に爆散するのがオチよ」
武安高将「あ、扱えるという可能性を、感じていないと……!?それでは何故、何故ここに……!?」
“靏玉”「頂く為でなければ一つ、じゃろ?」
武安高将「まさか……、『破壊する』と仰るのですか!?」
“靏玉”「それはのう、この世にあってはいけないものじゃ。出来る事ならすぐにでも、消し去ってしまうべき呪物じゃ。彼奴の手から離れた今こそ、それを削除する絶好機なのじゃ」
“靏玉”、立ち上がる。
“奔獏”、空気が抜けるように萎み、手足の長い道化師姿に。
各ill、それぞれ最も手近な敵を向いて構える。
“靏玉”「結論は、出たようじゃな」
武安高将「ま、待ってください!そんな、世界を獲れるこの上ないチャンスを!」
“提婆”「バトロワだ!バトルロワイアルだ!」
“靏玉”「お粗末なやり方じゃが、他に無さそうじゃのう。我々を見た人間達を、オヌシらごと葬るが良かろう」
“提婆”「なーにボケてんのさー?居なくなるのはきみらの方だよお」
武安高将「何を、あなた達は、一体何を欲して戦っている!?支配でないなら、何がしたくて2000年も…!?」
“提婆”「じゃ、ロー君」
“提婆”が身を乗せていた、黒光りする物体が起き上がる。
“提婆”「ご飯の時間だよ」
“醉象”「“この世で最も幸せな病”」
壁が至る所から破られ無数の黒い影が乱舞する。
ライトが明滅し、群体によって絶えず遮れては光を通すのを繰り返す。
群れに襲われる衛兵の影が、内壁にコマ送りのように映される。
室内全域が質量を伴った黒色で満たされる。
空腹が鳴る音が聞こえる。




