477.何やってんだよ
“爬い廃”。
元深級、現永級8号。
俺があいつと逢った場所。
巨大な店舗が……顔の右奥が痛んで、記憶を引き戻す。
そう、亀だ。蛇の頭をサブウェポンに持つ、巨大な亀。
もう一つの憶えは、嘘だ。偽物だ。
“精螻蛄”は中級だった。
俺が8層に落とされた深級は、あそこじゃない。
あいつはあの岩だらけのダンジョンで、俺の前に、
ズキリ、
違う、
カンナだ。
“あいつ”じゃない。
“可惜夜”でもない。
油断するな。
“カンナ”、だ。
「央華から援軍が送られてくる、って事は無いんですか?」
頭の中で重要事項を反芻しながら、眼帯を外出用の黒く頑丈な物に換え、防衛隊支給らしい自動密着スーツを着てから、その上に防御装備の数々を重ねる。
特作班だとか言う組織が使っている建物、その地下階。
彼らはたった半日で、俺が求めていた装備全ての用意を終わらせていた。
職員用IDまで即日発行されている。
フットワークの軽さは相変わらずか。
『明胤の生徒の犠牲者の中に、金属を操り状態を堅持するスキル持ちが居たんだけど、その子が思いの外頑張ってくれてね』
「敵の装備の一部を引き剥がし、残してくれていた」、
その証拠品を元に、央華への国際的追及が可能になった。
睨みを利かせ、動きを暫く止めておく、それくらいのカードになったらしい。
「金属の端っこ一つで?」
『特殊な合金で、向こうも盗られるとは思ってなかったんだろうね。他の装備が徹底して没個性的だったのと対照的に、多額のコストを突っ込まれてた奴が居たみたいだ』
「………亢宿君も、万先輩も、その厚待遇な敵に?」
『僕達はそう見ている。死に際に一矢、って事だ』
「僕達としては、少年達には生きる為に、足掻いて欲しかったけど」、
痛い。
塞いでるのに、隙間から入った寒風でスースーと疼く。
俺は眼帯の上からもどかしい思いで引っ掻きながら、自然と軋んでいた奥歯を一度引き離す。
部屋を出て、彼らの案内でエレベーターに乗って、存在しない筈の更なる地下へ。
「亢宿君にしろ万先輩にしろ、防御に関してかなりの巧者です。外傷は一つだけだったと言ってましたけど、どうやって一撃で?」
『検死と分析の結果、HEAT弾のようなやり方だと推定されてる』
「ヒート…?」
「戦車とかぶち抜くのに使うヤツだとさ」
「弾頭の前部に擂鉢状の空洞が出来るよう、後部に火薬を詰めます。火薬が後端から順に反応すると、円錐の頂点に位置するものが最初に、その後底面に向けて爆発が進行、爆轟破の圧力が中心軸へ収束する形になります」
前に「クミ」と呼ばれていた女が横から説明する。
狭い一点に爆発の威力を集中させる、便利な構造。
「こん時、空洞と火薬の間に金属の薄膜を張っとくと、それがメコメコ先端に向かって押されて、威力がツエー水鉄砲みてーに突き飛ぶ形になっちまう」
『その投射、と言うより高圧噴流を、戦車の装甲にぶつけて撃ち抜く、そういうテクノロジーさ』
「魔法でそれを再現して、威力を高めたって事ですか?」
「別にフツーに銃火器扱いで使われてるヤツでも、ぶち抜ける可能性は全然あると思うぜ?なんせ成形炸薬弾は、ただ突き刺すんじゃねえ、金属をドロドロにしやがるんだ」
「それだけ熱いって事ですか?だから『ヒート』?」
『いいや?温度の問題じゃないんだ。金属が持っている、「元の状態を保つ力」、「元の形に戻ろうとする力」、それを振り切っちゃう事になる』
形を保つ。
固体としての特徴。
それが無効化される。
押されたら押された分だけ凹み、元に戻らない。
事実上、液体化したのと同じになる。
かつては火薬が出す圧力で、装甲を溶かしていた。
最近は内に金属の膜を張って、液体化したそれを秒速15キロとかで、高圧ジェットみたいに撃ち出すようになったのだと言う。
「装甲に、硬さだけの魔法を重ねても、貫かれるって事ですか?」
「そーなんじゃね?俺みてーな特殊な魔法とかじゃねーと、防御出来ねーし、誰であれ当てられた時点でお陀仏な事が大半だろーな」
『弾頭が魔法生成物で、他に特殊な効果まで持っていたら、液体や気体に変身するスキルでさえ、突破してくる事もあり得るね』
俺の魔力反応装甲とは相性が良いかもしれないが、詳細な能力が分からない限り、安全とは言い切れない。
受けるより避ける事に集中を注いだ方が
痛む。
カンナ。
“爬い廃”。
約束。
illを、殺す。
大丈夫。
まだ覚えてる。
まだ忘れてない。
『着いたよ』
昇降機から降り、飾り気もないのにダラダラ長い廊下を歩き、重い扉を一度抜けて、その先にまた長く白い通路。
その両側に並ぶ、赤ランプとその下のドア。
覗き窓や配給を入れる小さな口を持つ、牢獄の出入口らしきそれの中の一つ。
俺達を先導するクミが暗証番号を入力し、それを開ける。
『君になら、何か語ってくれるかもしれないからね』
中に入った俺が見たのは、殺風景な部屋の中心、椅子に手足と腹、首を拘束された、サイズの大きい防護服。
「あなたもこちら側に入門ですか。ゲホッ、嘆かわしい。ええ、大変残念な事です」
「………」
白取〇鶙。
事前に聞いた話で、こいつが学園襲撃に大きく貢献した、内通者だったと俺は知っている。
「五十嵐さん」
『なにかな?』
「この人はどうして防護服を?」
『彼は自らの魔力が原因で、慢性的な疾患に苛まれていてね。貯蔵や操作は出来ないようになっているとは言え、この状態でも僅かながら魔力生成は可能だから、死なれない為に一応ね』
「分かりました。外しましょう」
クミさんが怯んだように眉を上下し、吾妻さんは横目で俺を見下ろした後、知らないフリをするように両手を頭の後ろに回して背を向けた。
彼らの動きの鈍さと温さに苛々しながら床を踏み鳴らし白取へと歩く。
『聞いていたかい?最悪命に係わるんだよ?』
「でも即座に死にはしませんよね?死なない程度に苦しめる事は出来る筈ですし治療系能力者が居れば確実に死なせない事だって出来ます」
『僕達もそれをしたいんだけど、残念ながらまだ“特殊事態尋問”の許可が下りてないんだよ。彼は一応国民だから、おいそれと国から危害を加えられない。だからこそ君を使わせて貰ってるわけで』「こんなお客様待遇の中じゃ喋るものも喋りませんよ」
後ろに回って首回りをガチャガチャ弄る。
クソ、どうやって開けるんだよこれ。
「手伝ってくださいよ持ってる情報を出させないとでしょ」
『何度も言うけど今は』「今は地球のピンチでしょ小さな決まりが何だっていうんですか!非公式組織が御託並べてないで『超法規的』とか言ってやればいんですよトロトロと……ああもう!なんだよこのロック!こういうのは縛っとく人が気を利かせて緩めとけよ!」
誰も手を貸してくれず、ヘルメットの外し方が分からない!
目の奥がズキズキする!
スースージクジク痛むたびにそこに何も入ってないって思い出す!
うざったい!
分かってんだよ!
俺は失った!
カンナ!
“爬い廃”!
約束!
覚えてるよ!チクチクしなくても!
俺は前に回る。
「白取さん。今からお前のバイザーを殴って破ります。痛くて苦しいのが嫌だったら、俺がそれ叩き割る前に全部喋り切ってください」
「ちょ、五十嵐様!」
『あー、どうしよ?新人の暴走って事で処理すればギリ行けるかな?どう思う?』
「いーんじゃね?」
「いけません!!止めないと!」
カンナ!
“爬い廃”!
約束!
イタイイタイ痛い!
今すぐ目玉をほじくり出して掻き毟ってやりたい!
ああでも目玉は無いんだ!
取られたんだ!
忘れるな!
取り戻せ!
「じゃあ行きますよ」
「ああ!待って!」
忘れるな。
忘れてない。
まだだ。
まだ大丈夫。
でもいつまで?
いつまで大丈夫?
ふざけんな。
失ってたまるか。
戻す。
迎えに行く。
俺は取り戻す。
絶対に戻して見せる。
何をやってでも。
拳を握って振りかぶり、
「おい」
腕を掴まれる。
邪魔だ。
うるさい。
連れ戻さないといけないんだ。
「何だよ離せ——」
「良いから頭冷やせタコ」
星が飛んだ。
夜空が点滅し、白昼が徐々に戻る。
頭頂に残る余波で、拳骨を落とされたのだと分かった。
なんで邪魔をするんだ。
早く、
早くやらなきゃだろ?
早く迎えに行かないと、地球が終わるって言ってんだろ?
分かってんのか?
もっと直接的にみんな死ぬって言えばいいのか?
早くしろ。
早くさせろ。
早くしないとカンナが——
「何をそんなに逆上せてやがる」
「………乗研先輩……」
俺を止めたのは、明胤を卒業した先輩だった。
「……どう、して……」
「それは俺が聞きたい」
「リュージー、やーと来たのかよおせーよ!」
「うるせえんだよ庶民感覚ゼロお嬢がよ。俺に不平を言う為に口開く暇があるんならよ、」
「まず何で俺が呼ばれたのかを説明しやがれ、ってんだ」、
言いながら彼は、
俺を防護服から引き剥がした。




